第18話 剛魔将デルゴラド③

 アンナとカルーナは、デルゴラドから離れて身を寄せ合っていた。


「カルーナ、大丈夫だった?」

「うん、ありがとう、お姉ちゃん。信じてたよ、きっと立ち上がって、助けてくれるって」


 アンナは、カルーナが無事だったことに安堵した。

 これで、なんとか、危機を脱することはできた。

 デルゴラドの方を見てみると、背中を押さえながら、目を見開いていた。

 未だ、自分に起こったことに驚いているようだ。

 こちらの視線に気づいたのか、デルゴラドは、表情を改めた。


「……勇者よ」

「デルゴラド……」

「最早、お前達を許すつもりはない。肉片一つ残さず、消し飛ばしてやる」


 その顔は、怒りと憎しみに溢れた顔で、二人を見ていた。

 アンナは、警戒心を強め、デルゴラドを睨み返した。

 アンナとしても、カルーナを傷つけられて、許すつもりはなかった。


「ふん……」


 デルゴラドは、近くに投げてあった棍棒を手に取った。

 そして、棍棒を構え、アンナに狙いを定め、大地を蹴りながら、向かってきた。


「うっ……」

「お姉ちゃん?」


 アンナは、デルゴラドから、強烈な闘気を感じた。

 次の一撃は、今までの攻撃とは、格が違うと感じさせるほどに、デルゴラドから力が溢れていた。


「カルーナ、しっかり掴まってて!」

「え、あ、うん」

「聖なる光よ! 伸びろ!」


 カルーナが掴まったことを確認すると、アンナは、地面に聖剣を向けた。

 すると、聖剣が、地面に突き刺さり、二人の体が後ろに下がっていた。


「逃がさんぞ!」


 デルゴラドは、棍棒を大きく振りかぶり、二人に狙いを定める。


「剛魔奥義・鬼神粉砕撃オーガ・クラッシュ!」


 そして、そのまま、一気に棍棒を振り下ろした。

 攻撃は、二人に直撃しなかったものの、地面に当たり、小規模の爆発が引き起こされた。


「うあああ!」

「きゃああ!」


 聖剣は、地面から離れ、二人は、爆風に煽られ後方に吹き飛ばされた。

 さらに、地面に叩きつけられ、二人の体中に、痛みが走り回った。


「うぐっ……」

「あうっ……」

「ちっ! 外したか……」


 爆風によって、砂埃が舞い、アンナとカルーナからはデルゴラドが確認できなかった。

 段々と、砂埃が晴れていき、状況が目に入り、アンナとカルーナは、目を見開いた。


「なんて威力だ……!」


 アンナは、思わず声をあげていた。

 さっきまで、地面があった場所は、大きくえぐれており、さらには、その場にあった聖剣の先が粉々になっていた。

 その中心には、デルゴラドが立っていた。

 デルゴラドは、ゆっくりとアンナ達を見つめて、歩いてきた。


「逃がさんぞ」

「くっ! 聖剣よ、元の形に戻るんだ!」


 アンナがそう言うと、光が集まり、折れた聖剣が元の形に戻っていく。

 アンナは、それと同時に立ち上がり、同じく立ち上がったカルーナに対して呼びかける。


「カルーナ、逃げるんだ!」

「お姉ちゃん? 何を言ってるの!?」

「魔法の使えないカルーナがいても、足手まといになるだけだ! あの一撃はまずい!」

「お姉ちゃん……でも!」

「いいから、逃げるんだ!」


 アンナの必死の形相に、カルーナは驚いていた。

 しかし、すぐにその言葉の意味を理解し、頷いた。


「死なないでね、お姉ちゃん」

「もちろん」


 そう言って、カルーナは森の中に駆けていった。

 デルゴラドは、そちらに目を向けたが、追いかけようとはしなかった。

 考えてみれば、カルーナは自分の攻撃を受けていた時、何も抵抗していなかった。

 魔力がなかったのなら、それも納得できる。ボゼーズと戦ったのなら、魔力がないのも当然に思えた。

 魔法の使えない魔法使いなど、いつでも仕留められる。追いかけている隙に、攻撃される方が問題だ。

 そんな思考から、デルゴラドは、目の前の勇者を標的に定めた。


「行くぞ!」

「くっ!」


 デルゴラドは、地面を蹴りながら、アンナとの距離を詰めてきた。

