第5話 生誕マサル様

 「先程は気を取り乱してしまい大変失礼いたしました、魔王様。」


 そう言ってグニルダさんは深々と頭を下げ続けている。


 「いや、もういいんだけど……その魔王様って呼び方変えてもらえます?」

 「と、申しますと?」

 「堅苦しい呼び方じゃなくて、名前で呼んで欲しいし、もっとこうフレンドリーにきてほしいな!」

 「フレンドリ…?」

 「えっと……なんていうか、こう…馴れ馴れしい感じでさぁ!」

 「そのようなことなどできません!!」


 ぴしりと断られてしまった。

グニルダさんにとって、そこは譲れない一線だったのだろう。


 「ですよねぇ……じゃあ、せめて名前のマサルで……おねがいシヤス。」

 「……承知致しました……マサル様。」


 いかにも仕方ないという感じではあるが、受け入れてくれた。


 「ところで、そろそろズボンを返してもらえます?」

 「いえ…こちらは汚れてしまっていますので、新しいお召し物を只今ご用意致します、少々お待ちください。」


 そう言い残すと、グニルダさんは短パンを小脇に抱えて部屋を出て行ってしまった


 「パンイチ男と美女メイドが一緒はダメだろ……。」


 気まずい雰囲気が漂う中、俺はサリーに目をやる。


 「あれっ? サリー……だよね?」

 「そうですけど……なにか?」


 つい先程までの容姿とは違い、髪型はロングヘア―からショートボブになっており、顔つきも幼さが残っている。

そして、グラマラスな体型は少女のような華奢きゃしゃな身体になっていた。


 「さっき私がチャーム魅了かけたときに戻ったのよ……」


 両腕を組み、怪訝けげんそうな表情でテーブルの端にもたれかかっている。


 「そんな……姿だけじゃなく、声まで変わって……。」

 「突っ込むとそこなの!?」

 「だってさぁ、その恰好が元の姿なんだろ?」

 「そうなんだけど……なによ、これだと不満なの?」


 口調から態度までがさっきまでとガラリと変わり、俺の前世でいう女子高生そのものであった。


 「なんだ? その態度と口調は? グニルダさんに言いつけるぞ!」

 「さっき自分でもっと馴れ馴れしくって言ったでしょ!」

 「あぁなるほど……驚き過ぎて忘れてた。」

 「……もう、なんなのよ。」


 脱力するサリーを見ながらふとさっきの彼女の言葉が思い出された。


 「つーか、チャーム魅了かけたってなに?」

 「今聞くの!? ……さっき魔王……マサルさまと目が合った時にかけようとした私の特技よ。 かけたと思ったら魔力が抜けた感じになって変身も解けたの。」

 「おまえ俺に魔法かけようとしてたのかよ!! なんで!?」

 「だってぇー……魔王のきさきになったらぁー超安泰じゃん?」


 突然猫なで声で質問に答えてきたが、初めに会った姿より今の姿でやられるとかなりかわいい。さすがサキュバス、己の最大限の魅力を引き出している。


 「それ、グニルダさん知ってるのか?」

 「知るわけないでしょ。 知ってたら私すぐ燃やされているわよ。」

 「へぇ……燃やせるんだグニルダさんって……」

 「そ・れ・よ・り! 私の魔力奪ったのってマサルさまよね? どうやったの?」

 「なにもしてないって!? 現に魔法かけられてたなんて知らなかったし!」

 「……それもそうよね。 うーん。」


 そう言ってサリーはまた先程のポーズに戻り考え込んでしまった。

俺はというと、会話しながら近づいてくる彼女に平常心を保てたことに安堵していた


サリーが俺との間を動きまわったからか、俺の周りには彼女から放たれたであろう甘い香りが漂っていて、俺はそれに浸っていた。


 少し間をおいて、俺がサリーに話しかけようとした時


 「失礼致します。 魔王……マサル様、お召し物を持って参りました。」


 戻って来たグニルダさんの声が扉の向こうから聞こえてきた。

その瞬間、サリーはさっと俺の耳元まで近寄って囁く。

 

