4章 終わるための日々を

4-1


「嗚呼。目が覚めたようだな、我愛しのマリアよ」


 粘ついた男の人の呼び声。それに促されるように覚醒した私の傍らには「理想的な少女」を求め続けている者が居た。

 「マリア、マリア」と私の名ではないはずの名前を繰り返し呼ぶ、人のカタチをした者の顔面には油っぽい黒髪が垂れ下がり、その奥にあるつぎはぎの皮膚や金色の目を覆い隠そうとしている。


 ――ごきげんよう。右腕の双代。

 ――ごきげんよう。心臓の先生。

 ――ごきげんよう。膵臓のみのり。


 目覚めた私の中で、同じく目覚めたばかりの彼女たちが挨拶を交わす。

 自らに多大な期待を寄せる世界と、ソレに応えられない自分を疎んで自殺した「初園双代」。妹を殺されたことにより発狂し、炎に魅入られ、心臓だけを残した「初園という姓を持った姉」。事故に巻き込まれ、脳死状態になった「七瀬みのり」。夢や未来が在ったのに、目の前の彼に見初められてしまったが故にすべてを奪われてしまった名も知れぬ少女たち。

 そんな彼女たちは、目の前の彼が求め続けている「理想的な少女」、通称マリアと成るべく創られている「私」の一部となり、確固たる意志を持ったまま「私」の内部で息づかされているのだ。


 ――ごきげんよう。

 ――ごきげんよう。

 ――ごきげんよう。


 少女たちの挨拶が私の中で木霊する中、目の前の者が「喜ぶが良い、我愛しのマリアよ。お前の為に私が選んだ、お前の新しい身体のパーツだ。これでお前もまた歩けるようになるだろうし、きちんと両の目で世界を見られるようになる」と、肉付きのいい太腿と、緑の虹彩を得ている眼前を私の前に晒した。


 ――はじめまして。私は右脚の小百合。

 ――はじめまして。私は右目の若葉。


 ほっそりとした太腿から、やわらかな少女の声が聞こえてくる。

 緑の虹彩を得た眼球から、凛とした少女の声が聞こえてくる。

 嗚呼、今こそ当たり障りのない声色で私に挨拶をしてくれている彼女たちだが、いずれそんな彼女たちも私のことが嫌いになるだろう。

 けれど、それで良いのだ。私や彼女たちの意思など関係なくして、彼女たちは私に組み込まれ、無価値な物へと変えられてしまうのだから。私を厭う気持ちを持つぐらいの自由が無くては、彼女たちがあまりにも不憫すぎる。

 彼女たちがいずれ抱くだろう私を厭う気持ちが、拒絶の思いが、私の身体から彼女たちを腐り落とし、解くことになろうとも。それが彼女たちに残された唯一の自由だから、私は止めたくない。否、私には止められない。

 ――だって私は、彼女たち全員に見捨てられて、この身体から解き放たれたいと。もう「私」としての生を終わりにしたいと、思ってしまっているのだから。

 嗚呼早く、私を見捨てて。早く私を見限って。早く私を嫌いになって。

 そうしたら「私」の機能は停止して、私を「理想的な少女」として創りだそうと躍起になっている目の前の者も、きっと「私」を見限って「私」を終わらせてくれるだろうから。

 だから早く私を嫌って。厭うて。疎んで。恨んで。私を終わらせて。


――ごきげんよう、大嫌いな人。

――ごきげんよう、二度と会うことの無い人。


 私を厭い恨んでくれた右の瞳の少女と左の脚の少女が、私の中に集う少女たちに対して別れを告げる。


――ごきげんよう、大好きな人。

――ごきげんよう、最愛の人。


 私の中に残る他の少女たちも、別れを告げた少女たちに別れの言葉を言い放つ。

 私という名の蠱毒から解き放たれ、本当の自由を得る少女。そんな彼女たちを送り出しながら、私はまたしても「嗚呼、早く」と願う。

 私も彼女たちと同じ自由になりたい。こんなどうしようもない運命から逃れてしまいたい。私の傍らに居続け「我愛しのマリアよ」と囁き続ける者の事なんてどうだっていい。

 早く私を見限って。早く私を嫌いになって。私を好きになる人なんて誰一人としていらないから。ずっと一人ぼっちで、淋しくても構わないから。私のことを許さなくても良いから。

 だから早く、私を終わらせて。


「適合せずに腐ってしまった目と脚は捨ててしまおう。なに、案ずることなど一つも無いぞ、我愛しのマリアよ。今から付ける新しいパーツこそ、お前にぴったりな代物だろうからな」


 少し痛むぞ、と言いながら私の皮膚に注射の針を突き刺す目の前の者。そうすれば徐々に私の視界すぐに暗転し、音だけの世界が広がる。

 「じー、じー」と鳴り続ける機械の振動音だけが響く世界。それが内なる私と外の世界を繋ぐモノ。それを厭わしく思いながら、私は救いを望む。

 こんな、どうしようもない私が――あらゆる可能性を秘めていた少女たちを身に纏いながら、その全てを無意味に腐らせ、無価値にする私が――望みを抱くなんてこと、するべきではないのだろうけれど。祈りのような、願いのような、どうしようもない望みを抱くぐらい、どうか許してほしい。

 私は貴女たちを理解しないから、早く私を見捨てて。

 私は貴女たちを無価値に変えるから、早く私を嫌いになって。

 貴女たちは私を許さなくていいから、早く私を、終わらせて。

 私の望みは、たったそれだけだから。

 「じー、じー」と鳴り続ける不快な音に包まれながら、私は再びうっそうとした森へと降り立つ。

 私の中に集わされた少女たちで形成された世界へ。

 私の中に居る少女たちが作り出す、何処からも離れた何処でもない幻想郷へ。




 そして、もう一度。

 終わることを求めた私の、終わる為の日々をはじめよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フランケンシュタインの少女たち 威剣朔也 @iturugi398

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