第20話 休息する二人

 剛魔将デルゴラドとの戦いから、一日が経った。

 アンナとカルーナは、王城の客室に留まっていた。

 戦いが終わった後、二人はすぐに回復魔法を受けたのだが、アンナの右手だけは回復しなかった。

 そもそも傷は治っても、疲労感はとれていなかったこともあり、未だ王城内で療養中だった。


「お姉ちゃん、右手はどう?」

「うん、やっぱり動かしにくいなあ。痺れてる感じというか」

「うーん、不便だね。大丈夫?」

「まあ、動かせない訳じゃないから、いいんだけど。でも、剣を使えないのはまずいよね」

「うん、戦えないってことになるんだもんね」


 アンナとカルーナの当面の課題は、アンナの右手を治療することになっていた。

 現在、ウィンダルス王に頼み、情報を集めてもらっているので、それを待っている状況なのだった。

 二人がそんな話をしていると、部屋のドアがノックされた。


「はーい」


 カルーナが、ドアを開けると、使用人が食事を運んで来ていた。


「あ、ありがとうございます」


 二人は王城の客室に籠っており、食事も部屋に運んでもらっていた。

 アンナの手が不自由なため、そのような生活を行っているのだ。


「じゃあ、今日も食べさせてあげるね」

「いや、カルーナ。左手は、自由なんだから、自分で食べれられるよ」

「それじゃあ、危ないもん」

「カルーナの方の料理が冷めちゃうよ?」

「そんなのいいの!」

「はあー」


 カルーナは、アンナの右手が痺れてから、食事を手伝うと言って聞かなかくなっていた。

 アンナとしては、カルーナにもちゃんとした食事を食べて欲しいし、少し恥ずかしかった。


「このスープからでいい?」

「うん、いいよ」

「熱いから、冷ましてあげるね。ふー、ふー、はい、あーん」

「……あーん」

「おいしい?」

「まあ、おいしいけど……」


 二人は、そんな風に、一日を過ごしていた。





 王城に留まって、三日目になった。

 二人とも体力が戻り、体を動かす元気が出てきていた。


「ねえ、お姉ちゃん。せっかくだから、町を見てみない?」

「え? 町を?」


 アンナは、カルーナの言葉に目を丸くした。


「町に来た時、正体がわかると、そんなにいいことにはならないって、言ってたじゃん。町を歩くのは、危ないんじゃない?」

「それは、大丈夫だよ。今は、町を兵士さん達が、巡回してるからね」

「巡回? それは、また、どうして?」

「ほら、逃げた剛魔軍がいるでしょ。そいつらが何するかわからないから、町の中は警戒してるんだって」

「ふーん」


 話を聞いて、町は安全そうだと思ったが、そもそも町に出るのが面倒臭くさく感じていた。


「うん、今日はやめとかない?」

「お姉ちゃん?」

「いや、まだ疲れてるしさ……」

「うん?」


 カルーナが、怪訝そうな顔で、アンナを見つめた。

 カルーナは、長年の勘からアンナが面倒くさがっていることを理解した。


「はあー、お姉ちゃん。面倒くさいって、思ってるでしょ?」

「あ、いや、その……」


 その一言で、アンナは心中を、カルーナに見抜かれていることを理解した。


「前は、あんなに町とかに行きたがってたのに……どうしたの?」

「いやあ、なんというか、一度行けたら、満足できたっていうか。そもそも、私って、町に出てもやることないんだよね」

「そんなの、服とか食べ物とか、色々あるでしょ」

「うーん、服は興味ないし、食べ物は、王城のもので充分だし……」

「もう。じゃあ、いいよ。一人で行くもん」


 カルーナが拗ねたように、そっぽを向いてしまった。

 怒っているというよりは、悲しんでいるようにアンナには見えた。

 そうすると、何故だか罪悪感が心の底から、湧いてきた。


「わかったよ。やっぱり、行くよ。行こう」


 アンナは、カルーナにそう言った。

 すると、カルーナは、笑顔を見せてくれた。

 アンナは、カルーナには敵わないのだろうなと、心の中で思っていた。





 そんなこともあり、アンナとカルーナは町に出ていた。


