第11話 言っておくべきこと

 アンナとカルーナは、兵士に、客室まで案内されていた。


「こちらです。では、ごゆっくりどうぞ」


 そう言って、兵士は去っていき、二人は客室に入った。


「わあ、広いね、お姉ちゃん」

「確かにそうだね」


 客室は、倍の人数がいても、大丈夫そうなほど広かった。

 アンナは、ベットに倒れこみ、力を抜いた。


「お姉ちゃん? 大丈夫?」

「き、緊張した……」

「あはは、まあ流石にそうだよね」


 アンナの精神的疲労は、かなりあった。ちょっと前までは、自分が王様と会話するなんて、考えてもなかったことだ。

 逆に、それほど疲れてなさそうなカルーナを見て、アンナは不思議に思った。


「カルーナは、なんで平気そうなの?」

「え? ああ、疲れてはいるよ。ただ、勇者としての責任を抱えているお姉ちゃんよりは、楽ってだけだよ」

「そっか……」


 それにしたって、王様に意見できるカルーナを、アンナはすごいと思っていた。


「それより、お姉ちゃん。王城のお風呂、使ってもいいみたいだし、今日こそは、一緒に入ろ?」

「ああ、そうだったね。いいよ、じゃあ、もう行こうか。早く入って、早く寝よう」


 話がまとまり、二人は、入浴することとなった。





「やっぱり、王城のお風呂となると、広いね」

「うん、カルーナ。そうだけど……」


 アンナとカルーナは、王城のお風呂に入っていた。

 かなり広いお風呂で、軽く百人くらいは入れるのではと、アンナは感じていた。

 しかし、そんな広いお風呂だというのに、カルーナは、アンナに引っ付き、離れようとしなかった。


「引っ付いてたら、意味はないんじゃない?」

「お姉ちゃんが嫌なら、離れるけど……」


 アンナが聞くと、カルーナはとても悲しそうな顔をした。

 アンナとしては、文句を言ったつもりはなかったため、すぐに謝罪することにした。


「あ、嫌な訳ないよ。勘違いしちゃってごめんよ」

「そうだったんだ。それなら、よかった」


 アンナがそう言うと、カルーナは、安心したように表情を和らげた。


「やっと、お姉ちゃんと一緒にお風呂に入れたから、昔みたいにしたかったんだ……」

「うん? そういえば、喧嘩するまで、ずっと一緒に入ってたんだっけ?」

「うん、家のお風呂は狭かったけど、二人でくっついて入るの、私は好きだったよ」


 カルーナは微笑みながら、そう言い放った。

 アンナは、昔を思い出しながら、カルーナを見つめた。

 すると、そこで一つ気づいたことがあり、思わず口にしてしまった。


「それにしても、カルーナも成長したんだね」

「え? それって……」

「……あ、いや、体が大きくなったって意味だよ」


 カルーナの表情が変わったので、アンナはすぐに誤魔化そうとした。


「嘘だ。今、ある一点を見つめてたよ」

「うっ……それは」


 しかし、カルーナには見抜かれていたようだ。

 カルーナは少し怒ったような口調で、言葉を続けた。


「そういう意味なら、お姉ちゃんも人のこと言えないでしょ」

「いや、ごめんって」

「あ、その……」


 アンナが謝ると、カルーナは少し怯んでしまった。


「ごめんなさい、言い過ぎちゃったかもしれない……」

「えっ……?」


 何やら、カルーナの様子がおかしいと、アンナは感じた。

 今のは、恐らく、自分に非があったはずだ。それなのに、カルーナは何か怯えてるように思える。

 そこで、アンナはわかった。カルーナは、自分に嫌われることを恐れているのだと。

 喧嘩をしていた時のことが、よっぽど辛かったのだろう。アンナに酷いことを言うのを、極端に避けているようだ。

 そこで、アンナはさらにあることに気づいた。


「お姉ちゃん? どうかしたの?」


 そんなアンナを、カルーナが心配そうに、見つめていた。


「カルーナ」

「え? 何?」

