第9話 初めての城外へ

 ガダヴォルフ一階に戻り、たいまつとゴミ捨てを近くにいたメイドに託していると、サリーが俺とグニルダさんの元に走って来る。


「ちょっとグニルダ様! アーリア様がすごく怒ってて、今すぐにボーイと共に来いって言ってましたよ!!」

「しまった!! マサル様とベルフ様の事で忘れていた!」

「早く行って下さい! あぁ! でも行く前に……アーリア様直々の命令で、この後のマサル様の案内は私に引き継がれます」

「なに!? ……そ、そうか。わかったが、くれぐれもマサル様に粗相のないようにしろ! 申し訳ございません。マサル様……そういう事らしいので後の事はサリーにお伝え下さい。」


 慌てた様子でグニルダさんは階段を駆け上がって行った。

そして、茫然ぼうぜんと一連のやりとりを見ていた俺は、この城の本当のあるじはアーリアではないのかと思っていた。


「そういう訳で、私がまた一緒にいてあげますよ! 嬉しいですか?」

「お前、なんか会う度キャラ変わってんぞ? それよりも、グニルダさん大丈夫なんだよな? 灰になったりしたらたまったもんじゃないが」

「アーリア様だって、そこまではしませんよ。たぶん……」

「最後のたぶんで、余計に不安になるんですけど。」

「それよりぃ、ベルフ様とどんなお話なされたんですかぁ? サリー、とぉっても気になるぅ?」


 ねこ撫で声と上目遣いで俺を見ているが、これは好意ではない。

先程サリーはグニルダさんに対して、アーリア直々の命令と言っていた。つまり、俺に対してもアーリアはサリーに命令を下しているはず。

ベルフはアーリアがというより女性が嫌いなのはわかっている。しかし、アーリアがベルフをどう思っているかが気になる。

俺が余計な事を言ったことで、後々こじれるのはとても厄介だ。


「まぁ、なんていうか。俺の知りたい事は教えて貰えてはいないかな? 承認はしてもらったけど」

「へぇ……承認はしてもらえたんだ」

「あぁ、でも一つ分かったことがあったわ。俺の能力は魔力吸収らしいぞ!」

「魔力吸収!? なにそれ? 聞いたことないんだけど! なんか怖っ!!」

「おいっ! あからさまに距離とるのやめろ!……まぁ、てなわけで、お前の時もアーリアの時もその魔力吸収の能力が発動したんじゃないかと。」


 俺の今言った言葉は、おそらくグニルダさんもアーリアに伝えているはずだ。

これ以上の内容は話さなくていいし、むしろ女性大半の反感を買うのでベルフとの後半の話はしない方が賢明だ。


「で、どうやって承認もらえたんです?」

「えっ!? あー、えっーと?……それは……あー! そうそう! 確か、こんな珍しい能力は初めてだなんだで……いろいろあってもらった。で、他の承認者の居場所を知りたいなら離宮のエリーナ様に会えって言われたわ!」

