第7話 色欲のアーリア

 封印された扉の前から離れようとしていると、数十人のメイドを引き連れた一人の女性が階段から上がって来た。


「お初にお目にかかります魔王様。 ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。」


 はっきりとした口調でそう言った。

整えられた緑色の長い髪と特徴的な巻角。

彼女の一声で、引き連れてきたメイド達もキレイに階段の両端へ整列した。


「わたくしは、この城内全ての管理を任せて頂いております。 メイドのミールと申します。 以後、お見知り置きを。」

「あっ、はい。 よろしくお願いします。」


 サリーの時とは全く違い、整然としたその態度に若干のとまどいを見せながらも俺はミールと名乗るその女性に質問をする。


「ミールさんもサキュバスであってます?」

「はい。 左様でございますが、何か不都合なことでもありましたか?」

「いえ、全然不都合はないです!」

「そうですか。 それとわたくしのことはミールとお呼び頂いて構いません。」


 この受け答えの感じはどう考えてみてもこのサリーの上司、つまりはメイド長に間違いない。堅物の雰囲気がひしひしと伝わってくる。

俺とは合わない気がしてならない。


 階段を下りて、自分の部屋に戻ろうかとしていると、後ろでグニルダさんがサリーとミールに何やら指示をした後に俺を呼び止める。


「マサル様。 少しお部屋を清掃致しますので、先にアーリア様にご挨拶へ参られては頂けますか? サリーとミールもお供させますので。」

「いいけど、グニルダさんは行かないの?」

「私は、その……なんといいましょうか……。」


 あきらかに言葉に詰まっていた。


「まぁいいよ。 サリーがいることだし、行ってくるよ。」

「マサル様。 お気をつけて……。」


 もの凄く気になる云い方だったが、それほどにアーリアというのは恐ろしいのだろうか。


「なぁサリー、アーリアって人そんなにおっかないの?」

「いいえ、怖くなんてないですよ。 わたしは。」

「わたしは?」

「フフン! マサルさまも、会えばわかりますよ。」


 軽快に歩きながら答えたサリー、刹那にサリーの頭をミールが殴る。


「いったーい!!」

「城の主に対してなんたる言い方ですか!?」


 道中、俺の受け答えについての態度がなっていないと怒るミールに弁明をしながら歩いていくと、通路に漂うお香のような独特な香りが辺りを漂っている場所に辿り着いた。


「こちらの部屋が、アーリア様のお部屋になります。」


 緊張しながらも呼吸を整えている内に、ミールは部屋をノックして中へ入っていく

続いてサリーが部屋に入り、少しの間をおいてから俺も部屋に入った。


 独特の甘い匂いに部屋全体が満たされる。

つややかな紫色の長い髪をし、右の目を髪で隠した女性が一人、部屋の中央にある大きなソファに深く腰掛けていた。


「こちらが先程召喚なされた魔王、マサル様でございます。 アーリア様。」

「ふーん。 お前が新しい……冴えない顔ね。」


 ソファの前にあるテーブルに置いてあったパイプに火をつけ、煙をくぐらせながら、さらにアーリアは続けた。


「それで……今日は挨拶しにきたのかしら?」

「まぁ、そうなんだけれども……」

「じゃあもう用は済んだでしょ、帰りなさいな。」


 初対面の相手に向かっての言い草や、その態度に腹が立った俺は、アーリアがどのような立場の者かも忘れていた。


「あんたなぁ、初対面の相手にどんだけ上からモノ言ってんだ! それに俺は魔王だぞ!! 普通なら俺に敬意を持ってそっちが挨拶しに来るべきなんじゃないのか!?」


 一瞬、周りにいたミールとサリーに慌てた様子が見えたが構わずアーリアに近づいて行った。


「美人だからって、誰でも男がへらへらすると思ってんなら大間違いだぜ!! アーリアさんよ。」


 夢中で思いのたけを言い放ち、少しの静寂が訪れた。


「……アッハッハッハ!! あんた中々言ってくれるねぇ。 あたしにそんなことを真正面からぶつけてくるなんて、何百年ぶりかしらね!」

「あっ、しまった!? つい勢いで……って何百年!?」

「あんたマサルだっけ? いいよ、久々に驚かされたよ! しかしねぇ……」


 アーリアが顔を隠していた髪をかき上げて、今まで見えていなかった右目を俺に見せた時、以前サリーと目が合った時感じた鳥肌のような感覚が全身を覆った。


「……なるほど。 確かにあんたには効かないみたいだねぇ。」

「なんのことだ?」

「フーッ……なる程ねぇ……。」


 煙をふかしながらアーリアはゆっくりとした口調で話し始めた。


「まず、初めに言っておくけど、あたしはあんたの下僕でもなんでもないよ。 そして、勘違いしてるみたいだから伝えてあげるけど……あんた魔王は略称にすぎなくて"魔力王"だからね。」

