第一章 勇者の旅立ち
第7話 旅の始まり
アンナとカルーナが旅に出る決意をしてから、三日が経っていた。
あの日の後、家に来た兵士に、話を伝えると、王都まで馬車で送っていってもらえることになった。
そして、アンナとカルーナの体調を考慮して、数日の猶予を与えてくれた。
その兵士は、アンナと事件の後に、話していた兵士であり、王都までの馬車の御者も彼が行うらしい。なんでも、護衛役も兼ねているようだ。
今日は、出発の日であり、二人は、ソテアとグラインと向き合っていた。
「二人とも、辛くなったら、いつでも帰っておいで。逃げたくなったら、いつでも逃げておいで。僕達の望みはただ一つ、二人が無事に帰ってくることなんだから」
「二人とも、体に気をつけるんだよ。あんた達二人、力を合わせて、頑張るんだよ」
「うん、ありがとう。叔父さん、叔母さん」
「行ってくるね。お父さん、お母さん」
二人との別れを済ませ、外に出ると、すでに準備はできていた。
「兵士さん。もう大丈夫ですか?」
「ああ、アンナさん、もう準備はできています」
アンナが話しかけると、兵士は大きく頷いた。
二人が、馬車に乗って、間もなく馬車が出発した。
◇
「ところで、お姉ちゃん。これから、どこへ向かうのか、ちゃんと理解している?」
馬車の中で、隣に座るカルーナがアンナに話しかけてきた。
「え? 王都でしょ、それくらいわかってるよ」
「本当に?」
正直なところ、アンナは、家の外のことはあまり知らなかった。しかし、姉としての威厳が、それを言い出すことを拒んでいた。
「まず、王都の名前、言ってみて」
「え? 名前……」
アンナが暮らしているのは、ウィンダルス王国という場所だった。だが、王都の名前とは一体なんなのか、アンナは悩むことになった。
ウィンダルス王国なのだから、ウィンダルスでいいのではと思ったが、それだと簡単すぎるとも感じた。
「わかってないでしょ」
「あ、はい、そうです」
「はあー、やっぱり……あ! 勘違いしないでね、今のはお姉ちゃんに対するため息じゃないよ」
「え? じゃあ、誰に対するため息なの?」
「お母さんだよ。やっぱり、お姉ちゃんをほぼ監禁状態にするのは、まずかったと思うよ。お姉ちゃん、世間のことあんまりわかってないもん」
「うっ……」
確かに、アンナは一般的なことには弱かった。ソテアから知識として、教育は受けたものの、実際に使うことが少なすぎて、身についていないのだった。
「いや、でも、叔母さんに習ったり、本で読んだりはしてるんだよ」
「うん。けど、それじゃあ、身に着かないよ。実際に外に出たりすると、そういう情報って、よくわかったりするし」
「王都の名前か……聞いたことはあるかもしれないけど、覚えてないんだなあ」
「王都の名前は、ミルストスっていうんだ。町に出てると、王都ミルストスでも話題、とか目にするよ」
「ああ、思い出した! 確か、いつか聞いた気がする」
アンナは、ソテアからそんなことを聞かされたことを思い出していた。
「うーん、自分の知識不足を感じるなあ。本も読むけど、物語とかが中心だからなあ」
「お姉ちゃんの知識は、私がカバーするよ。やっぱり、実際に目にしたり、使ったりしないと、そういうのって覚えられないし」
「よろしく頼むよ」
アンナは、早速、カルーナがいてくれてよかったと思ったのだった。
「カルーナ、ついでに聞いてもいい?」
「うん? 何?」
「その、王都ミルストスまでって、結構かかるんだよね?」
「うん、だから、途中で村に泊まっていくみたいだよ」
「やっぱり遠いんだね……」
アンナが今まで行ったことがあった場所は、家と町だけだった。そのため、その外側の世界の広さを知らなかった。
「世界って、広いんだね……」
「お姉ちゃん……」
馬車は揺られ、進んで行く。
◇
しばらく馬車の旅が続き、一つの村に到着した。
「ここは、ケシルの村です。今から、宿をとるので、馬達を見ていて頂けますか? 」