「ふーん。……そっか……じゃあ離宮に行きましょう!」


 サリーが何か言おうとして言葉を飲んだことは分かっていたが、何も追及はしてこなかった。


 正門の前に着き、これから初めて城の外へ出るとなると胸の動悸が早くなる。

しかし、この重厚で今まで見てきた物よりひときわ大きな扉は固く閉まっている。


「これ、本当に開くのか?」

「向こうに開けるのいるから待ってて下さい……おーい!! かいもーん!!」


 大声で呼びかけるというあまりに古風な仕様に驚きを隠せないが、その扉がゆっくりと開いていく。


「おぉ! ついに外の景色がぁ……ん? なんじゃこりゃーーーー!?」

「ありがとー!」


 扉が開かれていくと、大きな瞳がこちらを見ていた。それもありえないぐらいに大きな瞳が一つだけ。

サリーがそれにお礼を言っているが、生物なのかも確認が難しい。


「一つ目お化けかなんかか?」

「この子はアトラーっていう城の門番ですよ」

「門番なの!? この目が?」

「門をくぐれば全体が見れますよ」


 大きな瞳が扉から退いて、眩しいオレンジ色の世界がその先には広がっていた。

どうやら夕方なのか、オレンジ色に輝くは地平線に沈み込もうとしている。

初めて見る広大で幻想的な景色に見とれていると、かすように声がかかる。


「もうこんな時間に! はやく行きましょうよ、マサルさま!」

「お、おぅ……って、でかぁ!?」

「絶対それ言うと思ったけど、さっき言ったようにその子がアトラーですよ」

「うぉ! すげーでっけぇ!!」

「ちょっと! そこで言うのやめてもらえる!?」


 扉をくぐり、空を見上げようと上を向いたらそのアトラーがいたのだ。身長が城かそれ以上あるのではないかというくらい大きなその身体の股下での発言であった。


 夕日を背に歩きながら周辺を見渡すと、城の城壁はないことに気付いた。


「なぁサリー、この城って城壁とか見張りがいないけど、大丈夫なの?」

「城壁はありますけど、こんな近くにありませんよ。見張りも同様です。」

「へぇ、ずいぶんでかい敷地なんだな」

「その分、見張りや敷地内の手入れは大変ですけどね」


 サリーが先導して歩いている前方に離宮があるのだろうが、いまだ何も見えてはこない。やがて、日が完全に沈み込んで、辺りは星空が照らす夜になった。 


「あーあ、暗くなっちゃいましたね。明かり持ってくればよかった」

「いやぁ、でも星がすげーよ! サリーも見てみろよ」

「あんまり上ばかり見てると、転びますよ」

「大丈夫だって……って、おわっ!!」


 突然に前を歩いていたサリーが立ち止まったので、サリーにぶつかってしまったが、なんの反応もしないで立っている。


「どったの? サリー」

「シッ! かすかだけど魔獣の気配がする。」


 二人で辺りを警戒するが、暗くてよく見えない。そして、俺には何も感じない。


「もう少しで離宮の番兵がいる場所ですから、ここから走りますよ」

「お、おぅわかった」


 走り始めてそう時間は経っていないが、俺の体力は尽きようとしていた。


「はぁはぁ、ま、待って……はぁ、すこし、はぁ、歩こうよ、はぁはぁ……」

「もうすぐ着くから頑張ってください」

「だ、大体、城の敷地内、はぁはぁ……なんだろ」

「さっきも言いましたけど、広いだけに手が回ってない所もあるんです。でも、普段ならこんな事はありえないけど……ほぉら! もう十分休んだでしょ!」

「あ、あと五分だけ待って……」


 両手を膝に当てて、息を整えてた時だった。背後から複数の駆ける音と獣臭がこちらに近づいて来る。


「走って!!」


 サリーがひときわ大きな声で言うと、俺の後ろに廻って背中を押した。


「クソ……マジかよ! 転生してすぐまた死ぬとか、シャレになんねぇって!」

「いいから黙って走って!!」


 背中を押されながら走っていると、前方に明かりが見えてきた。

だが、後方の足音は、さっきより近くに来ている。


「ダメ! 追いつかれた! マサルさまは先に行って!!」

「ちょっと待て!! お前武器とか持ってないじゃ――」


 俺が振り返ると、サリーはすでに短剣を持って跳びかかってきた犬のような魔獣の喉元に一撃を与えていた。


