第24話 聖女の力

「それで、聖女……いや、ティリアさん、話を本題に戻してもいいでしょうか?」

「あ、はい。すみません、話を遮ってしまって……」


 アンナがそう言うと、ティリアは了承してくれた。

 アンナは、自分の右手が、魔術師による魔法によって、右手が痺れて動かしにくくなったことを話した。

 すると、ティリアの表情がどんどんと変わっていった。


「その魔法……恐らくは封印魔法だと思います」

「ええ、確かに死の封印デス・シールと言っていたと思います」

「なるほど……死の間際に放った魔法ですか……」

「な、何か特別なことなんでしょうか?」

「死の間際に放った魔法は、時に強き力を持つといわれています。呪い……とでもいうのでしょうか」

「呪い……」


 ボゼーズが怨念から、あの魔法を放ったのかはわからないが、とにかく厄介な魔法ということらしい。

 問題は、ティリアにそれを治療できるかどうかだ。


「それで、ティリアさん。これを治療できるんでしょうか?」

「……やってみます。そちらに座ってもらえますか?」

「あ、はい……」


 促されたアンナは、ティリアの目の前の椅子に座った。


「では、机に手を置いてもらえますか?」

「はい」


 アンナが机の上に手を置くと、ティリアはそこに掌を向けた。

 そして、アンナに向けて言葉を放った。


「では、いきますよ」

「あ、お願いします」

回復呪文ヒール……浄化プリフィケーション

「あ……温かい」


 ティリアの魔法を、アンナは温かく感じた。

 その温もりが心地よく、アンナは思わず声をあげていた。

 体から力が抜けて、リラックスすることができた。

 ティリアは、黙々と魔法をかけ続け、真剣な顔をしていた。


「あ、あれ?」


 アンナは、だんだんと手の痺れが抜けていくことを感じた。

 右手にはっきりとした感覚が戻ってくる。


「右手の感覚が……」

「はい、もう少しお待ちください……」


 アンナが動きそうになったところを、ティリアが引き留めた。

 その後もしばらく、魔法がかけられ、時間が経つごとにアンナの痺れが取れていった。

 そして、ティリアの魔法がだんだんと弱まっていき、アンナの手の治療が完了したようだった。


「これで、どうでしょうか……?」

「す、すごい……王城の魔術師でも治らなかったのに……」


 アンナの右手は、自由に動かせるようになっていた。

 手を握りしめたり、開いたりして感覚を確かめる。

 久し振りの感覚に、アンナは思わず笑っていた。


「ありがとうございます」

「いえ、勇者様のお役に立てたなら、光栄です」


 アンナがお礼を言うと、ティリアが逆に頭を下げてきた。

 あまりにも、下手な態度にアンナは困惑してしまう。


「頭を上げてください。治してもらったのに、そんなことされたら、申し訳ないですよ」

「あ、そうですね……」


 二人がそんな会話をしていると、横からカルーナが口を開いた。


「あの、ティリアさん。横からで申し訳ないんですけど、お代の話を……」


 この空気の中で、カルーナは申し訳なかったが、この話は済ませておきたかった。

 こちらとしては、王国が持ってくれるので問題ないのだが、それでも少し気まずかった。


「あ、お代は頂いていないので、大丈夫ですよ」

「え? そうなんですか? それは、なんていうか……すみません」


 しかし、ティリアの言葉で、お代がいらないことがわかった。

 そうすると、カルーナとしては、とても申し訳ない気持ちになってしまった。

 そんなカルーナの心情も知らず、アンナはティリアに話しかけた。


「それにしても、すごい回復魔法ですね」

「あ、はい。私、昔から魔力が高くて、回復魔法が得意だったんです」

「そうなんですか」

「それで、村の人達を治療している内に、周りの村に伝わって、それで聖女なんて言われるようになったんです」

「聖女……そういえば、この近くの国境を越えた所にあるエスラティオ王国は、聖なる国って呼ばれてますね。それと何か関係あるんですか?」

「ああ、それも少しありますね。私は、そもそもエスラティオ王国方面から来たそうなんです」

「え?」


 ティリアの言葉に、アンナは少し違和感を覚えた。

 なんだか、他人事のように話しているように感じたからだ。

 その答えは、すぐにティリアの口から発せられた。


「私、この村のある人に預けられたらしいんです。私の母が、何かの事情で私を育てられなくなったみたいで……」

「あ……すみません」

「いえ、大丈夫です。その辺りの整理は、自分の中でついているので」


 空気が少し重くなったことで、その話はここで途切れることになった。


「あ、お姉ちゃん。そろそろ……」

「あ、そうだね」

「ティリアさん、色々ありがとうございました」

「本当に、ありがとうございました。これで右手も万全です」

「はい、お大事にしてください」


 そして、このままここにいるのも悪いので、アンナとカルーナは宿に戻ることにした。





 アンナとカルーナは、入浴を終えて宿のベットに入っていた。

 今日も同じベットに入ったが、カルーナはアンナの様子がいつもと違うことに気づいた。

 何かよくわからないが、カルーナの頭を右手で撫でてくるのだった。

 無言で撫でるアンナは、笑顔であった。


「お姉ちゃん……どうしたの?」


 このまま撫でられてもよいかと思ったカルーナだったが、気になったので聞くことにした。

 カルーナの言葉に、アンナは少し申し訳なさそうにしながら、言葉を発した。


「あ、ごめん。嫌だった?」

「あ、嫌ではないけど……」


 カルーナは、このやり取りに覚えがあった。ただし、立場は逆であったが。


「単純に疑問だったから、聞いただけなんだけど……」

「あ、えっと、その……右手が動かせるのが嬉しくて」


 カルーナも、それは理解することができた。

 今まで動かなかった右手を、動かしたくなるのは当然のことだろう。


「それは、わかるけど……どうして頭を撫でてるの?」

「なんか心地いいから……かな。ふわふわだし、リハビリにはちょうどいいんじゃないかなって」

「そうなのかな? よくわからないけど……」

「とにかく、こうさせてくれない?」

「……いいよ。好きなだけ撫でて」


 そう言われると、カルーナとしても止めずらくなる。

 いや、そもそも嫌な訳ではないので、止める理由などありはしなかった。


「いいけど、そんなに私の髪って、触り心地がいいの?」

「もちろん」


 あまりにもはっきりした解答に、カルーナは照れてしまった。


「それは……ありがとう?」

「なんで疑問形?」

「お礼でいいのかな?」

「いいんじゃない?」

「なんだかおもしろいね」

「ふふ、そうだね」


 二人でそんな他愛のない話をして、笑い合っている内に、だんだんと眠たくなっていた。

 という訳で、二人はそろそろ眠ることにした。


「お休み、お姉ちゃん」

「お休み、カルーナ」


 そして、二人は眠りについた。





「この辺りか……」


 遠くの方に、一つの村が確認できた。

 その村に、例の勇者がいることを、この男は察知していた。

 それは感覚的なものであるが、この男は自分の感覚に自信を持っていた。


「さて、どうしたものか」


 ゆっくりと、確かめるように手首を回す。

 体調は万全だった。いつでも仕掛けることができるだろう。

 空は黒く、闇討ちには最適な時間帯であるといえる。


「いや、答えは最初から決まっているか……」


 しかし、それは彼の流儀に反することだった。

 彼の体は鱗に覆われている。顔はトカゲのようであり、太い尻尾が生えていた。

 それは、魔族であるリザードマンそのものである。


「赤髪の女勇者か……どんなものだろうか」


 彼の名は、竜魔将ガルス。魔王軍幹部にして、勇者討伐の命令を受けし者であった。

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