第10話 ウィンダルスの王

 アンナとカルーナが王都ミルストスに着いた時には、すでに日が暮れていた。


「さて、カルーナ、どうしようか?」

「うん? どうするって、お城に行くに決まっているでしょ」

「え? けど、こんな時間だよ?」

「それでも行かなきゃ。早く来たのは、そういうことなんだよ」


 カルーナが、そう言うので、アンナは、それに従うことにした。

 大通りを馬車で、ゆっくりと渡って行くと、王都の風景が目に入った。


「それにしても、これが王都なんだね。家の近くの町より、広くて大きいなあ」

「お姉ちゃん、あまりキョロキョロしたら、だめだよ」

「え? 田舎者に思われるから?」

「いや、そうじゃなくて、あんまり目立ちたくはないの。お姉ちゃんの正体がわかると、そんなにいいことにはならないと思うから」


 アンナは、カルーナの言葉で、状況が理解できた。自分は勇者なのだ。人類側にとっては、希望の存在である。

 それが判明すると、騒ぎになるのは間違いない。そして、あまり考えたくはなかったが、そこに悪意もあるかもしれない。

 今は、日が暮れているため、人も少ないが、用心に越したことはないだろう。

 カルーナは、アンナのことに関して、最新の注意を払ってくれているようだ。

 アンナには、それがとても頼もしく思えたのだった。


「ありがとう、カルーナ。カルーナは、私以上に、私のことを心配してくれている」

「あ、うん。ひょっとしたら、私が神経質になりすぎているだけかもしれないんだけど」

「いや、カルーナがいなかったら、私、全然何もできなかったよ」


 そんなことを言いながら、歩いていると、王城の前まで来ていた。

 王城の大きな門の前には、門番が二人立っていた。

 門番達は、アンナ達を訝し気な目で見ていた。


「カルーナ、大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。私達は、王様に来て欲しいって言われて、来ているんだから、堂々としようよ」

