第5話 もう一つの決意
「カルーナ、アンナだよ」
「……入って」
戸の前で、声をかけると、カルーナから許可が得られた。
戸を開けてみると、ベットの上で座っているカルーナがいた。
ベットの様子から、先程まで寝ていたように見えたので、アンナは少し安心した。
「ちょっとは休めた?」
「……うん」
カルーナは、非常にしおらしい態度で、そう返答した。
アンナの予想通り、休めていたようだ。
「あ、座って」
「ああ、うん、じゃあ、失礼するよ」
カルーナに促されたので、アンナは、その隣に座った。
少し距離を開けて座ったが、カルーナはその距離を詰めて近寄ってきた。
「あのね、私、ずっと変だった」
「え?」
「本当の姉妹じゃないって言われて、何か変わるわけじゃないのに、なんとなく、接し辛くなって」
「カルーナ……」
カルーナが言っているのは、アンナとの本当の関係性を教えられた日のことだった。
その日は、いつも通りの一日だった。その時までの二人は、普通よりも仲が良いくらいの姉妹だった。
だけど、真実を知った瞬間、カルーナの中には、何かわからない不安が襲ってきたのだった。
「本当はだめだって、思っていたのに……謝らなくちゃって、思っていたのに、できなかった」
「カルーナ、大丈夫だから……」
カルーナが目に涙を浮かべていたので、アンナはカルーナを抱きしめた。
そんな心情に、気づけなかった自分にも責任があると、アンナは思っていた。
「気づいてあげられなくて、ごめんね。私、鈍感すぎるよね」
「そんな! お姉ちゃんは、悪くないよ!」
カルーナは、アンナの言葉を否定した。
アンナへの態度を勝手に変えたのは自分であり、その真意を気づかなったからといって、申し訳なく思う必要などどこにもないと、カルーナは思っていた。
「私、お姉ちゃんにいっぱい意地悪しちゃったんだもん。そんなの私が悪いに決まっているよ」
「今、考えてみると、カルーナは、私と話すきっかけを作ろうとしていたんだって、わかるよ」
「けど、してきたことは変わらない……」
「いいんだよ、そんなの」
アンナは、今までどうしてカルーナのことを嫌いになっていたのか、理解できなかった。
今過去にいけるなら、カルーナの心情を思ってやれなかった自分を殴りたいとさえ思っていた。
「今、こうして話せているだけで、私は満足だよ。嫌われてなかったって、わかって、私は嬉しいよ」
「……ありがとう。でも、言わなくちゃいけない。ごめんなさい、お姉ちゃん……」
「うん、大丈夫だよ。カルーナ……」
二人で抱き合いながら、黙っていた。二人とも、これまでのことを振り返り、反省したり悔やんだりしていた。
だが、それは全て過去の出来事に過ぎない。今ここで水に流して、未来に進むために、二人は回想するのだ。
◇
しばらく、抱き合っていた二人だったが、カルーナがそっと体を離すよう、合図を出した。
アンナとしては名残惜しかったが、体を離した。
「お姉ちゃん、これで、これからは昔みたいに仲良くできるね。今までの分、たっぷり甘えるからね?」
「うん、カルーナ……」
カルーナは笑顔で言ったが、そこでアンナは、暗い顔をしてしまった。
カルーナは、まだアンナが勇者であったことを伝えられていない。
これから、アンナは魔王討伐の旅に出ることになるのだ。しばらくは、離れ離れになるしかない。
「お姉ちゃん? どうしたの?」
アンナの様子をおかしく思ったのか、カルーナも不安そうな顔をしていた。
アンナは、カルーナに全て話すことにした。どうせ知ることになることになるのだから、早く伝えておいた方が、双方にとっていいと思ったからだ。
「カルーナ、心して聞いて欲しいんだ」
「え? 何? どういうこと?」
アンナが、自分が今置かれている状況を話すと、カルーナの表情は、どんどんと曇っていった。
そして、話が終わった頃には、目に涙を浮かべていた。
「カルーナ、泣かないでよ……」
「お、お姉ちゃん、だって……」
そんな風に泣かれてしまうと、アンナも辛さが込み上げてきてしまう。
せっかく仲直りできたのに、すぐに別れなければならないのは、アンナにとっても心に来るものがあったのだ。
「い、行かないで……」
カルーナから、弱々しい口調で、そんな言葉が出ていた。
しかし、アンナは、それに頷くことができなかった。そのため、代わりに、自分の決意を伝えることにした。
「カルーナ、私、必ず魔王を倒して戻ってくるから。だから、待っていてよ。カルーナのことを思うと、私、力が湧いてくるからさ」
「……だめだよ。魔王を倒すなんて、今から何年かかるか、わからないもん。そんなに長い間会えないなんて、私、いやだよ」
「大丈夫、きっと、すぐに戻ってくるからさ」
「それに、危険だっていっぱいあるんだよ。そんなところに、お姉ちゃん一人を向かわせたくないよ」
何を言っても、カルーナは納得しないと、アンナは思っていた。自分が同じ立場なら、決して行かせたくはないだろう。そう思ったから、カルーナの言葉は、心に痛かった。
しかし、アンナは、待ってもらうしかないのだ。心苦しいが、この場だけでもわかってもらうしかないのだった。
「それでも、行かなきゃならないんだ。それは、きっと運命ってやつなんだって思う」
「運命……」
「勇者として生まれし者に課された、使命みたいなものなんだ。そして、私はそれに勝ってみせるよ」
ソテアに言われた言葉を、アンナは引用した。それは、アンナが必ず勝つと決めたものだったからだ。
アンナの決意に溢れた顔を見て、カルーナは、先程まで、涙で濡れていた目元を拭い、アンナを見つめていた。
そして、カルーナは口を開いた、カルーナの決意を語るために。
「それが運命なら……」
「カルーナ?」
「私も戦う。お姉ちゃん一人に、その運命を背負わせはしない!」
「カルーナ!? それは……無茶だよ!」
アンナは、カルーナの言葉に目を丸くした。
「き、危険だよ! そんなの!」
「そんなのわかっているよ」
「だ、だめだよ。カルーナを危険な目に合わせたくないんだ」
「それは、私だって同じだよ……お姉ちゃんに危険な目に合って欲しくないよ」
「うっ……」
アンナもわかっていた。自分の言うことの裏を返せば、何も言い返すことができないことに。
だが、それでも、カルーナを危険な旅に同行させたくはなかった。勇者の運命なんて、自分一人が背負えばいいと思っていた。
「お、叔父さんや叔母さんが、何て言うか……」
「そんなの説得する」
「だけど……」
「お姉ちゃん! 私が聞きたいのは、そんなことじゃないよ」
カルーナは、アンナの頬に手を添えた。二人の目線が、はっきりと重なり合った。
「お姉ちゃんは、私と一緒にいたくないの?」
「うっ……」
「私はずっと一緒にいたいよ。楽しいことも、苦しいことも、分かち合いたいよ……」
アンナは思っていた。カルーナが一緒なら、きっと自分は嬉しいだろうし、楽しいだろう。だが、それで彼女を危険な目に合わせていいのだろうか。
心の中で、アンナが葛藤していると、カルーナの声が聞こえてきた。
「ずっと一緒だよ。お姉ちゃん」
「えっ……」
その言葉は奇しくも、かつてアンナがかけられた言葉と同じだった。
あの時から、カルーナは変わっていなかったのだ。
アンナの心から、迷いが晴れていった。
「……わかった。行こう! カルーナ! 一緒に!」
「お姉ちゃん! うん!」
アンナとカルーナは、再び抱き合いながら、決意を新たにするのだった。
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