第10話 離宮のエリーナ(上)

「なるほど、そういう事でしたか。 しかし、この時間の訪問は感心しませんね。」

「すみません……」


 一連の話をしたサリーに、ヴィラは少々呆れた顔で言った。確かに普通は、連絡くらい入れるべきである。特に、位の高い人物に会うとなれば尚更である。

俺とサリーはヴィラの言う通りだと反省した。


「ですが、ここまで来たのですから、私がエリーナ様に報告致します。ここでしばらくお待ちなっていて下さい。」

「お願いします」


 ヴィラは離宮の中へと入っていき、俺とサリーは詰所で待機する。しかし、先程からサリーがやたらと俺の側から離れようとしない。近いといっても今までと違い、腕に密着している。これは嬉しいことではあるが、サリーの表情は魔獣の撃退後、ずっと暗い。落ち込んでいるのだろう。


「なぁサリー……その、なんていうか……密着されるのはとっても嬉しいんだけどさ……さっきの事でってことなら……」

「マサルさま……なんでさっき私の事を助けてくれたの?」

「そんなの当たり前のことだろ。大体、俺の怪我だって大したことじゃなかったし――」

「全然大した怪我じゃない!!」


 ぎゅっと俺の腕を掴んで、少し潤んだ瞳で訴えてきたサリーに一瞬ドキリとした。


「いや、まぁ、袖は穴開いたけど……」

「違うの……そういうんじゃなくって……」


 気まずい空気になった。話題を変えるために、さきの戦闘での疑問をぶつけた。


「そういや、いつの間に武器なんか持ってたんだ?」

「あぁこれは、私が念の為にいつも携帯してるの」

「へぇ……それって城のメイドみんな?」

「ううん……私はみんなと違うから……」


 またしても居たたまれない雰囲気に包まれる。俺は何とかこの空気を変えたいと思っていたところにヴィラが戻って来た。助かった。


「エリーナ様がお会いになさるようなので、どうぞこちらへ」

「ほ、ほらっ! サリー行こうぜ!」

「う、ん。」


 ヴィラの案内でエリーナさんがいる部屋に通される。ガダヴォルフとはまた違った内装で、雰囲気はかなり落ち着いた感じである。


「こちらの中でお待ちになっております。」

「は、はい」


 今度は一体どんな人物なのか。緊張しながら扉を開くと、そこにいたのはヴィラと同じく下半身が蛇で、上半身が人間の姿の女性が座っていた。その女性は、にこやかな優しい顔をしてこちらを見ていた。


「あらー、いらっしゃーい」

「し、失礼します!!」


 やわらかい声で招き入れられたが、俺の視線は一点に集中していた。このエリーナという女性は、どういう訳か上半身に何も付けていなく、今まであった女性よりも巨乳なのである。生憎と彼女の長いウェーブのかかった髪の毛で大事な部分が見えないが、それでも破壊力抜群なその姿から目が離せない。

俺の視線の先を察知したのか、いまだに密着していたサリーが腕を軽くつねる。


「スケベ」

「ばっ、違うって! いや、違くはないけど」

「いいですよ、別に言い訳しなくても」


 ムッと膨れたサリーがゆっくりと俺との密着を解いた。少しだけだが、いつものサリーの調子になったようで助かった。

エリーナさんの前まで行くと、テーブルの上に大きな水晶のような玉が置いてある。


「じゃあここに座ってねー」

「あ、はい」

「それじゃあー、とりあえずは自己紹介しましょうかー? わたしはエリーナ、あなたはー?」

「えっと、俺はマサルって云います」

「マサルちゃんねー、それでー? 今日はこんな時間にどんなご用件かしらー?」


 おっとりとして、ゆっくりな口調で話しをするエリーナさんに俺は鼻の下が伸びっぱなしである。俺は、アーリアの一件とベルフの助言の事を包み隠さず話した。

やがて、黙って聞いていたエリーナさんは、ゆっくりと話し始めた。


「じゃあぁー、まずはマサルちゃんの属性から調べちゃいましょー」

「へっ? 属性ってなに?」

「属性はー、その人の生まれ持った特性でー、例えばーそこのサリーちゃんなら風が特性なのー、少し見ててねー」


 サリーの手を、水晶の上にかざさせると緑に水晶の色が変わる。


「どうー? わかったかしらー、じゃあ次はマサルちゃんねー」


 水晶玉の上に手をかざして待ってみる。だが、水晶の色は変わらずに中が多少キラキラと輝いているだけである。これを興味深そうにエリーナさんは見つめる。


「あらー! 珍しいわー! マサルちゃんは"無"なのねー!」

「はっ? 無ってなに? つまりは何の属性もないってこと!?」

「そういうことになるわねー」

「いやいや! そんなことってあんのかよ!」

「すごいわねー、そんなに膨大な魔力があるのに使えないんですものねー」

「へっ?」


 エリーナさんとの会話にしびれを切らしたのか、サリーが会話に割って入った。


「つまりは、属性がその者の特技や魔法、術を行う上で密接に関わっているんです。 マサルさまは"無"ということなので、それらは使えないということですよね? エリーナ様。」

「そういうことよー」

「ですが、マサルさまの特技……他の者の魔力を吸収するというのはどういう事なのでしょうか?」

「そのことなんだけどー、すごーく珍しいものだけどー、それは属性じゃなくてー特殊な能力の一種よー」


 何の話だろうか。聞き流していると、そのことに気付いたサリーが、俺に説明してくれる。


「個体能力と属性は別物なんです、お互いに生まれ持ったものではありますので、途中から会得とかはできないんですよ。 魔法や術は後からでも覚えられますが、自分の属性以外のものは知識として覚えても、実際に発動させることができないんです。」

「ほぅほぅ……続けて……」

「う゛っ……ですので、マサルさまの【人様の魔力を吸い取ってしまういかがわしい攻撃】は個体能力の方ってこと」

「いかがわしいってなんだっ!」


 完全にいつものサリーに戻り、俺と話している。それを、微笑みながら聞いているエリーナさんがお母さんに見える。


「ということは、サリーのチャーム魅了が俺の魔力吸収ってことか」

「そういうこと」

「なーるほど」


 手をポンと叩く俺に、サリーは大きなため息をついた。


「だからー、マサルちゃんの魔力を吸収しちゃうのはー、特技なのー」

「あ、はい、それを今まで話してました……」

「それでねー、もう一つの方がー、私は問題だと思うのー?」

「もう一つ?」

「マサルちゃんのその魔力の量よー」


 エリーナさんの長い蛇の身体が伸びて、部屋の戸棚にある箱を巻き取りながらテーブルの横に置いた。箱を開けると、中からルーペとキレイなブレスレットを俺の前に置いた。 

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