第25話 波乱の予感
「んっ……!」
窓から光が差し、朝が来たことをアンナは理解した。
隣では、カルーナが寝息を立てている。
カルモの村に着くまで、右手の使えないアンナを色々とサポートしていたので、かなり疲れが溜まっていたのだろう。
そして、昨日、やっとアンナの手が治って、安心した結果、疲れが一気に襲ってきたといった感じだろう。
そう思ったアンナは、カルーナを起こさないように、ベットから抜け出すことにした。
「あれ?」
しかし、その目論見は失敗した。
服の一部をカルーナが掴んでいたからだ。
「しょうがないか……」
離してくれなさそうだったので、アンナはもうひと眠りすることにする。
◇
アンナとカルーナは、すぐに村を出発しなかった。
アンナの右手の最終確認を行うためである。
人のいない場所で、聖剣を振るい、戦いの勘を取り戻しておきたかった。
この村から出ると、次はエスラティオ王国に入ることになるだろう。
その前に感覚を確かめておきたかった。
「あれ、お姉ちゃん、あれって……」
「ああ、本当だ……」
そう思いながら、二人が村を歩いていると、道端でティリアと少年がいるのを見つけた。
「うえーん」
「泣かないでください。今、治してあげますからね」
どうやら、道で転んだ少年をティリアが治療しているようだ。
ティリアは、少年に回復魔法をかけて治療していた。
「わあ、ありがとう。聖女様」
「……いえいえ、気を付けくださいね」
治療が終わると、少年は元気に駆けて行った。
佇むティリアの視線が、アンナとカルーナに向いた。
「あ、こんにちは……アンナさん、カルーナさん」
「こ、こんにちは。ティリアさん」
「こんにちは、ティリアさん」
三人で駆けて行く男の子を見つめながら、話を続ける。
アンナは、ティリアに疑問を投げかけた。
「ティリアさん、いつもこうやって町の人を助けてるんですか?」
「ええ、怪我している人がいたら、なるべく助けるようにはしています」
「なるほど、それは、立派なんですね」
「いえ、そんな……」
アンナが褒めると、ティリアは顔を赤くしながら照れた。
しかし、すぐに顔を真剣に戻し、アンナの言葉に返した。
「それに、アンナさんの方がすごいです」
「えっ……」
「私に助けを求めて、この村に来るのは、魔王軍に傷つけられた人々ばかりなんです」
「そうだったんですか……」
「私には、傷つけられた人を治すだけしかできません。ですが、アンナさん達は、その原因を止めることができます。それは、私にはできないことです」
「ティリアさん……」
ティリアの表情は、悲しいような悔しいような表情でそう言い放っていた。
アンナは、なんと声をかけていいのかがわからなかった。
「あ、すみません。なんだか、変なことを言ってしまいました」
「あ、いえ……」
「それでは、私は失礼しますね……えっ!」
「これは!?」
「お姉ちゃん! 何か聞こえる!」
ティリアが、それだけ言ってその場を去ろうとしてたが、何かが聞こえた。
そして、三人はそれが悲鳴であることに、すぐに気づいた。
「お姉ちゃん、行こう!」
「うん!」
「私も行きます!」
三人は、すぐに駆けだした。
◇
三人が、悲鳴が聞こえた方に行くと、そこにはある光景が広がっていった。
「魔族!」
アンナは、思わず叫んだ。そこには、魔族がいたのだ。
「なんだあ? あいつは……」
「おい、あれって、もしかして……」
「まさか! 勇者なのか!?」
そこには、二体のオーガと一体の悪魔がいた。
体は所々傷ついており、さらには汚れている。その風貌から、恐らくは、逃げた剛魔団の残党であろう。
悪魔とは、薄い紫色の肌に、白い髪、頭には角、背中には漆黒の翼、細長い尻尾も生えている。
悪魔は、魔力の高い種族であり、魔法攻撃を得意としている。
「お姉ちゃん、あれって!」
「あっ……」
「誰か、助け……」
「黙りやがれ、このガキが……」
アンナとカルーナは、悪魔がその手で子供を押さえつけているのに気がついた。
その子は、先程ティリアに治療を受けていた子らしかった。
魔族達は、人質を取っていることからか、アンナを勇者と認識しても口の端を歪めていた。
「勇者なら、好都合だ。どうせ、手出しはできやしないぜ」
「ううっ……」
悪魔が得意気にそう言うと、オーガ達もそれに続くように、言葉を発した。
「そうだなあ、その前にあそこを見ろよ……」
「ああ、この村の噂は、本当だったんだなあ……」
オーガ達の目線の先には、ティリアがいた。
どうやら、この魔族達は、どこかから聖女の噂を聞きつけ、ここに来たらしい。
その傷だらけの体を、治療しようとしているのだろう。
オーガ達は、さらに言葉を続けた。
