第4話 決意を胸に

 アンナは、お風呂からあがり、リビングに向かっていた。

 カルーナは、アンナより先にお風呂からあがり、部屋で休んでいるようだ。

 その前に、カルーナからアンナは、「話が終わったら、部屋に来て欲しい」と言われていた。

 今日はよく呼ばれる日だと思いながら、リビングに着くと、ソテアとグラインが待っていた。

 叔母だけかと思っていたが、叔父までいて、アンナは少し面食らってしまった。


「叔母さんに、叔父さん? 話って何かな?」

「ああ、アンナ、とりあえず座りなよ」

「あ、うん」


 そう促されたので、アンナは椅子に座った。

 テーブルを挟んで、叔母と叔父が座っており、何だか重い雰囲気だと感じた。


「そうね。まず、今日はアンナのおかげで、二人とも無事に帰ってこれた。ありがとうね」

「あ、うん。私、必死だっただけで」

「怖かっただろうに、よく頑張ってくれたよ、本当に」

「えっと、うん」


 実のところ、アンナはあの時、恐怖をほとんど感じていなかった。

 後から思い出してみれば、本当に恐ろしいものだったが、あの時は、カルーナを助けることで頭がいっぱいだったのだ。

 しかし、叔母に褒められて悪い気はしないし、わざわざ言うことでもないので、そのことは黙っておいた。


「それでだ。あんたが、今日使った力というのに、言及しなければならない」

「あ……」


 アンナは、気がついた。夢中であまり考えてなかったが、その手には、謎の痣があり、そこからは、謎の剣が出てきているのだ。とても、普通ではないとしかいえなかった。


「ちょっと、手を広げておいてくれるかい?」

「うん」


 そう言われたので、アンナは右手を広げ、テーブルの上に置いた。

 叔母はそれを見ると、ため息をついた。


「はあー、やはり、目覚めてしまったようだね」

「目覚める? 何それ?」


 叔母の口から、聞きなれない言葉が出たため、アンナは困惑してしまった。


「今から言うことは、心して聞きなよ」

「あ、うん」

「それはね。勇者の証なのさ……」

「え? 勇者? 勇者!?」


 アンナは、大きく動揺した。

 勇者とは、人間の中に現れ、特別な力を持ち、魔族と戦う者達を指す言葉だった。


「もしかして、私が……?」

「そうさ。あんたが、勇者なのさ……」

「うそ……そんな……」


 アンナの動揺は最高まで高まった。

 つい昨日まで、平凡だった自分が、勇者だったなどにわかには信じがたかった。


「その証は、今から数年前、ある人物によって、隠されたのさ。あんたを使命に縛り付けないために」

「……その人物って、まさか?」

「そう、あんたの母親さ。あの子は、魔法を使って、その証を封じたんだ」

「そうだったんだ……」


 アンナは驚いた。自分にそんな秘密があったなんて、まったく知らなかった。

 同時に、母からの愛も感じた。自分の人生を何よりも思ってくれていたようだ。


「ただ、その封印がどういった条件で解けるのか、まったく、わからなかったのさ。だから、こうして、町から離れた場所で、あんたを縛り付けていたのさ」

「……そんな事情があったんだ」

「あんたには辛い思いをさせてしまった。すまなかった」

「ううん、謝らないで、叔母さん」


 ソテアに謝られたが、アンナはむしろ感謝したいくらいだった。叔母も母と同様に、自分のことを思っていてくれたのだ。それを非難しようなどと、まったく思わなかった。


「ありがとう、叔母さん。叔母さんが、私を思ってくれていること、ちゃんとわかるよ」

「アンナ……」


 そして、アンナは理解していた。今日の出来事で、兵士に勇者の証を見られていた。

 歴代の勇者は、魔王を倒すための戦いに身を投じていた。ならば、自分もそうなるのだろう。


「私、戦わなくちゃいけないんだね」

「アンナ……あんた……」


 アンナの言葉に、ソテアは目を丸くした。しかし、アンナの様子を見て、全てを理解したようだ。


「……さっきの兵士に言われたよ。すぐにでも王都にきて、王に会って欲しいとね」

「私が、王と……」


 その言葉は、ほとんど強制に近いものだった。王の命令に逆らえば、この国で生きていけなくなる。

 勇者は強力な力を持つ存在だ。人類にとって、魔王と戦うには、必要不可欠なのだった。

 アンナの迷いを察したのか、それまで黙っていたグラインが口を開いた。


「アンナ、誰も君を強制したりはしないよ」


 その顔は真剣であり、しっかりとアンナを見据えていた。


「例え誰がなんと言おうと、君は僕達にとって、大切な娘なんだ。君が嫌だと言うなら、ここよりももっと、人から見つからない場所へ行こう」

「叔父さん……」

「正直なことを言えば、そう言って欲しいと思っているよ」


 グラインの言葉は、アンナにとって嬉しいものだった。だが、それが不可能であることも理解できてしまった。

 それに、こんな自分が、誰かに必要とされているなら、悪くないと思った。


「そう言ってもらえて、嬉しいよ、叔父さん。でも、私行くよ。自分の力が必要だって、思われているなら、力を貸したいと思うよ」

「アンナ……そうかい」

「あんたが、そう決断するなら、それでもいいがね……」


 ソテアとグラインは、心配そうな顔をしながら、アンナを見つめていた。


「心配しないでよ。私、叔母さんからいっぱい戦闘訓練受けてるし、きっと大丈夫だよ」

「それは……」


 アンナは日頃から、ソテアから訓練を受けていた。そもそも、ソテアの訓練は、この時のためだったように思えた。


「運命とは、嫌なものだね……」

「運命……か」


 確かに、アンナが勇者であったことは変えられない運命だった。しかし、それを悔やんだところで、どうしようもないだろう。


「だったら……」

「アンナ?」

「これが運命だったら、勝ってみせるよ。全部終わらせて、無事に帰ってくるよ」


 アンナの顔には、決意が現れていた。その表情を見て、どこか遠い目をして、ソテアは呟いた。


「アンナ、あんたはそんなに強くなったんだね。あの時から、成長したんだね……」

「叔母さん……」


 ソテアが言うあの時とは、母が亡くなった時だろうか。そう思ったアンナだったが、それを口には出さなかった。

 アンナは、母親が亡くなった時のことを鮮明に覚えていた。悲しむ自分は、とても弱々しかっただろう。

 だが、ソテアにとっても、姉を亡くしているのだ。その悲しみは、深かったはずだ。

 自分を大事に育ててくれた彼女の気持ちは、計り知れないものだと、アンナは感じた。


「ありがとう、叔母さん、叔父さん」


 そのためアンナは、感謝の言葉を口にした。今の自分の気持ちを表現できる言葉は、それしかないと思ったのだ。


「アンナ……こちらこそ、感謝しているよ」

「そうさ、僕達にとっても、君は支えだったのだから」


 ソテアは目に涙を浮かべ、グラインは笑いながら、そう言った。


「おっと、話が長くなってしまったね。アンナも疲れているだろう。そろそろ、部屋で休ませてあげよう」

「……ああ、そうね」

「あ、うん、ありがとう、叔父さん」


 グラインの言葉によって、話が終了する流れになった。

 しかし、アンナは、部屋に戻る訳にはいかなかった。なぜなら、カルーナに話が終わったら、部屋に来るように言われていたからだ。

 どんな話かはわからないが、今のカルーナの誘いを断る理由はなく、むしろアンナも話したかったくらいだった。

 ひょっとしたら、疲れて眠っているかもしれないが、行ってみよう。そう思ったアンナは、カルーナの部屋に向かうことにした。

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