第27話 竜魔将ガルス②

「ここでいいだろう」


 しばらく歩いた後、ガルスが口を開いた。

 周りには、特に何もなく、荒野といえるような場所だ。


「……そう、だね」


 アンナは、ここまで来て何故か微妙な気持ちになっていた。

 ここで、今からこのリザードマンと殺し合いをするのだ。先程までは、自分達のやり取りを笑っていたこの男を倒さなければならない。

 そのことが、頭の片隅から離れず妙な気持ちだった。


「さて……」


 ガルスは、すでに構えており、いつでも戦える状態に見える。だが、決して動かずアンナ側からの攻撃を待っているように思える。

 これがいきなり攻撃しないという彼なりの正々堂々なのか、もしくはカウンターを狙っているのかわからないが、アンナとしては心の中を整理する時間ができたのでありがたかった。


「カルーナ、後ろで構えていて。隙ができたら、魔法攻撃を頼むよ」

「うん、わかった。お姉ちゃん、気をつけてね」


 カルーナを後方に待機させ、自分は聖剣を構える。

 ガルスの意図は不明だが、完全に待ち構えている状態の相手に攻撃するのは少々危険だ。

 しかし、できる小細工もないため、アンナは真っ向から勝負することに決めた。


「はああああ!」


 アンナは、大きく踏み込み一気に距離を詰める。そして、剣を振るう。


「ふん!」

「な、何!?」


 ガルスは、アンナの振るった剣を片手で受け止めた。


「なるほど、中々だな」

「うっ……!」


 アンナは、剣に力を込めたがまったく動く気配がない。

 単純に地力の差もあるが、それ以上に影響しているのは、闘気だった。

 ガルスの体は闘気に溢れ、その防御力が向上しているのだ。


「ふん!」

「うわあ!」


 ガルスは剣を持ったまま、アンナを投げ飛ばした。


「くっ!」


 アンナは、なんとかバランスをとりながら着地し、次の攻撃に備えた。


「まだまだ行くぞ……!」

「うぐっ……!」


 すぐに、ガルスが距離を詰めてきた。ガルスはその手を開きながら、前に突き出した。


「聖なる光よ、盾になれ!」

「むっ!?」


 アンナが叫ぶと、聖剣は形を変えて盾へと変化した。

 ガルスの掌底は、作り出された盾に当たり、大きな衝撃が起こった。


「うっ!」


 盾で防御したアンナだったが、衝撃を受けきれず、その体は大きく後退した。

 アンナは、さらなる追撃を警戒したが、ガルスはそれ以上踏み込んでこなかった。

 それどころか、ガルスは大きく後ろに後退していた。

 周りの様子を伺うと、後ろのカルーナが構えているのに気がついた。


「お姉ちゃん、大丈夫!?」

「うん、ありがとう」


 どうやら、ガルスが後退したのは、カルーナの攻撃を警戒したようだった。

 アンナは、後ろにカルーナがいるのを頼もしく思った。それと同時に、ガルスの冷静に周りを見て、判断する力を恐ろしく思った。

 アンナが気づかなかったことを、気づいていた。これは、相手の技量がアンナを上回っているということになるだろう。

 だが、勝算がない訳ではなかった。


「カルーナ、相手の技量は確実に上だ。二人で上手く協力しないと、勝ち目はない」

「うん、そうみたいだね」

「次は、カルーナの攻撃からお願い」

「任せて」


 アンナは、カルーナと打ち合わせた後に駆け出した。


「聖なる光よ、剣になれ!」


 言葉とともに、盾になっていた聖剣が、剣の姿に戻る。

 それと同時に、カルーナも魔法攻撃を行う。


紅蓮の火球ファイアー・ボール!」


 カルーナの手から、炎の球体が放たれた。 

 アンナは、カルーナの魔法をガルスは躱すだろうと予測した。

 そもそも、これは陽動のための攻撃である。それによって作られた隙に、アンナが攻撃するのが作戦だ。

 アンナの持つ最大の技、十字斬りクロス・スラッシュで一気に勝負を決める算段だった。


「ふっ……」

「なっ!」

「えっ!」


 しかし、その作戦は上手くいかなかった。

