第8話 怠惰のベルフ

 腹部の痛みも治まり始めているが、俺はグニルダさんに抱かれたままでいる。


「もう大丈夫だから、起こしてもらえます?」

「いえ、念の為にこの回復薬をお使い下さい。」


 上着の内ポケットから小瓶を二本取り出して、一本を俺に飲ます。

味はいまいち美味しくはなかったが、飲み終わると痛みは完全に消えていた。


「痛みが引いたよ、ありがとう。 もう一本は予備?」

「こちらの方は、石化を解く物で念の為にと思いまして……」

「さすが、グニルダさんは準備いいね。……しっかし、ひどい目にあったぜ。」

「アーリア様をはじめ、七つの印を持つ御方たちは皆様気難しいので……」


 これ以上グニルダさんに言わせるのは酷であろうと思い、話題を変える事にした。

服の汚れを手で払いながら起き上がり、損傷箇所はないか確認する。


「よし、大丈夫だな! しゃ、今度はどこにいくんだっけ?」

「マサル様、少しご休憩なされてはいかがですか?」

「大丈夫、大丈夫! さぁ、早くいこうぜ!」


 休憩もしたくないといえば嘘になるが、それよりも自分の力が何かを解明したいという思いの方が強かったのだ。


 「では、ベルフ様のお部屋までご案内致します。」


 心配そうな顔で、グニルダさんは言うと歩き始めた。


「ベルフさんは何処にいるの?」

「あの御方は地下一階の一室におります。 基本はお部屋から出られませんので、おそらくいらっしゃると思います。」

「地下室か……。」


 嫌な予感がしたが、その疑念を振り払いグニルダさんの後に続いた。


 地下に降りる階段の前で、たいまつに火をつけてグニルダさんは下りていく。

どうやらこの先は、明かりがないようだ。


「足元にお気を付けください。」

「うん。大丈夫。」


 わずかに照らされている石階段をゆっくりと降りると、地下というには随分と開けた空間に出た。

それとほぼ同時に鼻を刺激する獣臭。


「くさっ!?」

「申し訳ありませんが、少々我慢をなさって下さい。もうじき着きますので」


 珍しく俺に我慢してくれと言った。

やはりアーリア同様、グニルダンさんより立場が上なのはあきらかだ。


「こちらです。マサル様。」

「ここかぁ……うひぃ!?」


 目の前にある鉄の扉に大きな斧が交差に組まれて扉を塞いでいた。その斧の端を目で追っていくと身の丈三メートルはゆうに超える巨人が二人、扉の左右に立っていた。


「右は牛頭、左は馬頭でここ、ベルフ様の番人でございます。力は強いのですが……頭の方があまり良くはないのでしゃべることはできないのです。」

「さい、ですか……」


 獣臭の正体は二体に違いなかった。暗くて良くは見えないが、荒い息づかいだけが聞こえている。


けよ!!」


 グニルダさんが二体に命令すると、斧がどかされ扉を開く。俺も続いて部屋に入る

が、誰もいない。


「ベルフ様! おられますでしょうか?」


 一呼吸おいた後に部屋の隅にあるドアが二回なった。


「ベルフ様はあちらにおられるようですな。」

「あー、あー……こんちわー! はじめましてマサルっていいます!!」


 返事がない。

本当にいるのか試しにドアを二回ノックする。


――コン、コン――


 返事が戻って来たので中にはいるらしいが、声は聞こえない。


「すいませーん! もしもーし! いますよねー?」


 ノックをしながら話しかけていると、ドアが勢いよく開いて、ノックをしていた俺の顔面に思いっきり当たった。その衝撃で後ろに弾き飛ばされた。


「やかましいわっ!! 一回でわかっとるわ!!」

「いってぇー!」

「ん? なんじゃあこの小僧は?」


 顔面の痛みに耐えながらドアの方に目を向けた。

緑色の肌に薄汚い布の腰巻。貧相な身体つきで、頭は禿げており、顔はくたびれた中年男性だが、頬まで裂けた口と大きな二本の角は人間ではないといっている。


「いてて、はじめまし……くっさ!!」


 改めて挨拶しようとしたが、強烈な悪臭で思わず鼻をつまんだ。


「貴様! ずいぶんな挨拶じゃな、ワシに喧嘩売りにきたのか!?」

「落ち着いて下さいベルフ様! この御方はこの度……」

「知っとるわ! 魔力の王じゃろう。この小僧の魔力量を見れば分かるわ! そんなもんわ!」


 ドアを勢いよく閉めてからベットの上に座り、ベルフは丸眼鏡をかけた。


「そんで、小僧。お前さん、ワシの承認が欲しいんじゃろ?」