 「さっき、私が特技使ったことグニルダ様には黙ってて下さいね。

マ・サ・ル・サ・マ。」


 そう言い残すとサリーは一歩俺の後ろに下がり、メイドらしく背筋を正した。


 高2の冬に彼女からフラれ、それから今まで女子免疫がない俺を殺す気か。

こいつは危険だ、隙を見せればサリーは俺なんて容易たやすく落とすだろう。


 「マサル様、こちらをどうぞ。」


 扉を開けて部屋に帰って来たグニルダさんは、持ってきた衣服を俺に渡す。


 「ありがとう、着替える場所って……ないよね。」

 「ご安心下さい。 私がお手伝い致します。」

 「違う!違う!! 服を着せるの手伝ってじゃなくて二人がいる前で着替えるの恥ずかしいからなんか場所とかあるのかなって聞いたの!」

 「でしたら、グニルダ様の翼でマサルさまをお隠しするというのはいかがでしょうか?」


 いかにもメイドらしい口調で、サリーは助言する。


 「おぉ! それ採用!! ってことでグニルダさんよろしく!」

 「かしこまりました。」


 グニルダさんはその大きな両羽を広げ、俺を包み込むようにして俺と向き合った。


 「あの……すみません。 後ろ向いてもらいたいんですけど。」

 「申し訳ありませんマサル様。羽根の形状上後ろに向けないのです。」

 「だったらこれ、意味ないね?」

 「いいえマサル様、サリーには見えません。」


 ドヤ顔でグニルダさんは答える……ち、違うそうじゃない。


 「いやでも、グニルダさんと至近距離なんですけど。 少しでも屈んだらその分厚い腹筋に俺の顔が当たると思うんですけど。」


 見えてはいないがサリーが必死に声を殺して笑っているのがかすかに聞こえてくる


 「つか、もう二人とも後ろ向いてて! その間に着替えるから!」

 「はぁ……かしこまりました。」


 しょんぼりするグニルダさんと肩が震えているのがわかる程笑うのを我慢しているサリー達が後ろを向いているのを確認してから受け取った服に着替えた。


 「終わったから、もうこっち向いていいよ。」

 「さすがマサル様、完璧な着こなしでございます。」


 二人は振り返ると、グニルダさんだけはすぐに俺をほめたたえた。


 「……よくお似合いですマサルさま。採寸も合っているようでグニルダ様もさすがでございます。」


 少し間をおいて、サリーも続けた。……なんだ今の間は。


 黒を基調とし、赤のラインが入っている礼服のような感じだが悪くはない。

この世界の服に着替えたことで、改めて俺は転生してきたのだという実感がさらに増したような気分になる。


 ―—ここに【魔王マサルが生誕】した。

と自分で言いたくなる程に鏡はないが似合っているのではないか。


 「それではマサル様。 お着替えもなされましたので、お部屋にご案内致します」


 グニルダさんは扉の方へと向かう


 「魔王の玉座ってやつか。」

 「はい、正確には玉座の前室ということになりますが。」

 「そうか、先代の魔王が玉座の間は勇者と一緒に封印したんだっけ。」

 「はい、ですがマサル様であればあるいは扉が開くかも知れません。」

 「まぁ行ってみないとわからいよね。」

 「では、こちらへ。」


 扉を開けるグニルダさんを横目に、俺は小声でサリーに尋ねた。


 「城内で俺が襲われるなんて……ないよね。」


 怪訝けげんそうな顔でサリーは答える。


 「……何考えてるか知りませんけど、仮にも魔王さまを襲うなんて者はいませんし、数人を除いて私やグニルダ様に勝てる者もいません。」

 「へぇ、二人とも強いのね。 ……よし!じゃあ行こう!!」

 「はぁ……。」


 サリーの呆れ顔をよそに俺はグニルダさんの背中を追って、部屋を後にした。

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