第17話 剛魔将デルゴラド②
「ぶははは! 行くぞ! 勇者」
自ら鎧を砕いたデルゴラドは、大地を蹴りながら、アンナに向かってきた。
そのスピードは、鎧をまとっていた時よりも速かった。
「くっ!」
先程までの攻防で、アンナはかなり疲労していた。
体中から、痛みを感じ、肉体的にも、精神的にも厳しく感じていた。
それでも、なんとか気合で、体に力を入れる。
アンナは剣を構えて、その攻撃に備える。
正面から攻撃してきたら、受け流すつもりだった。
今度は、遠距離攻撃でも、受けられる心構えができていた。
「ふん!」
デルゴラドは、正面から棍棒を振るってきた。
「
アンナは、当然その攻撃を、受け流しにかかる。
「ぶはは」
「何っ!?」
しかし、その瞬間、意外なことが起こった。
デルゴラドが、その棍棒から手を離したのだ。
受け流しによって、棍棒は吹き飛んだが、アンナが無防備になってしまった。
その行為に、アンナは思わず、目を見開いた。
戦闘中に、武器を放つ、その行動を予測することが、まったくできなかった。
次の一撃は、確実に喰らうことになる。
アンナは、歯を食いしばりながら、攻撃に備えることしかできなかった。
「さあ! 行くぞ!」
デルゴラドは、大きく腕を振り上げ、そこに闘気が集中する。
空気が震え、アンナは恐怖を感じていた。
「
デルゴラドの拳が、アンナに対して振るわれた。
大きな衝撃が巻き起こり、アンナの体が、大きく後ろに吹き飛んだ。
激しい痛みとともに、アンナの意識は、薄れていった。
◇
アンナの体が地面に落ち、そして動かなくなったのを見て、デルゴラドは勝ちを確信した。
恐らく、まだ息はあるだろうが、このままとどめを刺せばいいだけだ。
そう思いながら、デルゴラドがアンナに近づこうとすると、後方から気配を感じた。
その瞬間、後ろから声が放たれた。
「
さらに、デルゴラドに、炎の弾が当たり爆発した。
威力自体は大したことはなかったが、デルゴラドは後ろを振り返った。
「何……?」
デルゴラドの目に、一人の少女が映った。
「お姉ちゃんに、近づくな……」
それは、カルーナであった。
カルーナは、ボゼーズを倒した後、すぐにアンナを追いかけた。
そして、ここに着いた時、倒れているアンナが目に入ったのだ。
そこで、現状を大まかに把握した。
自分がアンナを助けなけらばならないと、攻撃を放った。
「ほう、確か勇者の仲間だったか……?」
デルゴラドの方は、その少女が、以前ボゼーズから報告された時、アンナの後ろにいた者であると思い出していた。
それを認識した瞬間、デルゴラドの心は怒りに満ち溢れていた。
なぜなら、この少女が、ここに来たということは、一つのことを表すからだ。
「ボゼーズに、ここには誰も通すなと言ったはずだが……?」
「ボゼーズなら、私が倒したよ……」
「貴様のような小娘が……ボゼーズを、倒しただと」
「……気になるなら、見て来ればいいよ」
カルーナは、デルゴラドの反応から、彼がボゼーズを大切に思っていたことがわかった。
心苦しかったが、今はそれを利用させてもらった。
デルゴラドの怒りがこちらに向けば、アンナを助けることができるからだ。
「……」
デルゴラドの体は、震えていた。
長年付き添ってきた忠臣を失ったことにより、その心中は激情に駆られていた。
そして、その感情は、目の前の少女に向けられることになった。
「許さんぞ! 小娘!」
「く……!」
デルゴラドが、カルーナに向かってきた。
カルーナは、震えていた。大きな威圧感に、恐怖を感じていた。
カルーナの体は、ボゼーズの戦闘で、かなり疲労していた。
そのため、瞬発的に動くことができなかった。
「ふん!」
「きゃあ!」
デルゴラドの一撃によって、カルーナの体は、地面に叩きつけられた。
カルーナは、痛みに声をあげたが、思ったよりもその一撃が重くないことに気がづいた。
デルゴラドは、地面に倒れたカルーナを見下し、冷たい目で言い放った。
「立ち上がれ、ただでは殺さんぞ。徹底的に痛めつけてやる……」
「はあ、はあ……」
デルゴラドの目は、怒りに満ちていた。
どうやら、ボゼーズのことがよほど大切だったらしく、カルーナに多大な憎しみを抱いているようだった。
