第19話 剛魔将デルゴラド④
アンナの目の前に、剛魔将デルゴラドが迫って来ていた。
一か八か、次の一撃に賭けるしかない。
デルゴラドが攻撃する前に、必殺の闘気で倒すのだ。
「おおおお!」
「向かって来るか! その心意気だけは、褒めてやる!」
デルゴラドは、大きく棍棒を振り上げながら、そう言い放った。
アンナも、剣を構えながら、攻撃の態勢に入る。
この一瞬が、最後の勝負。最強の技、
二人の距離が近づき、お互いに必殺技を放つ。
その時――
「
――声が、響いた。
「ぬうっ!?」
自分の頭に、小さな火球が当たったことで、デルゴラドの意識は一瞬だけ自らの後方に向いた。
そこには、憎き魔法使いの少女が、右手を構えて立っていた。
「……はっ!」
しかし、すぐに意識を戻す。
今は、目の前の敵を叩き潰さなければならない。
だが、そう思った時には、遅かった。
「
「ぬううっ!」
「――
「ぐあああああ!」
鮮血が、ほとばしった。
◇
「カルーナ!」
「お姉ちゃん!」
お互いの姿を認識し、二人は駆け寄った。
デルゴラドは、崖の先で、膝をついて座っていた。
デルゴラドは、カルーナを見つめると、口を開いた。
「馬鹿な……魔法は、使えなかったはずだ」
「……私は、魔法を使えないなんて、言った覚えはないよ」
「使えたなら、俺がお前を痛ぶる時に抵抗できたはずだ」
その言葉に、カルーナは首を横に振った。
「私の魔力は、もうほとんど残ってなかった。だから、残してある一発は、お姉ちゃんのサポートに使うと決めていた」
「な、に……?」
「私が抵抗しなければ、あなたは魔法が使えないって、思ってくれるから」
カルーナの狙いは、これだった。
魔法の使えないと思われている自分が、魔法を放てば、デルゴラドの隙を作ることができる。
「勇者、まさか、お前も……?」
「……確信はなかったけど、そうだと思ったさ。だから、その演技をしたんだ」
アンナは、カルーナの意図をなんとなく察していた。
だから、印象付けるために、大きな声で、「カルーナは魔法を使えない」と言ったのだ。
それを頼りにしている訳ではなかったが、今の攻防は、カルーナの援護がなければ、アンナが負けていただろう。
技に集中する隙を作ってくれたカルーナには、感謝の気持ちしかなかった。
「ぶ……」
「デルゴラド?」
「ぶははははは」
二人の言葉を受けて、デルゴラドは突如、大きく笑い始めた。
そして、一しきり笑うと、アンナとカルーナを見つめて、口を開いた。
「完敗だな……お前達、姉妹の絆の勝利といったところか……」
「デルゴラド……!」
「面白かったぞ……久し振りに、満足のいく戦いができた」
デルゴラドは、ゆっくりと立ち上がりながら、呟き始めた。
「だが、いい気になるなよ。俺が負けても、魔王軍は負けん。なぜなら、残りの魔将は、俺より強いからだ……」
「残りの魔将……」
「あの世で、お前達が来るのを、楽しみにしておいてやる……」
「デルゴラド!」
それだけ言って、デルゴラドの体は動かなくなった。
デルゴラドは、両の足でしっかりと立っていたが、その目からは光が消えていた。
「お姉ちゃん、これで勝ったの……?」
「うん、多分……カルーナ、下がって!」
「きゃ!」
アンナは、カルーナの体を引き、その場から離れた。
何かが、森の中から這い出てくるのが、見えたからだ。
カルーナもそれを認識し、二人は目を見開いた。
「あなたは、ボゼーズ!?」
「久し振りですねえ、お嬢さん」
そこには、剛魔団魔術師ボゼーズが、上半身だけになって、デルゴラドの前に出て来ていた。
「生きていたの……?」
「ぎりぎりでしたが、なんとかなりましたよ……まあ、いずれ死ぬでしょうがね……」