 アンナとカルーナは思わず声をあげた。なぜなら、ガルスはその場をまったく動かなかったからだ。

 魔法は、ガルスに着弾し、小規模の爆発が起こる。

 アンナは、今更足を止めることができず、ガルスに向かっていた。

 爆発によってできた砂埃が、ガルスの姿を隠していた。 


竜人脚リザード・レッグ!」

「なっ!?」


 その瞬間、ガルスの蹴りが、砂埃を払いながらアンナに直撃する。


「ぐわあっ!」

「お姉ちゃん!」


 アンナの体は、後ろに吹き飛ばされて地面を転がった。

 ガルスは、体の砂埃を落としながら、口を開いた。


「残念だったな……俺に炎魔法は通用せんぞ」

「ど、どうして……?」


 ガルスの余裕な態度に、カルーナが思わず疑問を口にした。

 ガルスに投げかけた訳ではなかったが、何故か答えが返ってきた。


「俺は、火口付近に住んでいたリザードマンの末裔だ。熱には強い、よって俺には炎は効かん」

「そ、そんな……」


 その言葉に、カルーナは動揺した。

 炎魔法は、カルーナが最も得意とする魔法だ。それが効かないとなると、できることの幅が狭まってしまう。

 他の魔法も使うことができるが、自分の得意分野が使えないのは、単純にショックが大きかった。


「カルーナ、気を強く持って……」


 その時、アンナの声が響いた。


「お姉ちゃん、どんな強敵でも必ず、勝機はあるはずだ。デルゴラドの時もそうだったじないか」

「……うん、そうだね。私は、私にできるこよをするよ」

「よし、その調子だ」


 アンナの言葉によって、カルーナの頭は切り替えられた。

 自分の得意な攻撃が効かなくても、その他のことでアンナを助ければいいのだ。

 そう思ったら、先程までのショックは吹き飛んでいた。


「ふっ……」


 その様子を見て、ガルスは笑っていた。アンナとカルーナが、いいコンビニ思えたからだ。


「それが、お前達の絆という訳か……」

「ガルス……」


 アンナは、ガルスの様子に困惑した。

 敵でありながらも、自分達を評価し、理解する彼の思考がどうなっているのか。アンナにはわからなかったのだ。

 心情的に戦いにくいと感じる相手であり、アンナとしては少し嫌だった。

 そのこともあって、アンナはガルスに話しかけてきた。


「ガルス、一体なんのつもりなんだ?」

「何が言いたい?」

「村の時からもそうだけど、私達を見て笑ったり、敵と接する態度なのか、私の中でわからないんだ」

「ほう?」


 ガルスは、アンナの言葉に目を丸くした。


「なるほど、お前は自らの意思で戦う者になった訳ではないようだな……」

「……そうだけど、それが?」

「俺は自ら戦いに身を置いた。つまり、これは心構えの違いともいえるかもしれん」


 ガルスは、顎に手を置きながら、考えるような素振りを見せた。

 その言葉だけでは、ガルスの態度が理解できなかったため、アンナはさらに問い掛ける。


「それは、どういうこと?」

「敵にも色々いる。色々な事情がある。気に入った敵もいれば、気に食わない敵もいる」

「それは……そうかもしれないけど」

「俺は、気に入った者と戦う時、楽しくて仕方ないのだ。これは戦う者のさがなのだろうな」

さが……」


 ガルスの考え方は、アンナにはあまり理解できなかった。

 敵の中でも線引きするというのはわかるが、気に入っても戦いの中で笑い合うなどできるはずがない。

 必死の命のやり取りの中で楽しむことなど、アンナにはできそうにない。


「戦いを楽しむなど、できるはずがない……」

「そうだな。これは、不謹慎だろう。すまなかった、謝罪しよう」

「……えっ?」


 ガルスの口から謝罪の言葉が出てきて、アンナはさらに困惑した。


「お姉ちゃん、気にしたらダメ! どの道、今戦いは避けられないんだから」

「……うん、そうだった」


 カルーナの言葉で、正気に戻り、アンナは構えるのだった。

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