「よく考えてみれば、カルーナは普段から、私のことを思ってくれてるって、伝わるようなことをしてくれてるよね」

「あ、うん。まあ、そうだと思うけど……」

「けど、私は、そういうことするの苦手だから、できていなかったと思う」

「ええっ? いや、そんなことないよ」


 カルーナに否定されたが、アンナは思っていた。先程のように、不安にさせたのは、自分の思いがちゃんと伝わっていなかったせいだと。


「だから、正直に言うよ。私、カルーナのこと大好きだから、安心して」

「ほへえっ!?」


 アンナは、多少の気恥ずかしさとともに、自分の正直な気持ちを打ち明けた。

 すると、カルーナの顔がどんどん赤くなっていった。


「カルーナ?」

「あ、いや、その……」


 しかし、恥ずかしがるにしても、少々赤くなり過ぎなのではと、アンナは感じた。

 そして、よく考えてみると、今は入浴中だということに気づいた。


「もしかして、のぼせたの? 大変だ! 今すぐ上がろう!」


 そう言って、アンナが立ち上がると、カルーナはもっと顔を赤くした。

 さらに、小さな声で、何かを呟き始めていた。


「待って……今はちょっと」

「カルーナ! しっかりして!」

「いや、お姉ちゃん、ちが……」


 アンナは、カルーナの言葉も聞かず、お湯から、抱き上げ、脱衣所に向かった。





「カルーナ? もう平気?」


 アンナとカルーナは、客室に戻っていた。


「うん、なんだか、色々衝撃的で、混乱してたみたい」

「そうだったんだ、ごめんね。けど、これだけは、覚えておいて」

「何?」

「私に嫌われるとか思って、遠慮したりするのはやめてね。それって、なんだか、対等じゃないって感じだし」

「あ……」


 カルーナは、驚いたように、目を丸くした。


「……わかってたんだ?」

「情けないことに、気付いたのはさっきだけどね」

「うん。今日のことで、大丈夫だって、私もわかったよ。だから、きっと大丈夫」


 カルーナは、にっこりと微笑みながら、言葉を続けた。


「でも、なんか、自分でもわからない時があるんだ」

「わからない?」

「うん、どうしてかわからないけど、機嫌が悪くなっちゃって」

「ああ、そんなの誰にだってあるよ。特にカルーナの年頃には、珍しくもない。私だって、カルーナくらいの年はそうだったよ」

「そうなんだ」


 アンナにも、そんなことがあったと聞いて、カルーナは安心したようだった。


「さて、そろそろ寝ようよ、さ、カルーナ」


 アンナが、ベットの布団を広げて待機すると、カルーナは驚いたような顔をした。


「どうしたの? いつもみたいに、一緒に寝ないの?」

「今日も、一緒でいいの?」

「そりゃあ、もちろん。というか、私がカルーナが隣にいないと、安心できない体になってきてる。嫌じゃなければ、一緒に寝て欲しいな」

「じゃあ、お邪魔します」


 カルーナが布団に入り、明かりを消し、二人は布団の中で、向かい合った。


「明日からは、どうなるんだろうか……」

「うん、きっと大変になると思う……けど、大丈夫、私が一緒だよ。お姉ちゃん」

「カルーナ……」


 アンナは、カルーナを引き寄せ、抱きしめる。


「ありがとう。心強いよ」

「どういたしまして、あ、そうだ」


 そこで、カルーナは何かを思い出したように、声をあげた。


「どうしたの?」

「お姉ちゃんが、ちゃんと言ってくれたから、私もちゃんと言うね」

「え? 何を?」

「大好き」

「あ……うん、ありがとう」


 アンナは、きっと明日も大丈夫だと思えた。

 カルーナが、隣で自分を支えてくれると思うと、体の底から勇気が湧いてきた。


「それじゃあ、お休み、お姉ちゃん」

「あ、うん。お休み、カルーナ」


 アンナとカルーナは、お互いがそこにいるという安心感から、リラックスして眠りにつくことができた。

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