第19話 剛魔将デルゴラド④

 アンナの目の前に、剛魔将デルゴラドが迫って来ていた。

 一か八か、次の一撃に賭けるしかない。

 デルゴラドが攻撃する前に、必殺の闘気で倒すのだ。


「おおおお!」

「向かって来るか! その心意気だけは、褒めてやる!」


 デルゴラドは、大きく棍棒を振り上げながら、そう言い放った。

 アンナも、剣を構えながら、攻撃の態勢に入る。

 この一瞬が、最後の勝負。最強の技、十字斬りクロス・スラッシュでデルゴラドを切り裂くのだ。

 二人の距離が近づき、お互いに必殺技を放つ。


 

 その時――




小さなリトル紅蓮の火球ファイアー・ボール!」




 ――声が、響いた。



「ぬうっ!?」


 自分の頭に、小さな火球が当たったことで、デルゴラドの意識は一瞬だけ自らの後方に向いた。

 そこには、憎き魔法使いの少女が、右手を構えて立っていた。


「……はっ!」


 しかし、すぐに意識を戻す。

 今は、目の前の敵を叩き潰さなければならない。

 だが、そう思った時には、遅かった。



十字クロス・――」



「ぬううっ!」



「――斬りスラッシュ!」



「ぐあああああ!」



 鮮血が、ほとばしった。





「カルーナ!」

「お姉ちゃん!」


 お互いの姿を認識し、二人は駆け寄った。

 デルゴラドは、崖の先で、膝をついて座っていた。

 デルゴラドは、カルーナを見つめると、口を開いた。


「馬鹿な……魔法は、使えなかったはずだ」

「……私は、魔法を使えないなんて、言った覚えはないよ」

「使えたなら、俺がお前を痛ぶる時に抵抗できたはずだ」


 その言葉に、カルーナは首を横に振った。


「私の魔力は、もうほとんど残ってなかった。だから、残してある一発は、お姉ちゃんのサポートに使うと決めていた」

「な、に……?」

「私が抵抗しなければ、あなたは魔法が使えないって、思ってくれるから」


 カルーナの狙いは、これだった。

 魔法の使えないと思われている自分が、魔法を放てば、デルゴラドの隙を作ることができる。


「勇者、まさか、お前も……?」

「……確信はなかったけど、そうだと思ったさ。だから、その演技をしたんだ」


 アンナは、カルーナの意図をなんとなく察していた。

 だから、印象付けるために、大きな声で、「カルーナは魔法を使えない」と言ったのだ。

 それを頼りにしている訳ではなかったが、今の攻防は、カルーナの援護がなければ、アンナが負けていただろう。

 技に集中する隙を作ってくれたカルーナには、感謝の気持ちしかなかった。


「ぶ……」

「デルゴラド?」

「ぶははははは」


 二人の言葉を受けて、デルゴラドは突如、大きく笑い始めた。

 そして、一しきり笑うと、アンナとカルーナを見つめて、口を開いた。


「完敗だな……お前達、姉妹の絆の勝利といったところか……」

「デルゴラド……!」

「面白かったぞ……久し振りに、満足のいく戦いができた」


 デルゴラドは、ゆっくりと立ち上がりながら、呟き始めた。


「だが、いい気になるなよ。俺が負けても、魔王軍は負けん。なぜなら、残りの魔将は、俺より強いからだ……」

「残りの魔将……」

「あの世で、お前達が来るのを、楽しみにしておいてやる……」

「デルゴラド!」


 それだけ言って、デルゴラドの体は動かなくなった。

 デルゴラドは、両の足でしっかりと立っていたが、その目からは光が消えていた。


「お姉ちゃん、これで勝ったの……?」

「うん、多分……カルーナ、下がって!」

「きゃ!」


 アンナは、カルーナの体を引き、その場から離れた。

 何かが、森の中から這い出てくるのが、見えたからだ。

 カルーナもそれを認識し、二人は目を見開いた。


「あなたは、ボゼーズ!?」

「久し振りですねえ、お嬢さん」


 そこには、剛魔団魔術師ボゼーズが、上半身だけになって、デルゴラドの前に出て来ていた。


「生きていたの……?」