だが、アンナを助けたかったカルーナにとっては、それが好都合だった。
デルゴラドが、自分を痛みつければつけるほど、アンナが回復する時間を稼げるからだ。
(私の役目は、それでいい。後は、お姉ちゃんがなんとかしてくれる……)
カルーナは、確信していた。アンナは必ず立ち上がり、自分を助けてくれると。
「はあ、はあ」
「そうだ。それでいい」
カルーナは、痛みを堪えながら、ゆっくりと立ち上がった。
デルゴラドは、カルーナに手を伸ばし、その頭を掴み、持ち上げた。
「このまま、握りつぶしてもいいのだがなあ」
「あが……」
頭にかかる力にカルーナは、声をあげた。
少しでも力が強くなれば、カルーナの頭は破裂してしまうだろう。
しかし、その痛みの中で、カルーナは、ある一つのことを認識していた。
そのことに、無意識に口の端を釣り上げてしまった。
「何を笑っている……?」
それを奇妙に思ったデルゴラドの耳に、自分でもカルーナでもない声が聞こえてきた。
「やめろ……!」
それは、鋭い怒りが込められた少女の声であった。
「何……!? まさか!?」
デルゴラドが後ろを振り返ると、一人の少女が立ち上がっていた。
「勇者……!?」
そこには、勇者アンナの姿があった。
◇
アンナは、混濁する意識の中で、カルーナが自分を助けにきたことを認識していた。
しかし、体を動かすことができないでいた。
痛みと疲労によって、体は限界のように思えた。
そこで目に入ったのが、カルーナが、デルゴラドによって痛めつけられる姿であった。
その姿を見た瞬間、アンナの心に怒りが湧いた。それと同時に、体に力が入った。
そして、デルゴラドに対して、言い放ったのだ。
「今更、立ち上がり何になる?」
「その手を離せ……」
「ふん……離すはずがなかろう」
「あぐ……」
デルゴラドは、カルーナを掴んだまま、アンナの方に体を向けた。
「攻撃できるか? こいつに当たるぞ?」
デルゴラドは、口の端を歪めながら、そう言い放った。
カルーナを盾にするという卑劣な方法に、アンナは深い怒りを覚えた。
心の奥底が、燃え上がるような感覚に陥り、今までにないほど、怒りが湧いた。
(許さない……だけど、今は、怒りに任せても意味がない)
だが、その怒りが逆に、アンナを冷静にしていた。
怒りに任せても、カルーナを助けられないと、状況を分析することができていた。
「ぶはは、無理か? なら、こちらから行こう!」
デルゴラドが、ゆっくりとアンナに近づいてくる。
正面から戦えば、カルーナを巻き込んでしまう。
アンナは、加速する思考の中で、ある一つのことを考えていた。
それは、王城で見た、勇者に関する書物を見てから、ずっと考えていることだった。
(勇者とは、聖なる光を使う者。聖なる光、それが聖剣なのだとしたら)
アンナは、手に握る剣に注目する。
光のように、白い剣は、いつもと変わらず輝いていた。
(これが、聖なる光なら、剣の形をしている必要がないはずだ……)
アンナは、目を瞑り、心の中でイメージする。聖なる光のイメージを、形作っていく。
今、手に持っているのは剣ではなく、聖なる光の力なのだと、自分に認識させる。
(……はっ!)
そして、掴んだ。今、アンナの手には、聖なる光が宿っていた。
「終わりだあ!」
正面には、カルーナを盾にしながら、アンナを攻撃しようとしているデルゴラドの姿があった。
アンナは、聖剣を振るった。
「バカめ! こいつに当たるだけだ!」
剣の軌道は、明らかにカルーナを斬る軌道であった。
そのため、デルゴラドは、勝利を確信していた。
しかし、結果はまったく異なるものになった。
「聖なる光よ! 曲がり、そして、伸びろ!」
アンナがそう叫ぶと、聖剣は変形し、カルーナから軌道を外していった。
さらに、デルゴラドの体を周り、背中に剣の先が突き刺さった。
「ぐああ!」
デルゴラドは、不意の痛みに驚き、カルーナからてを離してしまう。
「カルーナ!」
「お姉ちゃん!」
落ちるカルーナを受け止めながら、アンナは、デルゴラドから距離をとった。
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