「それもそうか。じゃあ、行ってみようか」


 二人は、馬車から降りながら、門番に歩み寄っていった。


「なんだ? 貴様らは」

「ここは、王城だということを理解しているか?」

「お姉ちゃん、言って」

「あ、うん。えっと、私はアンナと言います。王様に呼ばれた勇者です」


 アンナの言葉に、門番達は顔を見合わせた。その反応から、どうやら、話は聞いているらしい。


「それは、本当か?」

「勇者様には、王国の兵士が同行していると聞いているが?」

「……その人は、亡くなりました。ここに来る前の村で、魔族に襲われて……」

「な、なんだって!?」


 門番達は、驚きながら、その目を丸くしていた。

 そんな時、カルーナがアンナに耳打ちした。


「お姉ちゃん、手の紋章を見せてあげて、それでだめなら、聖剣を出そう。それが一番の証拠になるよ」

「ああ、そうか」


 その言葉を受けて、アンナは門番達に手を広げて見せた。

 そこには、三角形の紋章があった。


「こ、これは?」

「ああ、聞いたことがある。手の平に、三角の紋章、勇者の証……」


 門番は、再び顔を見合わせて、頷きあった。


「わかった、通ってもいい。ただし、見張りをつけるぞ」

「ああ、万が一、偽物だとまずいからな」


 そう言って、二人は、王城の中に通されていった。





 アンナとカルーナは、すぐに王座の間に通された。

 そこには、このウィンダルス王国の王が座っていた。


「お姉ちゃん、ちゃんと言った通りにね」


 カルーナが、小声で呟いた。


「うん。わかってるよ」


 相手は、この国の王なのだ。滅多なことを言えない相手である。

 アンナもカルーナも気を引き締めて、この場に臨んだ。

 二人は、現在、跪いている状態だ。王の前なので当然のことである。

 アンナが、自らがここに来た目的を口にしようと、意気込んでいる時だった。


「ふむ。もうよいぞ。楽にしてくれ」


 王は、非常に軽い様子で、二人にそう促してきた。

 二人が立ち上がると、ウィンダルス王は、ゆっくりと口を開いた。


「まず、勇者よ。その証をわしに見せてもらえるか?」

「は、はい」


 そう言われてアンナは、右手を掲げて王に見せた。

 すると、王は玉座から立ち上がり、アンナに近づいてきた。

 これには、周囲の兵士も警戒を強めた。


「ほう。この証……まず間違いないと思うが、一番の証明、聖剣を見せてくれ」

「はい、わかりました。少し、離れてもらえますか?」

「うむ」


 安全のため、周りから人を遠ざけ、アンナは右手に意識を集中させた。

 すると、聖剣が取り出され、周囲から驚きの声があがった。

 そんな中、ウィンダルス王だけは、大きく頷いた。


「間違いないようじゃな」


 そう言って、ウィンダルス王は再び、玉座に座った。


「さて、勇者よ。長旅、ご苦労であった。そして、すまなかったな、疑うようなまねをして」

「い、いえ……」

「うむ。自己紹介がまだであったな。わしこそがこのウィンダルスの王である」

「あ、はい。勇者、アンナと申します」

「その義妹のカルーナと申します」


 ウィンダルス王は、ゆっくりとアンナとカルーナを見つめて、顔をしかめてしまった。

 何か、失言をしてしまったかと、二人が思っていると、ウィンダルス王は、再び口を開いた。


「いや、すまんな。お主達のような者達に、この国の運命を背負わせるのは、心苦しくてな」

「えっ……」


 王の口から出た言葉に、アンナは思わず声をあげてしまった。


「もし、お主達が望むなら、勇者として戦わない選択をしても良い。このわしがそれでいいと言えば、逆らえる者などおらんのだ」

「しかし、それでは……」

「勇者よ。わしが、お主をここに呼んだのは、お主に選択して欲しいからなのだ。戦うか、戦わないかの選択を」

「私が、選択……する?」


 ウィンダルス王から言い渡されたのは、アンナにとって、意外なことだった。

 ここに来る時は、戦う運命だと思っていた。しかし、それを覆せるかもしれなかった。


「お姉ちゃん……」


 カルーナが、アンナを心配そうに見つめてきた。


「私は……」


 少し前までのアンナなら、きっと戦わない選択をしていただろう。

 しかし、今のアンナは違った。

 思い出すのは、ケシルの村での出来事だった。


「ここに来る前に、一つの村に立ち寄りました」


 アンナの口からは、自然と言葉が出てきていた。


「そこで、魔族の襲撃があり、勇敢な一人の兵士と、数名の村人が亡くなりました。彼等は、それまで、普通に暮らしていたはずです」


 無残にも踏みにじられた命達、その光景は、今でも深く残っている。


「あんな風に、誰かの日常を壊す者がいるなら、私は、それを見過ごしたくないんです」


 アンナの目に、決意が宿った。


「戦います! そんな人達を守るために!」


 アンナの言葉に、ウィンダルス王は、ゆっくりと頷き、言葉を放った。


「勇者アンナよ。お主の覚悟、確かに聞けた。ならば、ともに戦おう」


 ウィンダルス王の言葉に、アンナは強く頷くのだった。


「さて、勇者アンナよ。今日は、もう遅い。それに、長旅で疲れているだろう。部屋を用意させる。ゆっくりと休むといい」

「あ、王様、一つ、よろしいでしょうか」


 ウィンダルス王が、言葉を終わらせようとした時、カルーナが王に話しかけた。

 アンナは、少し驚いてしまったが、カルーナは、何も気にせず、話を進めた。


「私とおね……勇者アンナを、同じ部屋にしてもらえますか?」

「む? それは、また、どうして?」

「一カ所に固まっていた方が、作戦会議ができたり、いざという時、動きやすかったりと、利点が多いからです」

「なるほど、確かに一理あるな。そのように手配させよう」


 ウィンダルス王は、周囲の兵士に手で合図した。

 アンナは、相手が王であろうと、自分を曲げないカルーナに、最早、尊敬を覚えるのだった。

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