第2話 天使の裁量の間

 ——足音が聞こえる――


「おやおや、こりゃ面白い格好だね。」


 頭の上で優しいおばあさんの声が聞こえている。起き上がろうとゆっくりと目を開け身体を動かそうとした時だった。


「あれっ?」


顔は下を向いているのに、身体の反応はどう考えても仰向けだ。


「少し、動かんでじっとしてなさいな……それっ!」


 また、優しそうな声が聞こえたと思ったら、景色が薄暗いものから一気に眩しい白の景色に塗り替わった。


「うっっ!? まぶっ!」

「これで、元に戻ったね。」


 目が慣れて辺りを見渡す。真っ白い壁に金色のラインが等間隔に装飾されている。この部屋のような場所に、老婆が俺の顔を優しく微笑みながら覗き込んでいた。


「あんた、風呂場ですっころんで首を折ったんだよ。」

「はっ?」

「あたしもこんな死に方した子を久しぶりに見てねぇ、あまりに可哀そうだからってんでここに連れてきたんだよ。」


 何を言ってるか分からない。

はずだったが、左手のお風呂用洗剤と右手のスポンジが次第に記憶と目覚める前の衝撃をよみがえらせた。


「そうか、俺……ダッサイ死に方したの……か……。」


 突然の死という衝撃と情けない今までの人生に涙が滲んできたときだった。


「ここはそんな非業な死をした子の為の、措置をする場所なんさね。」

「はっ? 措置?」

「あんたはこの転生の間で好きな空間、好きな能力を選んで送り出されるのさ、もちろんもう今までの記憶も容姿もいいってんならそれはそれで構わないよ。」


 まだ気持ちの整理が出来ていない。だが、おそらくこの天使っぽいばあちゃんの淡々と話した言葉の断片が、不思議と脳裏に入ってきた。


 転生と能力、そして記憶と容姿がそのままで好きな場所。それは、自分が思い描いた妄想の世界に行けるということだ。


 すぐに思いつくのは、最強勇者でのハーレムか、のんびりハーレムの二択。


「ちなみにまだ心の整理がついてないかもしれんが、ここに居られる時間はあと5分程度でな、天界連続ドラマが始まってしまうからね。」

「えっ? 天界連続ドラマ?」

「いくつになっても、男と女の恋愛物語は心を打つんさね。 よっこいせっと。」


 俺の問いかけに無視決め込み、突然出してきたテーブルと座布団に座ってお茶をすすっている。しかし、ここで短気おこしたりして、せっかくのチャンスを棒にする程に俺だって愚かではない。


「決まりました!」


 こちらを見ない……。


「すみません! どうするか決めました!!」


 全く反応しない……これは初めから俺の声が聞こえていなかったようだ。


【きーまーりーまーしたけーーどーーーー!!】

「ああ、決まったような感じだね。」

「いや、これでも聞こえてないの!? 大丈夫なのこれ? 転生いけるの?」

「ほい、ではあんたの願いを聞き入れよう。」


 そういうと背中から美しい大きな4枚の羽根を広げて俺の前に浮き上がった。


「うおぉぉすげぇぇぇ!! じゃない…うっうん! 最強な勇者になって女の子にモテまくる世界にお願いします!!」


 —————。


「なんだって?」

「やっぱりじゃねぇかよ!! 聞こえてねぇじゃんよ! どうすのこれ? 伝えらんないじゃんか!?」

「何も言わないのかい? 困ったねぇ。」

「いや、言ってるから!! つか口の動きでしゃべってるのわかるよね!?」

「あんだって?」


 駄目だ。全然聞こえてない。やはりこのばぁちゃん、耳が遠いのか。


 最悪。自分が強ければ、ハーレムはなんとかなりそうな感じがする。

とりあえずは誰にも負けない力があればいいので、言葉を短く、尚且なおかつ解かり易くしなくてはいけないようだ。


「はやくしてくれんと、時間がきてしまうよ。」

「連続ドラマどうでもいいわっ! クソー! 俺を最!!強!!勇!!者!!にして下さぁぁぁい!!」

「あんたをさいなんだって?」

「だーかーらー! ま・お・うを・いち・げき・でぇ!た・お・せ・るぅ!ゆ・う・しゃ・にぃ!し・て!!」

「あぁなる程ね、はいはい、あんたやっぱり面白い死に方しただけあるよ。」

「はぁ、はぁ…やった、通じた!」


 足元から大きな暗黒空間が広がり、少しずつ俺を飲み込んでいく。その最中に天使ばぁちゃんが俺に向かって両手を伸ばしながら。


「あんたの願い通りの【魔王になって最愛の嫁さんを探す世界】にいくがいいよ。

あぁそれと、これはあたしからのちょっとしたおまけさね。」

「ちょっっと待って!! ぜんっぜん違うんですけど!! 魔王でもないし、最愛ってなんだ!? それあんたの見てるドラマだろうが!!」


 腰までゆっくりと吸い込まれていく。胸元辺りまで沈み込むと、唐突に吸い込む速度が上がりあっという間に暗闇に落ちていった。


 暗闇の空間の中で俺は叫んだ。


「こぉんのぉクソババアーーーーーーーーーーーーー!!!!」

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