「あ、兵士さん、それなら、一つお願いがあるんですけど……」
兵士の言葉に、カルーナが反応した。
アンナが、疑問に思っていると、カルーナが言葉を発した。
「私と、お姉ちゃんは同じ部屋にして欲しいんです」
「え? カルーナ?」
アンナが驚いていると、カルーナは笑顔で語り始めた。
「あのね、これからの作戦会議とか、馬車の中でも話したけど、宿でも話したいでしょ」
「え? いや、別に……んん?」
返答しようとしたアンナの口を、カルーナは手で押さえ塞いだ。
「という訳で、兵士さん、よろしくお願いします」
「あ、ええ、わかりました。そのように話を通しておきます」
そう言って、兵士は宿の方へ向かった。
そこで、カルーナは、やっとアンナの口を解放した。
「ぷはあ、一体、なんのつもりなの?」
「別にいいでしょ。それとも、私と同じ部屋は嫌なの?」
「嫌じゃないけど、宿の中くらい休まして欲しいよ?」
「あ、あれは嘘だよ。単に一緒の部屋がよかっただけ」
それなら、素直にそう言えばよかったのではないかと、アンナは思った。しかし、カルーナの年頃だと、恥ずかしかったのかもしれない。
だが、それを言ったら、怒られる気がしたので、黙っておくことにした。
「そうなんだ。それならよかったよ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
話が終わったので、二人は馬の様子を見ることにした。
馬車は二頭の馬が引いているのだが、二頭とも大人しくしていた。近づいても、それは変わらなかった。
「あなた達も疲れたよね。ありがとう」
「お、お姉ちゃん、すごいね」
アンナは、馬を撫でていたが、カルーナは恐怖からかそこまですることができなかった。
「マルカブ、シェアト、お疲れ様、明日もよろしくね」
馬の名前は、兵士から聞いていた。
黒い馬がマルカブ、銀色の馬がシェアトというらしい。
そうしながら、待っていると、兵士が帰ってきた。
「お二人とも、宿がとれましたので、お先にどうぞ。自分は、馬車をしまってきますので」
「あ、はい、ありがとうございます」
「兵士さん、お疲れ様です」
アンナとカルーナは、すぐに宿へと向かった。
兵士が話を通してくれていたため、宿の主はすぐに部屋に案内してくれた。
部屋にはベットが二つあるため、二人部屋のようだった。
アンナは、部屋に入るなり、ベットに横たわった。
「ふー、やっぱり馬車の中より、部屋の方がいいね」
「お姉ちゃん、この宿、お風呂あるって、後で一緒に行こう?」
「うん、いいよ。それじゃあ、ちょっと休んだら行こうか」
◇
二人は、ベットで寝転がりながら、休んでいたが、何やら外から、声が聞こえた。
今は、すでに、日も落ちてきている。そんな時間に騒ぐのは、少し気になった。
「なんだか、外が騒がしいね」
「うん、お姉ちゃん、ちょっと、見に行ってみようよ。何か、嫌な予感がする……」
「……行ってみよう」
二人が、部屋から出ると、丁度、同じ宿に泊まっていた兵士が外に駆け出していくのが見えた。
同じように外の騒ぎを聞きつけたのだろう。
兵士に続いて、二人も外に出た。すると、村の人々が騒いでいた。しかし、どうやら、その騒ぎは穏やかなものではないらしい。
「悲鳴……?」
「カルーナ、私の後ろにいて」
「あ、うん」
アンナは、何かただごとではないことが起きていると、理解した。
カルーナを自分の後ろにいさせ、右手から、聖剣を取り出した。
「騒ぎの方に向かうよ」
アンナとカルーナは、小走りで、騒ぎの方向へ向かった。
「あっちからだ!」
そして、角を一つ曲がった時、騒ぎの原因を視認することができた。
「お姉ちゃん、あれって……」
「ああ、あれは……」
アンナは、その存在を睨みつけ、叫んでいた。
「魔族!」
そこには、異形の者達が数人立っていた。
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