「うおっ!? なんだ? 犬かこいつ?」

「こっち見てなくていいから、早く行ってよ!」

「す、すまん……って、あぶねぇ!!」

「えっ?」


 サリーが後ろの魔獣と対峙していると、横から廻り込むもう一匹が現れる。


「いってぇー!!」

「マサルさまっ!!」


 咄嗟とっさにサリーと魔獣の間に腕を入れて、サリーへの攻撃を防いだが深く食い込む魔獣の牙が想像をはるかに超える痛みで動けない。

しかもこの魔獣は、噛んだまま俺の腕を放そうとしない。


「この、クソ犬がっ! 放しやがれっ!!」

「はっ!」


 サリーが魔獣の脳天に短剣を突き刺す。その隙に俺は、腕を魔獣の口から外す。

暗くて見えてはいないが出血しているのは明らかだ。腕を押さえつつ、サリーに目をやると、グニルダさんと同じような高さの今度は熊のような魔獣がそこには立っていた。


「ウソだろ……こいつも魔獣かよ」

「こいつはこの剣じゃ倒せない……マサルさま、私が時間を稼ぐから走って逃げて!」

「ふざけんな!! お前置いて逃げれるかよっ!!」

「マサルさま……何言ってるの! 私はあなたっキャア!!」


 魔獣の体当たりで弾き飛ばされたサリーだが、すぐに態勢を立て直す。

しかし、どう考えてもこの魔獣に対抗する手段が見当たらない。

腕の痛みもかなり激しい、このまま背を向けて走っても追いつかれて倒されるのがオチだ。そんな事を考えていると、今度は俺に向かって襲い掛かってきた。


「避けて!!」

「うっ! ……ん!?」


 目を瞑って、もう駄目だと思ったが、何も起きない。それどころか、襲い掛かってきていたはずの魔獣が倒れていた。


「危ないところでした。」


 声がする方向を見ると、腰にランタンを付ける鉄の鎧を着た女性がこちらに向かって立っている。よく見ると、下半身が蛇だ。

女性は、いつの間にか絶命している魔獣の側にあったハルバート斧槍を軽々しく持ち上げて、俺を見た。


「あ、あの、あなたは——」

「マサルさまぁ!!」

「ぐえっ!?」


 走って飛びつてきたサリーの腕が首に絡んできて締まる。


「お、おじづけ!」

「マサルさま! マサルさまー!!」

「サリーさん、まずこのお方の傷を治しませんと。」


 俺に抱き着いていたサリーを引きはがし、女性は小瓶を俺に渡した。


「回復薬ですので、飲んで下さい。」

「あ、ありがと」


 飲むとグニルダさんに渡されたのと同じで、腕の痛みがなくなった。噛まれた腕の傷もキレイになくなっていく。


「大丈夫ですか!? マサルさま!」

「あぁ、もう大丈夫だよ。 お前の方こそ、怪我してないの?」

「私より、マサルさまの方が……」


 涙目で俺を心配してくれているサリーも、多少怪我をしていた。俺があの時に腕を出していなかったらもっと酷いことになっていただろう。


 サリーも落ち着きを取り戻し、俺と同じように女性から回復薬を貰う。その間、辺りを見渡すと、さっきまでいたはずの魔獣の集団は一匹残らず倒されており、その代わりに目の前にいる女性を含めて五人の人影があった。


「二人とも落ち着かれたようで、改めて紹介します。 私はエリーナ様のお住まいをお守りしています。 ラミア種のヴィラといいます。」

「あ、どうも。 俺はマサルっていいます。 さっきは助けてもらってありがとう」

「いいえ、私どもこそ申し訳ありません。 本来ならば、あなたたちを護衛しなければならない身ですので……しかし、普段はこのような所までは、魔獣共は来ないのですが、一体どうしたのでしょう?」


 不思議そうな顔をしてヴィラは倒した魔獣を見る。


「それに、今日はエリーナ様に謁見えっけんなされるお方の予定があるとの連絡は受けていませんし……あなたは……」

「ヴィラさん! その件に関しましては、私から説明します!」


 俺に対して一瞬怪訝けげんな顔を覗かせたヴィラに、間髪入れずサリーが説明に入った。倒した魔獣の後始末を他のラミアに任せたヴィラと共に、俺らは一緒に番兵の詰所へと向かうのであった。


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