ボゼーズは、苦しそうな表情を浮かべながら、二人を見つめていた。
「デルゴラド様を、これ以上傷つけさせませんよ」
「ボゼーズ、何をするつもりなの?」
「カルーナ、下がって!」
ボゼーズの右手が、光始めたため、二人は警戒した。
最早、二人に戦える力は残っていない。
何かされたら、抵抗することができないのだ。
「さて、このまま散ってもいいのですが……最後に、一つだけ残しておきましょうか?」
「うっ……!」
「お姉ちゃん!?」
アンナの右手が、痛み始めた。
見てみると、何か赤黒いものが右手の周りをうごめいていた。
アンナは、それがデルゴラドを斬った時に、付いた血液であるとわかった。
「流石は、デルゴラド様の血液、行きますよ。
「があっ……!」
「お姉ちゃん! 大丈夫!?」
その瞬間、アンナは、右手に違和感を覚えた。
少しづつは動くが、手が上手く動かせなかった。
「その右手は、封じさせてもらいましたよ。これで、精々苦しんでください」
そう言って、ボゼーズは口の端を歪めて笑った。
そして、地面に手を向けると、轟音とともに崖にひびが入った。
「さらばです。勇者と、その妹よ!」
「ボゼーズ!」
「デルゴラド様……私もあなたのお側に」
その言葉を最後に、崖が崩れてデルゴラドとボゼーズは、下の川に落ちていった。
カルーナは、すぐに崖の下を確認たが、すでに流れているようで、二人の魔族はいなかった。
「カルーナ、どうなった?」
「うん、流れていったみたい。それより、お姉ちゃんは大丈夫なの?」
「ああ、うん。右手が上手く動かなくなってるけど、恐らくそれだけだと思う」
アンナが、辺りを見回すと、デルゴラドが落としてのであろう棍棒を見つけた。
アンナは、それを左手で拾いながら、カルーナに語りかけた。
「それより、戦場に向かおう。デルゴラドが倒れたことを、両軍に知らせなければならない」
「わかったけど、その棍棒は……?」
「デルゴラドが倒れたことの、証明くらいにはなるだろう?」
「そっか、だったら、それは私が持って行くね」
「うん、ありがとう」
二人は、剛魔軍とウィンダルス王国軍が戦っている戦場を目指した。
◇
アンナとカルーナは、無事、戦場に着くことができた。
そして、アンナは高らかに宣言した。
アンナは、左手に握った聖剣を掲げ、その隣ではカルーナが棍棒を持っている。
「今、この勇者アンナが、剛魔将デルゴラドを討ち取った。これ以上の戦いは、無意味だ! 投降するがいい!」
アンナの宣言による反応は様々であった。
剛魔軍には、投降する者もいれば、逃げる者もいた。
ウィンダルス王国軍は、投降する者には手をかけなかった。
「これで、やっと終わったんだ……」
「うん、お疲れ様だね。お姉ちゃん」
今ここに、ウィンダルス王国と剛魔軍との戦いは終結した。
◇
操魔将オーデット、彼は魔王軍幹部であり、魔王の側近という地位の高い魔族だ。
その体は、黒いローブに覆われており、顔は仮面で隠されていた。
オーデットは、魔獣の森付近にある川のほとりを訪れていた。
「ほう、ここにあったか……」
そこには、剛魔将デルゴラドと、その部下ボゼーズの遺体があった。
オーデットが手を前に出すと、そこから白い糸のようなものが出てきた。
白い糸は、デルゴラドの体に絡みついた。
そこで、オーデットはデルゴラドにしがみついているボゼーズに気がついた。
「これは、いらんな」
オーデットは、ボゼーズを引きはがすと、その遺体を川に投げ捨てた。
そのまま、デルゴラドの遺体を引き連れ、オーデットは空に飛び立った。
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