第9話 涙を流しても

「お姉ちゃん!」


 戦いが終わった後、カルーナはアンナの元に駆け寄っていた。

 アンナが、剣を鞘を収めたのに、その場を動かなかったからだ。


「お姉ちゃん? どうしたの?」


 カルーナが聞くと、アンナはゆっくりと歩み、村人達の亡骸の傍で屈んだ。


「この人達は……今日まで、普通に暮らしていたんだよね」

「お姉ちゃん、それは……」

「こんな風に、普通に暮らしていただけなのに、どうして……」

「お姉ちゃん……」

「守りたかった……もっと早く、ここにきていれば」


 アンナは、涙を流しながら、そう言った。あまりにも理不尽な侵攻に、悲しみを覚えずにいられなかった。


「お姉ちゃん、自分を責めないで。お姉ちゃんは、この人達の仇をとったんだよ」

「うん……」


 アンナは、自分達を案内してくれた兵士を見つめた。

 彼は、きっとこの人達を守るために戦い、散ったのだろう。

 その勇敢な戦士に、アンナは敬意を覚えた。





 しばらく、そうしていると、村の人々が数名、アンナ達の元に駆けつけていた。

 どうやら、騒ぎが収まったのに気づき、様子を見に来たらしい。

 村人達は、周りの様子を見て、状況を理解したようだった。


「あんた達が、やってくれたのか?」


 村人の一人が、アンナ達にそう話しかけてきた。

 アンナが話せそうになかったため、代わりにカルーナが受け答えした。


「はい、そうです。といっても、私は何もしてないんですけど」

「そうだったのか。感謝するよ、ありがとう。あんた達がいなければ、この村は終わりだった」

「そうだぜ、ありがとうよ」

「ああ、本当によかったぜ」


 村人達は、口々に感謝の言葉を口にした。

 その言葉に、アンナは少しだけ救われた。





 現場の整理は、村人達が担当してくれることになった。

 そのため、アンナとカルーナは、宿の部屋に戻っていた。

 アンナは、疲労からベットに倒れた。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「うん……それより、カルーナ、意見が欲しいんだ」