「ぎりぎりでしたが、なんとかなりましたよ……まあ、いずれ死ぬでしょうがね……」


 ボゼーズは、苦しそうな表情を浮かべながら、二人を見つめていた。


「デルゴラド様を、これ以上傷つけさせませんよ」

「ボゼーズ、何をするつもりなの?」

「カルーナ、下がって!」


 ボゼーズの右手が、光始めたため、二人は警戒した。

 最早、二人に戦える力は残っていない。

 何かされたら、抵抗することができないのだ。


「さて、このまま散ってもいいのですが……最後に、一つだけ残しておきましょうか?」

「うっ……!」

「お姉ちゃん!?」


 アンナの右手が、痛み始めた。

 見てみると、何か赤黒いものが右手の周りをうごめいていた。

 アンナは、それがデルゴラドを斬った時に、付いた血液であるとわかった。


「流石は、デルゴラド様の血液、行きますよ。死の封印デス・シール!」

「があっ……!」

「お姉ちゃん! 大丈夫!?」


 その瞬間、アンナは、右手に違和感を覚えた。

 少しづつは動くが、手が上手く動かせなかった。


「その右手は、封じさせてもらいましたよ。これで、精々苦しんでください」


 そう言って、ボゼーズは口の端を歪めて笑った。

 そして、地面に手を向けると、轟音とともに崖にひびが入った。



「さらばです。勇者と、その妹よ!」

「ボゼーズ!」

「デルゴラド様……私もあなたのお側に」


 その言葉を最後に、崖が崩れてデルゴラドとボゼーズは、下の川に落ちていった。

 カルーナは、すぐに崖の下を確認たが、すでに流れているようで、二人の魔族はいなかった。


「カルーナ、どうなった?」

「うん、流れていったみたい。それより、お姉ちゃんは大丈夫なの?」

「ああ、うん。右手が上手く動かなくなってるけど、恐らくそれだけだと思う」


 アンナが、辺りを見回すと、デルゴラドが落としてのであろう棍棒を見つけた。

 アンナは、それを左手で拾いながら、カルーナに語りかけた。


「それより、戦場に向かおう。デルゴラドが倒れたことを、両軍に知らせなければならない」

「わかったけど、その棍棒は……?」

「デルゴラドが倒れたことの、証明くらいにはなるだろう?」

「そっか、だったら、それは私が持って行くね」

「うん、ありがとう」


 二人は、剛魔軍とウィンダルス王国軍が戦っている戦場を目指した。





 アンナとカルーナは、無事、戦場に着くことができた。

 そして、アンナは高らかに宣言した。

 アンナは、左手に握った聖剣を掲げ、その隣ではカルーナが棍棒を持っている。


「今、この勇者アンナが、剛魔将デルゴラドを討ち取った。これ以上の戦いは、無意味だ! 投降するがいい!」


 アンナの宣言による反応は様々であった。

 剛魔軍には、投降する者もいれば、逃げる者もいた。

 ウィンダルス王国軍は、投降する者には手をかけなかった。


「これで、やっと終わったんだ……」

「うん、お疲れ様だね。お姉ちゃん」


 今ここに、ウィンダルス王国と剛魔軍との戦いは終結した。





 操魔将オーデット、彼は魔王軍幹部であり、魔王の側近という地位の高い魔族だ。

 その体は、黒いローブに覆われており、顔は仮面で隠されていた。

 オーデットは、魔獣の森付近にある川のほとりを訪れていた。


「ほう、ここにあったか……」


 そこには、剛魔将デルゴラドと、その部下ボゼーズの遺体があった。

 オーデットが手を前に出すと、そこから白い糸のようなものが出てきた。

 白い糸は、デルゴラドの体に絡みついた。

 そこで、オーデットはデルゴラドにしがみついているボゼーズに気がついた。


「これは、いらんな」


 オーデットは、ボゼーズを引きはがすと、その遺体を川に投げ捨てた。

 そのまま、デルゴラドの遺体を引き連れ、オーデットは空に飛び立った。

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