 もう一度、先程の一撃を行うつもりなのだろう。

 アンナとしては、これ以上距離を詰められる訳にはいかなかった。


「お前も、逃げるか!?」


 アンナは、カルーナとは違う方向に、下がっていった。

 いくらなんでも、あの攻撃を連打されれば勝ち目はない。

 なんとか、逃げながら隙を探るしか、アンナにとれる選択はなかった。


「逃げられんぞ!」

「どうかな!?」


 アンナとデルゴラドは、木々の隙間を抜けながら、どんどん森の中を移動していった。


「……はっ!」


 そこで、アンナは、後ろが明るいことと、風が吹いていることを感じた。

 つまり、森の木々から抜けるということであった。

 アンナの心に、一つの不安がよぎった。


「くっ!」

「どうやら、ここまでのようだな……」


 アンナが辿り着いたのは、崖であった。

 それなりの高さがあり、下には川が流れていた。

 逃げ場を失ったアンナは、剣を構えながら、デルゴラドと対峙した。


「さあ、終わらせようか」


 デルゴラドは、棍棒を構えながら、アンナの方へゆっくりと近づいてくる。


(さっきの一撃を受ければ、終わり……いや、そもそも、体がもう限界だ)


 アンナの体は、既に限界を迎えていた。

 仮に、デルゴラドの攻撃を次に躱せても、さらに追撃されたら、やられてしまうだろう。

 そのため、デルゴラドを倒す一撃を、こちらも与えなければならなかった。

 そこで思い出すのは、幼い頃のソテアとの特訓だった。





「いいかい、アンナ、闘気には必殺の技ってもんがある」

「必殺の技?」


 アンナは、ソテアから闘気の指導を受けていた。

 その時、ソテアから、そんな言葉を掛けられたのだ。

 カルーナは、少し離れた場所で、魔法の訓練を行っていた。


「そうさ。とても強力な技だけど、もちろん修得するのは困難さ」

「ふうん。どんな技なのさ?」

「そうだねえ。まあ、実演して見せようかね……危ないから、ちょっと離れてな」


 そう言うと、ソテアは木の前で剣を構えた。


「この技の名前は、十字斬りクロス・スラッシュというんだ」

十字斬りクロス・スラッシュ……」

「これは、一撃目の後、交差させるように、二撃目を放つことによって、通常の何倍もの闘気で相手を攻撃できる技なのさ」

「それって、すごいの?」

「見てれば、わかるさ……いくよ」


 ソテアは、目の前の木に対して、剣を振るった。

 アンナから見ると、それは一瞬の出来事で、ソテアが何をしたのか認識できないほどだった。

 わかったのは、目の前の木に十字の傷ができ、倒れたことだけだった。


「す、すごい。けど、何したか、全然わからなかったよ」

「あらら、そうかい。まあ、ちょっと早かったか」


 ソテアは、頭を掻きながら、アンナに対して微笑んだ。


「まあ、いつかできるようになるさ。コツは、二撃目を一撃目の後、瞬時に入れることさ」

「うーん、わかった。とりあえず、練習してみるね」


 それから、何度も練習したが、アンナが十字斬りクロス・スラッシュを修得することはできなかった。





十字斬りクロス・スラッシュ、これならデルゴラドを倒せるはずだ)


 アンナは、過去の出来事から、その結論に達していた。

 しかし、これには、いくつかの問題点があった。

 一つ目は、アンナがこの技を今まで一度も成功していないことだ。

 この状況で、成功できるかどうか、わからないのだ。

 二つ目は、デルゴラドの技を、躱すことができるかどうかだ。

 アンナの後ろには、崖である。逃げ場がないため、デルゴラドの攻撃をなんとかして、凌がねばならないのだ。

 この二つの問題を、どうにかできなければ、デルゴラドを倒すことはできないだろう。


「行くぞ!」

「くっ!」


 デルゴラドが、向かってやってきたので、アンナは剣を構えるのだった。

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