「それで、どこに行くの?」

「私は、服屋に行きたいな。王都には、流行の服とかいっぱいあるんだよ」

「え? 服……? これからも旅は続くと思うし、そんな買っても……」

「……いいの! 見るだけで楽しいんだもん! それに……」

「それに?」

「……お姉ちゃんと、服見たいんだもん」

「あっ……」


 アンナは、そこで理解することができた。

 カルーナは、ずっと自分とそういうことがしたかったのだ。

 関係が拗れていた時に、一度出かけたが、あれは気まずさがあった。

 今回なら、心から楽しみながら、買い物できるだろう。


「カルーナ、わかったよ。それでいいよ」

「うん、ありがとう。お姉ちゃん」


 という訳で、服屋に向かうことになった。





 服屋に着くと、カルーナはすぐに服を見ていた。

 アンナは、服のことなどまったくわからないため、カルーナの横になんとなくいた。


「お姉ちゃん、これどうかな?」

「うん?」


 カルーナがアンナに話しかけてきた。

 手には、白いワンピースのような服を持っていた。

 どうやら、似合うかどうかを聞いているようだ。


「あーあ、いいと思うよ……似合うと思う」

「そう? えへへ、じゃあ、これは?」

「……いいと思う。似合うよ、きっと」

「じゃあ、これは?」

「……うん、似合うね。間違いないよ」

「……お姉ちゃん、適当に言ってない?」


 カルーナが、次々と聞いてきて、アンナが端的に答えると、何故か疑いの目をかけてきた。

 アンナとしては、素直に感想を言っただけである。


「それは違うよ。カルーナは、何を着ていてもかわいいと思うから、そう言っているだけだよ」

「……うう、本当? それは……ありがとう」


 カルーナは顔を赤くして、照れていた。

 そんな話をしながら、服を見ていると、周囲から話し声が聞こえてきた。


「あれって、勇者様じゃない?」

「うわあ、かっこいいね、やっぱり」

「声をかけても、いいのかな?」


 若い女性達が、アンナを見ながら、そんな話をしているようだ。

 赤髪の女勇者アンナのことは、国中で噂になっていた。

 どこから、漏れたのかはわからないが、国を救った英雄は皆に受け入れられていたのだった。

 アンナとしては、嬉しいような恥ずかしいような感情だったのだが、隣のカルーナを見て、目を丸くした。


「……」

「カルーナ……?」


 何故かわからないが、カルーナの機嫌がとても悪かった。

 アンナは、何故かわからないがとても恐怖を感じた。


「お姉ちゃん……帰ろう」

「ええ? カルーナ、どうしたの?」


 カルーナは、アンナの手を掴むと、引っ張っていき、店の外に出っていた。

 さらに、そのまま王城に帰ろうとしているようだった。

 カルーナの急な行動に、アンナは驚き、疑問を口にした。


「カルーナ、急にどうしたのさ? 何か嫌だったの?」

「……」

「言ってくれなきゃ、わからないよ?」

「……私にもわからないの。けど、お姉ちゃんが褒められているのが、なんか嫌で……」

「嫌?」

「うん、ごめん」


 カルーナは、落ち込んでいるように見えた。

 アンナは、カルーナが、アンナを取られるのが、嫌だと感じているのではないかと推測した。

 そして、それを自分でもわかっていないように思えた。


「大丈夫だよ、カルーナ。今日は、帰ろう?」

「……ありがとう、お姉ちゃん」


 そう言っている内に、いつの間にか王城の前まで来ていた。

 すると、門番の兵士達が、アンナとカルーナに向かって、口を開いた。


「勇者様、お戻りですか。それなら、一つ、お伝えしたいことがあります」

「ええっと、なんでしょうか?」

「どうやら、王様から話があるようなのです」

「……お姉ちゃん、それって!」

「うん、急ごう」


 その言葉を聞いて、二人はウィンダルス王の元へ向かうのだった。

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