第26話 竜魔将ガルス

「竜魔将……ガルス?」


 現れた男に対して、アンナは目を見開いて驚いた。

 魔将の名を冠するということは、魔王軍幹部であり、あの剛魔将デルゴラドと同じ地位にある者なのだ。

 そして、デルゴラドの言ったことが本当なら、彼はデルゴラドよりも強いということになる。

 目の前にいる取るに足らない悪魔などどうにでもなるが、この村の真ん中で、この男と戦うのは難しいだろう。

 悪魔も、ガルスの登場で、自分が遥かに有利になったと思ったのか、口の端を歪めていた。


「竜魔将様! あなたが来てくれれば、百人力です!」

「……」


 悪魔は、ガルスに呼びかけたが、ガルスの目は明らかに味方に向けるものではなかった。

 その様子に、悪魔も少し怯んでいた。


「ど、どうしたのですか? ともに勇者を倒しましょう!」

「……その子供を離せ」

「はっ?」

「えっ?」


 ガルスの言葉に、悪魔どころかアンナまでが思わず声をあげた。

 その言葉は、悪魔の有利を崩すような発言だったからだ。

 悪魔は、当然その言葉に反論する。


「何を言っているんです? この子供を人質にすれば、勇者は手出しできないんですよ!」

「離せと言っているのだ……聞こえなかったのか?」

「い、嫌だ! そんなことしたら、俺がやられちまう」

「うぐっ……」


 悪魔が体に力を入れたことで、締め付けが強くなり、子供が呻き声をあげた。

 このままでは、子供が危ないだろう。そう思ったアンナが行動を起こそうとしていた時だった。


「馬鹿が……」

「あっ……?」


 ガルスの手から何かが放たれた。

 何かは、悪魔目がけて一直線に飛んでいった。


「がっ……!」

「ううっ」


 そして、何かは悪魔の頭に当たり、そのまま貫通した。

 絶命した悪魔は、子供とともに倒れ込みそうになる。


「あ……!」


 アンナが子供を助けようと、駆けだそうとしていると、またもガルスが動いていた。

 ガルスは、悪魔の元に一早く駆けつけ、子供からその体を引きはがした。


「行け……」

「あ、え……あ、ありがとう?」


 助けられた子供も、魔族に助けられたことに困惑しているようだった。

 子供は、数秒固まった後、すぐにガルスから逃げていった。

 アンナは、そんなガルスを見つめながら、混乱していた。

 魔王軍が、剛魔団の魔族を殺し、人間の子供を助けた。それがどういう意図なのか、アンナの理解は追い付いていなかった。


「な、なんのつもりだ?」


 そのため、アンナは思わずガルスに質問をしていた。言ってから気づいたが、敵であるガルスに答える義務などないはずだ。

 だというのに、ガルスはその口を開いていた。


「あの悪魔が、俺の流儀に反していただけだ……お前を助けた訳ではない」

「流儀……?」

「俺は戦いとは、兵士が行うものだと思っている。故に、俺は兵士を殺すことを躊躇いはしない」

「な、何?」

「だが、民は違う。そこに暮らす人々を脅かすのは、ただの屑でしかない。少なくとも、俺はそう思っている」

「そ、それは……」


 ガルスの言い分は、アンナにもある程度理解することができた。それが正しいかどうかはともかく、今回は彼の言う民が脅かされていた状況だったのだ。

 しかし同時に、仲間もしくは部下である者を粛正するのは、中々に恐ろしいとも思えた。

 ただ一つわかるのは、彼が今までアンナが出会った魔族とは、何かが違うということだった。

 そして、彼の言い分を聞くに、戦いは避けられないということだろう。アンナもすでに、兵士の一人であるのだから。


「あなたの目的は、私ということでいいの?」

「……ああ、俺は魔王から、勇者討伐を命じられている」


 やはり、アンナとガルスは戦う運命にあるようだった。

 だが、このまま村の中で戦うと、周りに被害を与えてしまう。そのため、アンナはなんとかここから離れようと思っていた。

 しかし、ガルスの次の言葉で、その考えを捨てることになった。


「場所を変えるぞ」

「えっ?」

「ここで戦うと、周りに被害が及ぶ。誰もいない場所の方が、お互いに都合がいいだろう」

