第32話 新たなる同行者

 アンナとカルーナは、未だカルモの村に留まっていた。

 ガルスとの戦いでの疲労を、癒すためである。後一日は村に滞在して、エスラティオ王国に向かうことに、二人は話し合って決めたのだ。


「よし……」


 宿屋の部屋で、アンナがふと呟いた。


「どうしたの? お姉ちゃん」

「うん、体調は万全だなって思って」

「ああ、前の戦いの時は、しばらく不便だったもんね」


 デルゴラドとの戦いの時は、右手を封じられてしまったため、アンナの生活はしばらく不便だった。

 今回はそれがないため、アンナとしては少しだけ嬉しいのだった。


「これも、ティリアさんの回復魔法がすごかったおかげだよ」

「そうだね。やっぱり私も、回復魔法が使えたらなあ……」

「あ、いや、ごめん。私が変なこと言ったせいで……」


 アンナは、昨日カルーナに自分がした質問を思い出し、謝罪した。

 そもそも、アンナが回復魔法の件を言い始めてしまったのだ。カルーナが、それを気にしているのなら、非常に申し訳ないと、アンナは思っていた。


「あ、お姉ちゃんに言われたから気にしてる訳じゃないよ、謝らないで」

「え? そうなの?」

「うん、魔法使いにとって、攻撃と回復の魔法を、両方使いたいって思うのは、当然のことだもん。私も、日頃から憧れているんだよ」

「へえー、そうなんだ」


 カルーナの言葉で、アンナは安堵する。どうやら、自分のせいではなかったようだ。


「まあ、それはいいとして。お姉ちゃん。今日はどうしようか?」

「どうするかか……」

「今日一日は、この村にいる訳だけど、何かする?」

「うーん……とりあえず、お世話になったティリアさんに挨拶しに行こうか」

「じゃあ、ティリアさんの家にだね」

「あ、でも、今日も忙しいのかも……」

「ああ、でも、とりあえず、行ってみようよ」

「うん、そうだね」


 こうして二人は、ティリアの家に向かった。





 ティリアの家の前まで来てから、二人はあることに気づいた。


「あれ? 今日は、人がいないんだ? 私の治療の時は、すごい行列だったのに……」

「もしかして、今日はお休みなのかもしれないよ。私達の治療もあったし」

「うーん、そうかも。まあ、声をかけてみようか」


 アンナが戸を叩いてみると、中からティリアの声が聞こえてきた。


「はーい、どちら様ですか」

「あ、えっと、アンナです」

「カルーナです」

「あ、はい。お入りください」


 ティリアは戸を開けて、二人を迎えてくれた。


「今日は、どうされたんですか?」

「あ、あの……明日にはこの村を出るので、挨拶をと思いまして……」

「……そうでしたか」


 アンナがそう言うと、ティリアは少し残念そうな顔をした。別れの挨拶と言われて、喜ぶ者などそういないだろう。アンナは、少し申し訳なく思ったが、こればかりはしょうがないと結論を出した。


「そういえば、今日は治療はお休みなんですか?」


 場の空気を変えるためか、カルーナが違う話を振った。


「ああ、別に休みという訳ではないですよ。ただ単に人が来られていないだけです。そもそも、来られた方を治療しているだけなので……」

「あ、そうだったんですね」

「人が来ないって、そういうこともあるんですか?」


 アンナの質問に、ティリアは頷いた。


「ええ、最近は少なくなっています。これも、アンナさん達が、剛魔団を退けてくれたおかげです」

「あっ……」


 アンナは、思い出した。この村に来る人々は、魔王軍に傷つけられた者達だと、ティリアは言っていた。このウィンダルス王国は、現在は魔王軍からの侵攻を受けていない。そのため、傷つく人も少なくなっているのだろう。

 そう考えると、自分達がしたことの成果を実感できて、アンナは嬉しく思った。


「あ、あの!」

「うん?」

「えっ?」


 アンナがそんなことを思っていると、ティリアが突然、大きな声を出した。二人が驚いていると、ティリアはゆっくりと口を開いた。


「実は……お二人に相談したいことがあるんです」

「は、はい。なんですか……?」

「私を……エスラティオ王国に、連れて行って欲しいんです!」

「……ええっ!?」

「ティリアさん!? どうしたんですか!?」


 ティリアの言葉に、アンナとカルーナはさらに驚いた。

 ティリアは、さらに言葉を続けた。


「その……私がエスラティオ王国の方から来たというのは、お話しましたよね?」

「あ、はい、聞きました」

「その時、私を引き取ってくれた人、三年前に亡くなったんですけど、その人が言っていたんです。もし、私が大きくなって、自分のルーツを知りたくなったら、エスラティオ王国に行きなさいって……」

「……そう、だったんですか……」

「それに……」


 そこでティラアは、一度言葉を止めた。何やら、迷っているように、アンナには見えた。

 そして、ティリアは、意を決したように言葉を放った。


「エスラティオ王国では、未だに魔王軍が侵攻を行っています。傷ついている人も……多いでしょう。私の力をそんな人達のために、使いたいんです!」

「ティリアさん……」


 アンナは、ティリアの目を見ていた。その目には、決意のようなものが滲んでいた。

 恐らく、前半の理由ももちろんあるが、本当の理由は後半にあるようにアンナには思えた。

 彼女が聖女と呼ばれる理由が、アンナにはわかった。その献身的な心こそが、聖女たる由縁なのだろう。

 しかし、勇者に同行するということは、危険に飛び込むようなものだ。アンナ、この素晴らしき心を持つ人を危険に巻き込みたくないと感じていた。


「お姉ちゃん」


 そこで、それまで沈黙していたカルーナが口を開いた。


「ティリアさんの決意は、確かなものだよ。だから、危険だとか、なんだとか考えちゃだめだよ」

「カルーナ……」

「ティリアさんも、お姉ちゃんや私と同じだよ。その決意を無下にするなんて……」

「……わかってるよ」


 カルーナの言い分は、アンナには深く理解できることだった。自分達に、ティリアの同行を断る理由は、危険だからという理由以外には存在しないだろう。

 彼女がいれば、戦闘中や戦闘後に回復魔法をかけてもらえる。それがあれば、今までよりも多少は安全に、旅を進めることができるだろう。


「ティリアさん……私達の旅に、ついてきてください」

「アンナさん……ありがとうございます。ティリアさんも、ありがとうございます」


 こうして、アンナとカルーナの旅に、ティリアが同行することになった。


「あ! そうだ、お姉ちゃん」

「何? どうしたの、カルーナ?」

「せっかく年も近いんだし、ティリアさんには、もっと私と話すような感じで接してみたらどうかな?」

「え? なんで?」

「旅する仲間だし、お姉ちゃんの人と話す練習ってことで!」


 アンナは、数秒考えたが、カルーナの言う通りにすることにした。


「じゃ、じゃあ、ティリア。こういう喋りでいい?」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「ティリアも、もっと砕けた感じでいいよ?」

「あの、私、誰に対してもこの喋り方しかできないんです。幼い頃から、この喋り方だったもので……」

「え? ああ、気にしないで。その喋りでいいよ!」


 幼い頃から、誰とでもその喋りなら仕方ないだろうと、アンナは思った。よく考えたら、ティリアは明らかに年下のカルーナにもそうして接していた。

 そんな会話をしながら、勇者一行に新たなる仲間ができた。アンナとカルーナ、そしてティリアの次の目的地はエスラティオ王国、そこで何が待っているのか三人は知る由もなかった。

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