第ニ章 国境際の聖女

第22話 ある魔将の策略

 狼魔将ウォーレンスは、剛魔将デルゴラドの敗北を聞き、すぐに魔王の元を訪れていた。

 ウォーレンスは、ワーウルフと呼ばれる種族である。狼のような顔や牙や爪などを備えており、体は毛で覆われている。

 彼が魔王の元を訪れたのには、訳があった。それは、自らの手で勇者を倒したかったからだ。

 勇者を倒せば、それは大きな手柄になる。自らの地位向上のために、最も必要なことであると、ウォーレンスは感じていた。

 ウォーレンスは、魔王の元へ通されていた。

 目の前には、三人の魔族がいた。


「ウォーレンスよ。それで、私になんの用だ?」


 黒いベールに包まれた男が、ウォーレンスに話しかけてきた。

 姿は見えないが、この男こそが魔王であるというのは、魔王軍共通の認識であった。


「魔王様に直々に申し立てるとは、余程の用なのだろうな」


 魔王の右手側にいる男は、影魔将シャドーである。

 シャドーは、白いローブを纏っており、その顔全体は黒く、目だけが光るように認識できた。

 この男が何者なのか、他の魔将すら知らないが、魔王が傍に置いていることから、かなりの実力者であるらしい。


「シャドーよ。そう言うな。ウォーレンスにも考えがあるのだろう」


 魔王の左手側にいる男は、操魔将オーデットである。

 この二人が、魔王軍最高幹部であり、魔王の側近でもある。


「魔王様、この私に、勇者の討伐をさせて欲しいのです」

「勇者? ウォーレンス、貴様がか?」

「はい、この狼魔将。必ずや、勇者を討ち取ってみせましょう」

「ほう……」


 魔王が考えるような声をあげたが、そこで、シャドーが口を挟んだ。


「ウォーレンスよ。お前には、アストリアン王国の侵攻を命じていたはずだな。それは、今どうなっている?」

「うっ……それは」


 ウォーレンスは現在、アストリアン王国に侵攻していた。

 しかし、その状況は良いとはいえなかった。長い間、侵攻しているのだが、戦況でいえば、不利とさえ言えた。

 そのため、王国攻略よりも簡単そうだと思った、勇者討伐を申し出たのである。

 勇者さえ討伐すれば、自身の地位は高まり、進軍の不手際も許されると思ったのだ。


「芳しくないようだな。勇者討伐などと言うくらいなら、アストリアン王国を落として見せるのだな」

「くっ……」


 シャドーの指摘に、ウォーレンスは怯んだ。

 シャドーは、それだけ言うと、魔王の方へ話しかけた。


「魔王様、勇者討伐というなら、竜魔将ガルスは如何でしょうか?」

「竜魔将か……悪くない選択だな」


 シャドーの言葉に、魔王は同意した。

 その時、ウォーレンスは動揺していた。


「ま、待ってください! 竜魔将などという団も持たない流れ者に、勇者討伐という大きな任務を与えるなど――」

「黙れ、ウォーレンス。竜魔将は、お前より遥かに強い。勇者討伐なら、これほど適切な男はおらんだろう」

「うっ、そ、それは!」


 ウォーレンスは、尚も吠えたが、その言葉の途中で、魔王が声を発した。


「もうよい。ウォーレンス、貴様は、自分の役割を果たせ。それだけだ」

「……はっ!」


 魔王の言葉に、逆らうことなどできず、ウォーレンスは引き下がらざる終えなかった。





「くそがっ!」


 魔王の元から去った、ウォーレンスは壁を殴っていた。

 自分が、勇者討伐を許されず、竜魔将ガルスが向かうということに腹が立っていた。

 竜魔将ガルスは、ウォーレンスにとって気に食わない存在だった。

 ガルスは、魔将に与えられるはずの団を持っていなかった。

 元々、ガルスは傭兵として魔王軍に協力している者であったが、その功績を認められて魔将の称号を与えられた異例の者であった。

 そのことが、ウォーレンスにとって気に入らないことだったのだ。