 アンナは、寝転びながらも、そう言った。カルーナは、なんのことかわからず、首を傾げた。


「どういうこと?」

「明日からのことさ……」

「……ああ、なるほど」


 カルーナは、ここで理解した。自分達をここまで送ってくれていた兵士は、亡くなってしまった。

 つまり、ここからは自分達で考えながら、行動していかなければならないのだ。


「王都まで、どれくらいかかるかわかる?」

「ちょっと待って、地図を見てみる」


 カルーナは、地図を取り出し、自分たちの家、ケシルの村、王都ミルストスの場所を確認した。


「うん、今日と同じペースで行ければ、明日の夕方か夜には着けると思うよ」

「なら、そうしよう。早ければ、早いほどいいはずだ」


 アンナの言葉に、カルーナは頷いた。


「さて、それじゃあ、今日は、お風呂に入って寝ようか? 一緒に入るんだっけ?」

「あ、うんう。今日は、一人で入って、ゆっくりして。私達以外にお客さんはいないみたいだから、貸し切りだよ」

「そっか、それじゃあ、お言葉に甘えようかな……」


 こうして、アンナ達は、一人ずつお風呂に入り、一日の疲れを癒すのだった。





 カルーナがお風呂からあがり、部屋に戻ると、アンナがベットの上で寝転がっていた。

 まだ寝てはいないようだったので、話しかけてみることにした。


「お姉ちゃん、あがったよ」

「ああ、カルーナ」

「眠れそう?」

「ちょっと、無理かも……」


 今日も、色々あったためか、アンナは目が冴えてしまっているようだった。

 しかし、疲労は大きいはずなので、無理にでも休ませるべきだと、カルーナは考えた。


「ちゃんと休まないと、だめだよ」

「わかっているけど、眠れないし……」

「うん、だから、眠れるまで、お話でもしよっか」

「わっ!」


 そう言って、カルーナは、アンナと同じベットに寝転んだ。

 アンナは、多少驚いたものの、すぐに理解し、カルーナと身を寄せ合った。


「カルーナ、ありがとう。カルーナがいなかったら、私、駄目になってたよ」

「お姉ちゃん……でも、私、今日、何もできなかったよ」

「いや、カルーナはそばにいてくれるだけで、私に力をくれる。だから、それでいいんだよ」

「うん……」


 そう言われたカルーナだったが、内心は穏やかではなかった。

 今回の出来事で、アンナだけが戦い、カルーナは何もできなかった。

 旅を続けていく上で、このままの自分ではいけないと、強く思うのだった。

 しかし、今は、アンナを眠らせることが先決なため、暗い話はしないようにしようと、考えを改めた。


「そう言ってもらえると、嬉しいな」

「ふふ、こうやって、カルーナが隣にいてくれると、なんだか、安心してきたな」

「お姉ちゃん?」


 カルーナが傍にいて、安心できたことで、アンナには強烈な眠気が襲ってきていた。

 それがわかったカルーナは、アンナにゆっくりと囁きかけた。


「大丈夫、お休み」

「うん、お休み」


 すると、すぐに、アンナの寝息が聞こえてきた。やはり、今日一日の疲れは、相当なものだったのだろう。

 アンナが眠りについたのを確認できると、カルーナも眠たくなってきた。

 そのまま、二人は同じベットで眠るのだった。





 次の朝、二人は、馬と馬車の準備をしていた。


「マルカブ、シェアト、昨日は休めた?」

「ブルル!」

「ヒヒーン!」


 アンナが馬達に聞くと、マルカブは鼻を鳴らし、シェアトは大きく鳴いた。

 アンナは、二頭の馬を撫でながら、笑った。


「休めたって、言っているのかな? まあ、元気そうでよかったよ」

「お姉ちゃん? ちょっと待ってね。私も……」


 カルーナも、アンナと同じように、馬に近寄ってみる。

 始めは、怖かったが、勇気を出して、近づくと、馬は大人しくしてくれた。

 カルーナは、シェアトに手を伸ばすと、ゆっくりと撫でてみた。シェアトは、抵抗することもなく、受け入れており、カルーナは安心できた。

 マルカブにも同じようにしたが、こちらもカルーナを認めてくれているようだ。


「よ、よかったー」

「ふふ、カルーナ。それじゃあ、そろそろ出発しようか」


 アンナとカルーナは、二人で、御者席に乗り込んだ。

 アンナは、馬の制御、カルーナは、道の案内をすることを事前に決めていた。


「じゃあ、王都に向けて、出発、だね」

「うん、行くよ」


 アンナは、手綱を握り、馬に合図を出す。すると、馬達が走り出した。

 次の目的地は、王都ミルストス。





 魔獣の森。ウィンダルス王国の王都ミルストスから、少し離れた場所にある、大きな森林地帯である。

 人間が寄り付かないこの森の奥地を、野営地としている部隊があった。

 剛魔団、魔王軍の一種であり、現在、ウィンダルス王国を侵攻している者達である。

 オーガであり、魔術師であるボゼーズは、自身の魔法によって、ある一つの情報を得ていた。


「ほほう、これは……」


 最近、一部の者が、隊列を乱し、一団から離れていた。

 ボゼーズは、常に魔法によって、いくつかの兵士を監視している。

 今回離れていた者の一人に、その魔法がかかっていたらしく、その者が見たものを、ボゼーズは確認したのだ。


「デルゴラド様、少々、よろしいでしょうか?」


 ボゼーズは、この団の団長に話しかけた。

 そこには、屈強な体をしたオーガが立っていた。

 剛魔将デルゴラド、彼こそが魔王軍幹部にして、剛魔団長である、最強のオーガだ。

 デルゴラドは、ゆっくりとボゼーズを見ながら、言葉を放った。


「なんの用だ?」

「面白いものを見つけました」

「何?」


 ボゼーズが、手を掲げると、そこに兵士の見たものが映し出された。


「離れていたものどもか。こんなものを見ても、面白いとは思わんぞ」

「いえ、問題は、ここから先でございます」


 しばらくして、そこには、赤髪で、剣を持った少女が現れていた。

 それを見て、デルゴラドは、目を見開いた。


「これは、まさか……」

「ええ、勇者の剣、聖剣に間違いないでしょう」

「なるほど、これは面白い……」


 デルゴラドは、その口を歪めながら、笑うのだった。

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