第6話 昔みたいに

 カルーナがアンナの旅に同行するには、もう一つ問題を解決しなければいけなかった。

 それは、グラインとソテアの許可である。いくらなんでも、両親を納得させられなければ、難しいだろう。

 そのため、アンナとカルーナは、リビングに来ていた。幸い、グラインもソテアもそこにいたため、そのまま話すこととなった。

 アンナも最大限、カルーナの同行を頼み込もうと思っていた。最早、アンナの心に迷いはなくなっていた。

 そう思い、なんとか上手く話を進めようと、アンナは考えていた。そして、口を開こうとしたが、その前に、カルーナの声が発せられた。


「端的に言うけど、私、お姉ちゃんについていくから」

「ええ!? 何言ってんだい、あんたは!?」

「おや……」

「カルーナ、いきなりそんな……」


 アンナは驚いた。カルーナは何一つ包み隠さず、直球で話したからだ。しかも、許可を得るとかではなく、断言していた。

 これには流石にソテアとグラインも驚いたのか、ソテアは大きく怒鳴り、グラインは目を丸くしていた。


「別に、お父さんとお母さんの許可を得るつもりなんてないから」

「何を言っているんだい! そんなのだめに決まっているじゃないか!」

「どうして、だめなの?」

「当り前さ! 危険すぎる!」


 カルーナは、ソテアの言葉に、机を大きく叩きながら、反論した。


「危険だって言うなら、どうしてお姉ちゃんのことを許可したの!?」

「うっ! それは、アンナは、勇者なんだから、特別……」

「勇者だから? そんなの理由にならないよ! それとも、私が実の娘で、お姉ちゃんが姪だからって無下にするの!?」

「あ、あんたね! 言っていいことと、悪いことがあるよ!」

「ちょっと、二人とも、落ち着いて……」


 二人の気迫に、アンナは戸惑ってしまった。

 そんな中、笑い声が聞こえてきた。


「え?」

「あんた、何笑ってるんだい?」

「叔父さん?」


 笑い声の主は、グラインだった。そのあまりに楽し気な笑い声に、思わず全員がグラインに注目した。


「いや、すまない。だが、カルーナの様子が、昨日までと随分と違ったからね」

「あっ!」


 グラインの言葉で、熱くなっていたソテアも気づいたのだ。


「そういえば、昔の口調に戻っているね」

「ああ、なるほど」


 ここで、アンナも納得できた。カルーナは、最近アンナに辛く当たる都合上、今とは違う言葉づかいをしていたのだ。そもそも、昨日まではお姉ちゃんと呼んでいなかった。

 ソテアは、発言の内容のせいで、それに気づけていなかった。グラインが最初に目を丸くしたのは、これが理由だったのだ。

 そして、当の本人は、顔を赤くしていた。


「元々カルーナは、アンナのことが大好きだったからね。今の方が、お父さんは好きだよ」

「お、お父さん、あんまりからかわないで……」

「ふふ、これで安心して本を貸してもらえるね」

「え? 本?」


 グラインの発言に、アンナは疑問を覚えた。するとすぐに、グラインがその答えを語り始めた。


「ああ、実はアンナにばかり本を買っている僕に、カルーナが言ってきたんだ。自分にも同じ本を買って欲しいって」

「ああ、そういえば」


 アンナは、本を買ってきてもらえるのは、自分だけだとカルーナから聞いていた。その話には、何か裏があったようだ。


「だから、僕は言ったのさ。読みたいなら、アンナに頼んで、貸してもらいなさいってね」

「そういうことだったんだ……」


 グラインは、カルーナがずっとアンナのことを思っていたことを知っていた。仲直りのきっかけとなるように、そういう風にアプローチしていたのだ。

 結果的に、アンナとカルーナは、本で仲直りできたため、その目論見は成功だったといえる。


「おっと、話を中断させてしまったね」


 そう言って、グラインは、カルーナを見つめた。


「さて、僕の考えでは、カルーナの案に賛成……というより、反対できないという方が正しいかな」

「お父さん? それの何が違うの?」