「あんな奴が……」

「ウォーレンスよ」

「あん? あ、いや、あんたは……」


 そんなウォーレンスに、後ろから話しかけてくる者がいた。


「操魔将オーデット……なんの用だ?」


 それは、魔王の側近である操魔将オーデットであった。

 彼が現れたことに、ウォーレンスは驚いた。

 オーデットが、他の魔将と関わってくるのは珍しいことだった。


「ああ、少しお前に言いたいことがあってな……」

「言いたいこと?」

「そうだ。お主に手を貸してやってもいいぞ」

「な、何? そ、それは本当か!」


 オーデットの言葉に、ウォーレンスはさらに驚いた。


「な、なんのつもりだ……?」

「何、気まぐれさ。あえて、言うなら、シャドーが気に食わないといってもいいかもしれん」

「何? 確かに気に食わない奴ではあるが……」

「魔王様が、奴の言葉通りに動かされているように思えてな。一魔将としては、少々出すぎだろう」

「確かにそうだな」


 影魔将シャドーは、魔王に最も信頼されている幹部らしく、彼の言うことは魔王もよく聞いていた。

 そのことは、ウォーレンスもオーデットと同じく、気に食わないと思える部分だった。


「しかし、協力するとは、どういうことだ?」

「何、ここにある魔法を秘めた筒、魔法の筒マジック・ポットがある。これを使えば、協力な魔法を使えるのだ」

「強力な魔法?」

「ああ、我が力を使い、何重にも働く罠を作ったのだ。強力な物で、威力も範囲もものすごいぞ」

「それは、すごいが、それを使ってどうするんだ?」


 そこで、仮面を被っているはずのオーデットが、邪悪に笑っているように、ウォーレンスは感じた。


「竜魔将が、勇者と戦っている時に、これを使って勇者を陥れるのだ」

「なっ! いや、待て。それは……」

「何か問題があるのか?」


 流石のウォーレンスでも、一応は仲間である竜魔将を巻き込むのは、気が引けた。

 気に食わないといっても、そこまで恨んでいる訳ではないのだ。

 それを指摘するため、ウォーレンスは言葉を発した。


「竜魔将をも、巻き込んでしまうのではないのか?」

「……それがどうした?」


 ウォーレンスが困惑しながら聞いても、オーデットは変わらぬ口調でそう言い放った。

 淡々とした口調で語られたため、ウォーレンスは恐怖すら感じたのだった。

 だが、オーデットの言葉は続き、ウォーレンスの認識は、どんどんとゆがめられていった。


「気に食わないんだろう? 良いではないか」

「だが、いくらなんでも――」

「それに、ここは、魔王軍だぞ、弱い者は淘汰される。もし、巻き込んでも、巻き込まれた者が悪いのだ」

「そ、そうなのか……」


 オーデットは、ウォーレンスの肩に手を置き、鼓舞するように言葉を放つ。


「成り上りたいんだろう? やろうじゃないか、ウォーレンス。お前はできる奴なんだ」

「お、俺はできる奴……」

「そうだ。勇者を倒せば、英雄だ。欲しいだろう? 手柄が」

「ああ、そうだ。俺は、手柄が欲しい……」


 オーデットの言葉に流され、ウォーレンスは、筒を受け取ってしまった。


「ふふふ、それでいいのだ。ウォーレンスよ。もう行くんだ……いいか、言った通りにするのだぞ」

「ああ、恩に着るぜ……」


 そう言って、ウォーレンスはその場から去っていった。

 完全に姿が見えなくなってから、オーデットは笑い始めた。


「ふはははは! やはり、馬鹿は使いやすい……精々、我のために役に立ってみせろ」


 彼の異名は操魔将、自分では動かず、人を操る男なのだった。

 狼魔将ウォーレンス、彼はオーデットの掌の上で転がされているだけに過ぎなかったのだ。

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