「おい、聖女様よお! こいつの命が惜しければ、俺達を治療してもらおうかあ!」
「ついでに、勇者も来い! お前の首をとったら、俺達は大出世だぜ!」
「くっ……!」
「お姉ちゃん……」
アンナとカルーナに、一瞬の迷いが生じる。
あんな屑どもにいいようにされるのは、とても腹立たしかった。
しかし、現状は、この要求に従うしかないのだった。
「お待ちください!」
そこで、ティリアの声が響いた。
「なんだあ、聖女様」
「まずは、あなた達の傷を治療します。話は、それからでいいでしょう」
「あん、俺達に従わないのかあ!?」
「その体の傷では、満足に動けなかったでしょう? まず、皆さまの傷を治しましょう」
「なんだと……」
「へ! まあ、いいじゃないか。どの道、俺等の現状は変わらないんだからよお」
オーガの一人がそう言ったことで、魔族達はティリアが近づくことを許したようだった。
そのため、ティリアがゆっくりと近づいていく。
「ティリアさん……」
すれ違い様に、アンナはティリアに声をかけた。
すると、ティリアは小さな声で呟いた。
「任せてください……」
「えっ……」
ティリアの目には、何か決意のようなものが宿っていた。
「お姉ちゃん……構えておこう」
「……うん」
その様子に何かを感じたアンナとカルーナは、構えながら現状を見守ることにした。
ティリアにはきっと、何か作戦があるのだろう。
ティリアは、オーガの一人に近づくと手を構えた。
「
「おお、傷が治っていくぜ」
オーガの一人は、体を動かしながそれを喜んでいた。
ティリアは、さらにもう一人のオーガに回復魔法をかける。
「
「へへへ、ありがとよ……聖女様」
続いてティリアは、子供を押さえている悪魔に近づいた。
「さあ、あなたも……」
「聖女様……助け……」
「は! さっさとしな……」
「はい……」
ティリアは、悪魔に向かって掌を向けた。
そして、魔法を口にした。
「
「なっ……」
その瞬間、ティリアの手から電撃が放たれた。
電撃は、悪魔の顔面に当たり、その体を痺れさせた。
悪魔は、その痺れによって、子供から手を離していた。子供の体をティリアは優しく受け止めた。
「てめえ、何してる!」
「ふざけやがって!」
オーガ二体が、ティリアの行動に怒ったようで声を荒げた。
このままでは、ティリアが襲われてしまうかもしれないが、ここでアンナ達の出番だ。
「はああああ!」
「ぐあああああああ!」
アンナは大きく剣を振るい、オーガ一体を貫いた。
さらに、そこから剣を抜き、もう一体も切り裂いた。
突然のことに驚いたオーガ達は、対処もできず、無残にもその体から血が噴き出した。
「はあああああ!」
「ぬわああああ!」
カルーナは、悪魔を相手取るために、オーガはアンナに任せて前に出ていた。
しかし、悪魔は、カルーナの方に目を向けて、にやりと笑っていた。
「
「はっ……!」
その瞬間、カルーナの目に入ったのは、ティリアと子供に向かって、悪魔が攻撃魔法を使っている光景だった。
自分への攻撃への対処ばかり考えていたカルーナにとって、その攻撃は予想外のものだった。
「くっ……」
一瞬の判断で、カルーナはティリア達を庇うように前に出た。
それは悪魔の狙い通りであり、カルーナの体に氷の球体が直撃する。
カルーナの体はバランスを崩し、その場に倒れ込んだ。
「カルーナさん!」
「よくも逆らってくれたなあ!」
「聖女様! あっ!」」
カルーナを心配するティリアに、悪魔の手がかかる。
悪魔は、ティリアを突き飛ばすと、子供を掴み、その首に腕を回しその動きを封じた。
ティリアは、その際に弾き飛ばされて、地面に倒れた。
「へへへ、これでまた人質だなあ……」
「うぐっ……」
悪魔は、アンナの方に目を向けた。
「勇者……動くなよ!」
「……そっちこそ、その手を離せ」
「な、何!? ガキが見えねえのか……うん?」
アンナは、それでも剣を構えていた。
悪魔は少々それに怯んでいたが、あることに気がついた。
「なんだ……?」
それには、アンナも気がついていた。自分の後ろから、誰かが歩いてくることを。
アンナがゆっくりと後ろの様子を見ると、そこにはある人物がいた。
「誰だ!」
「あ、あなたは……」
アンナと悪魔は、同時に声をあげた。
それは、アンナにとっては知らない者で、悪魔にとってはよく知る人物だった。
「誰か……普段なら傭兵とでも答えるが、今はこう答えるのが正解か」
その男は魔族であり、リザードマン。
「我が名は、竜魔将ガルス」
魔王軍幹部が、そこに立っていた。
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