「ああ、カルーナがそう決断したなら、それを尊重したいと思うよ。もちろん、アンナも同じさ。二人に差をつけることは、カルーナの言う通りできないからね」

「ちょっと、あんた」

「もちろん、心配なのは僕だって同じだ。だけど、僕達がどう言ったって、大切なのは本人がどうしたいか、そうだろう?」

「……まったく、しょうがないね……」


 ソテアは、頭を押さえながらも、頷いた。その様子に、アンナとカルーナは驚いていた。


「ありがとう、お父さん。でも、お父さんって……」

「うん、叔母さんを言い負かすなんてすごいんだね」

「あはは、まあ、僕もたまにはね」


 その言葉に、ソテアは笑いながら、口を開いた。


「当り前さ。誰が、選んだと思っているんだい」


 その言葉に、四人は笑い合った。

 思えば、自分とカルーナの仲が悪くなった頃から、こんな風に、一家全員で笑い合うことはなかったと、アンナは思っていた。


「さあ、今度こそ、二人ともしっかりと休みなさい。兵士の人に話を通すから、あと数日は、家にいられるはずだ。そのうちにしっかり力を蓄えるんだよ」

「そうだね、ゆっくり休むんだよ」

「うん!」

「じゃあ、行こうか、カルーナ」


 ソテアとグラインの言葉で、アンナは自分の部屋に戻ることにした。

 カルーナも、それに続いたのだが、何故かアンナの部屋にまでついてきていた。


「……カルーナ?」

「あの、お姉ちゃん……」


 カルーナは、何やら、顔を赤くしていた。疑問に思ったアンナだったが、次の言葉で理解した。


「い、一緒のベットで寝てもいい?」

「……ああ」


 アンナは、仲が悪くなる前のカルーナのことを思い出していた。その時は、そもそも、部屋は分かれておらず、同じ部屋で過ごし、同じベットで寝ていたのである。

 だが、その時の年齢ならまだしも、今、一緒に寝るのはどうなのかとアンナは思った。ひょっとしたら、カルーナの感覚はあの時のまま変わっていないのではと推測もできた。

 

「えっと……」

「だめなの?」


 しかし、カルーナの顔を見ていると、アンナのそんな考えは消えていった。別に年齢とか関係ないなと、結論づけていた。


「いいに決まってるよ」

「ありがとう! お姉ちゃん」


 そう言いながら、二人でベットに入った。


「こうしていると、昔を思い出すね」

「うん、そうだね……」

「それじゃあ、お休みなさい、お姉ちゃん」

「うん、お休み」


 寝ようとしたアンナだったが、まったく眠気が訪れなかった。

 なぜなら、ある考えが、脳裏によぎったからである。


「お姉ちゃん? どうかしたの?」


 アンナの様子をおかしく思ったのか、カルーナが声を発した。


「カルーナ、私、今日、人を、殺したんだね……」

「お姉ちゃん、それは……」

「あ、いや、あいつらを斬ったことを後悔している訳じゃないよ。ただ、事実としては、人を殺したんだなって思うと、結構重いなって、今更ながら思ったよ」

「お姉ちゃん」

「え?」


 カルーナは、アンナに手を回し、引き寄せた。

 二人の距離は近くなり、お互い向き合う形となった。



「カルーナ?」

「あっ……!」


 思ったよりもカルーナとの距離が近く、アンナは驚いた。

 それは、カルーナも同じようで、少し顔を赤くした。やった側なのに、そうなるのはどうなのかと、アンナは思ってしまった。


「あ、あのね、お姉ちゃん。そんなこと気にしなくていいとは、言えないけど、気を強く持って。お姉ちゃんが安心できるように、私はここにいるから」

「カルーナ……ありがとう」


 アンナはカルーナの優しさに甘えることにした。自分の手をカルーナの背中に回し、さらに体を近づける。


「今度こそ、お休み、お姉ちゃん」

「うん、お休み」


 それでも、すぐに眠れないと思っていたアンナだったが、思っていたよりも早く眠気がきた。

 カルーナが傍にいて、その温もりが感じられて、とても安心することができた。

 やがて、アンナの意識は薄れ、カルーナへの感謝とともに、眠りの世界に入っていった。

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