「!? ……魔力王?」

「魔力が誰よりも多い……だから魔力の王、魔力王ってことさ。」

「でも……グニルダさんが新しき魔王って言ってたし、魔力王なんて……。」


 煙草盆に灰を落として、じっくりと俺を見ながらアーリアは話をつづけた。


「グニルダが言ったことは間違いじゃないよ。 今のあんたはまだあたしら七つの承認者じゃないから魔力王なんだよ。 あんたの紋章とあたしらの七つの承認でこの世を統べる王……魔王になれるのさ。」

「そういう事だったのかよ……だから封印の扉の時あんな表情して……。」

「でもまぁあんたなら、なんとかできんじゃないのかい。」

「どういうこと?」

「うしろ……見てごらんよ。」


 アーリアに言われるがまま後ろを見ると、ミールとサリーが石になり、扉周りの壁の一部が無くなっていた。


「どわっ!? なんだこれ?」

「さっき、あたしが右目をあんたに見せたのはそういうことさ。」

「!? 石化の魔法か?」

「ハッハ! 違うよ、あたしの右目は女は石に、男は灰にするのさ。でもって、さっきは灰にするよりも強くあんたに力を使ったから後ろの壁まで灰になったのさ。」


 指を鳴らすとミールとサリーが石から元に戻りアーリアが壁の掃除を命じた後に

それを唖然として見ていた俺を自分が座っている反対の席に座るように言った。


「それで、用件は挨拶だけじゃないんだろ?」

「そうだった。 アーリアさんなら分かってるだろうけど……」

「承認してやってもいいけどね、その前に、さっきのはどういう事か説明してくれるんだろう?」

「さっきのこと?」


 再びパイプに火をつけて、煙を吐きながらアーリアが真剣な眼差しで質問をしてくる。


「あたしの邪眼が効かない上に、あたしの魔力をごっそり持って行ったことさ。」

「はっ!? ……全然なにを言ってるのか分からないんだけど。」

「とぼける気かい!」

「いや、待って!! 本当に分からないんだ! サリーにチャーム魅了をかけられた時と一緒で全身が鳥肌立ったくらいしか印象ないし……。」

「つまり、サキュバスの魅了も効かなかったってことね……。」


 暫く考えていたアーリアが、パイプの灰を落として


「いいさ。 あんたを承認してやるよ。」

「マジで!? 良いの!!」

「紋章のある場所だしな。」


 手のひらを差し出すと、アーリアは呪文のような言葉を唱えながら自らの右手の人差し指を歯で噛み、血が出ている指を俺の紋章に重ねた。


 「!? なんだ?」


 手のひらから全身が熱くなる感覚にとらわれる。


 「さぁ、終わったよ。」


 手を見ると、紋章の周りに今までは無かった痣が一つだけ増えていた。


「これが承認の証……」

「そうだよ。 あたしが初めてなんて、あんた運がいいねぇ。」


 笑いながら血が出ている指を、ハンカチでぬぐうとアーリアは立ち上がって俺の側まで来た。


「まだこの城にはもう一人、怠惰のベルフっていうじじぃがいるから、そいつにあんたの力を解明させてあたしに教えるんだよ。」

「あ、はい。」

「それはそれで……これはさっきあたしに対して舐めた口を聞いた分だ、とっときな。」

「!?」


 なにが起きたか分からなかったが、通路に倒れて腹部に激痛が走り悶絶する。


「アッハッハッハ!! やっぱり、魔力を使わなければぶん殴れるみたいだねぇ!」

「ぐぅ!!」


 アーリアは俺の髪を手で掴み、頭を持ち上げ耳元に口を近づけた。


「次あたしに対して同じ態度だったら、こんなもんじゃ済まさないよ……ぼうや。」

「いてっ!?」


 耳たぶを歯で噛まれてから俺は頭を床に落とされた。


 「マサル様!! 大丈夫でございますか!?」


 グニルダさんの声と走り寄ってくる気配が近づてきた後に、俺は太い腕の中に抱きかかえられた。


「グニルダ! そいつをベルフに会わせな! それとサリーとミールは少し借りるよ。 あと、ボーイをあたしの寝室に寄越しな!」

「は、はい。 アーリア様……。」


 恐縮した感じでグニルダさんは俺を抱えたまま答えた。


「あの女、最悪だ……。」


 腹部の激痛の中で、俺は振り絞るような声で言った。

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