「ぞうでず……」

「まずその鼻をつまむのを止めんかっ!! 無礼者めがっ!!」


 これ以上怒らせるのは非常にマズいので、ゆっくりとつまむ手をどけ、口で息を吸うようにした。


「まったく、これだから最近の若い者は困るんじゃ……」

「すいません。」

「わかればいいんじゃ。わかれば。……それで承認の件じゃがその前に……小僧、お前ワシの前にアーリアの女狐の所にいったじゃろ?」

「どうしてそれを?」

「お前の魔力の中にアヤツのいかがわしい魔力が混ざっているのでな」


 ベットの隅に置かれていたワインボトルの栓を開け、そのまま飲みだした。

ベルフにアーリアとの事の顛末てんまつを話、俺の能力について調べても貰いたいと願った。


 始めはワインをあおりながら聞いていたベルフも、アーリアの邪眼が効かなかった事の辺りで真剣に耳を傾けていた。

全ての話が終わるとベットから本棚の所まで移動し、数冊の本をめくった。


「おそらく、小僧の力は自分に対して、向かってくる魔力を我が物とし、更には術をかけた者からも同等の魔力を奪うという極めて特殊なものだな。長年生きておるが、そのような術などは見たことがない。あえて名を付けるならば……魔力吸収じゃ!」

「ひねりねー、まんまじゃん」

「なんじゃと!!」


 ベルフの持つどの文献にも、他人の魔力を吸収するという術や事例はないという。

俺があのばぁちゃん天使から授かった力はこれのことに違いない。

もっと詳しく知りたいと思っていると、ベルフが俺を覗き込む。


「ところで小僧……アーリアという女、お前さんはどう思う?」

「あぁ、あれは最悪なサドスティック女だな。あれとお近づきになんてこっちから願い下げだな!」

「やはり小僧もそう思うか!! そうじゃ! 世の女なんぞろくな者はおらん!!」

「いや、別に俺は世の中の女性全部では……」

「まぁ聞け! いいか、大体にして女という生き物はだな―—」


 突然始まってしまったベルフの女嫌い談義。いつ終わるかもわからない話が延々と続いた。ひとしきり話したベルフの様子を伺い、俺はもう一つの本題に入った。


「と、ところで承認の方は?」

「おぉそうじゃったな! いやぁ久々にワシの思いのたけを語ったもんじゃったから、すっかり忘れておったわ。」

「ははは……それはそれは……」


 アーリアの時とは違い、右手の親指の腹を近くにあったナイフで切る。


「ほれ、紋章を出せ。」


 言われるがままに右手を差し出すと、呪文を唱えながら指を押し当てた。

全身を駆け巡る熱いなにか、それが何かはわからないがそれは一瞬で終わる。


「ほれ、承認完了じゃ!」


 肩を叩かれ手のひらを見ると、アーリアの時に出てきた痣の対角線に新しい痣ができていた。

かなりあっさりと二つ目の承認を得られたことに驚きである。


「これで二つ目かぁ……案外すぐに魔王になれるかも!」

「それはどうじゃろうな。少なくとも嫉妬と憤怒はかなり厳しいから覚悟しておくことじゃな。」

「マジで……」


 再びベットに座ると開けたワインを飲み干した。


「あの、もうちょっと俺の力の詳細とか、他の承認者に居場所を教えて貰いたいんだけど」

「もうワシでもその二つは教えられん。ワシより詳しく知っている者ならこの城のはずれにおられるエリーナ様にでも聞くんだな。」

「エリーナ様?」

「あの方はワシよりも長く生きておられてワシより知識もある。もしかしたらお前さんの能力も知っておるかもな……久々に話をして疲れたんでワシはもう寝る。」


 横になって目をつむってしまったベルフに礼を言った後、グニルダさんが部屋の掃除をしていたので手伝った。


「マサル様! そのような事は私がやりますのでおやめ下さい!」

「シーッ! あんまり大声出すとまたあのオヤジ、怒るよ。」

「しかしですね!」


 止めさせようとする手をくぐり抜けて散らかった空瓶を集めてから、改めて俺はグニルダさんに聞いた。


「エリーナ様ってこの近くにいるの?」

「はい。この城の西に建っている離宮がお住まいです。」

「……怖い?」

「大変お優しい方ですので、マサル様がお考えになるような事はないかと思います。」


 部屋の主が寝たままではあるが、掃除も終わり。

片付けたゴミを袋に詰めてから、二人は地下を後にした。


 

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