「それは、そうだけど……」


 ガルスの提案は、アンナにとって願ってもないことだった。

 よく考えてみれば、ガルスは民を巻き込まない主義である。ならば、この提案が出るのも頷けた。


「わかった。あなたの提案に従うよ」

「ならば、移動するぞ」


 そう話がまとまりそうになった時、一つの声が響いた。


「お姉ちゃん……待って!」

「カルーナ……」


 声の方向に目を向けると、そこには大勢を立て直したカルーナがいた。

 先程悪魔に攻撃を受けたので、少し足元がふらついていた。


「私もついて行く」


 カルーナの目には、決意のようなものが宿っていた。

 その言葉に一番最初に反応したのは、意外にもガルスであった。


「俺の標的はあくまで勇者だが、手出しするなら容赦はせんぞ」

「そんなの……望むところだよ」


 ガルスは、ゆっくりとカルーナを見据えながら、そう言い放った。その気迫に、カルーナは思わず怯んでいた。

 カルーナは、そこまで戦士の勘が働く訳ではないが、ガルスの強さを感じた。

 そのことは、アンナも理解した。そして、ガルスとの戦いは自分一人でするべきだと思った。


「カルーナ、その気持ちは嬉しいけど、ついて来ないで」

「お姉ちゃん!?」

「カルーナはさっき悪魔から攻撃を受けている。今は、その体を休めておいて欲しい」

「それは……」

「大丈夫……負けやしないさ。信じて」

「……お姉ちゃん」


 アンナは、カルーナをこの戦いに連れて行きたくなかった。

 悪魔に受けたダメージもそうだが、ガルスは本当にデルゴラドよりも強い。そのことが、アンナに勝てないかもしれないという思考をもたらした。

 そして、勝てなかったとしても、手出ししなければカルーナをガルスは本当に攻撃しないだろう。

 以上のことから、自分が負けてもカルーナが無事ならいいと思っていたのである。

 

「そんなの許さないよ!」


 しかし、その思考はカルーナの一声によって打ち消されることになった。


「カ、カルーナ!?」

「お姉ちゃん、今心の中で、自分がもし負けてもって思ったでしょ」

「え!? いや、そんな」

「そんな思考のお姉ちゃんを、一人で行かせられる訳ないじゃない」

「カルーナ、それは……」


 カルーナの言葉は的を得過ぎていたため、アンナは狼狽していた。

 何かかっこつけていた感もあったため、単純に恥ずかしくなっていた。

 しかも、カルーナはかなり怒っており、アンナはとても困っていた。


「ふ、ははは」

「うん!?」

「えっ!?」


 そんな中、一つの声が聞こえた。それは、竜魔将ガルスの声であった。

 ガルスは、一度笑いを止めると、アンナ達に向かって話し始めた。


「勇者アンナよ、お前の負けだ。二人で来い、二対一でも俺は構わん」

「ええ!? どうして、そっちが決めるのさ!」

「その者の勇気は、称賛に値する。この俺の気迫を受けても、お前を助けるために立ち向かおうとしている」

「いや、それは……」

「最早、何を言ってもついてくるぞ。諦めろ」

「うぐぐっ……」


 アンナは、何故か現状敵であるガルスに説得されていた。

 そして、状況的にカルーナの同行を認めるしかなかった。


「わかった。カルーナ、ついてきて……」

「うん。当たり前だよ、お姉ちゃん」

「ならば、さっさと行くぞ」


 話がまとまり、三人でその場を離れようとした時、ティリアが口を開いた。


「カルーナさん! 待って下さい」

「ティリアさん?」

回復呪文ヒール!」


 ティリアは、カルーナに向かって、回復魔法をかけた。

 さらに、頭を下げながら呟いた。


「お二人とも、頑張ってください」

「ありがとうございます。ティリアさん、体が楽になりました」

「ティリアさん……わかりました。きっと、勝ってきます」


 その言葉を最後に、アンナとカルーナ、さらにガルスの三人はその場から離れるのだった。

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