シーン 11 【集いし刃】PART1

 その輝きは正義に非ず、悪にも非ず。


 ただ煌々と闇を照らす。


 魔都に紡がれる愛憎の闇──人と鬼の物語を。


――――――――――――――――――――――――――――――

 

 【集いし刃】


 最初に感じたのは、全身に残る僅かな倦怠感。

 上体を起こし頭を左右に振って、隆文は寝呆けている頭を揺り起こす。数秒で呼吸を整え、改めて周囲を見渡したところで自分が見知らぬ廃墟に横たわっていたことに気付いた。


 「これは……」


 古びた木造の床。照明はなく、外から差し込む僅かな光だけが存在する薄暗い空間。周囲に散らばる木片。そして──朽ち果て、打ち捨てられた白骨死体。


 だが、それら全てよりも、壁の割れ目から覗く“外”の光景に隆文は視線を奪われていた。


 東西南北に数キロメートル、長方形に区画された都城。

 中心を走る大路、左右に別れた街並み。

 そして、その北部中央にそびえ立つ綺羅びやかな大内裏だいだいり

 

 “平安京”──いにしえの日本に存在したという大都市が、隆文の目の前に広がっていた。

 

 「元凶がいる場所へ飛ばされるとあの子は言っていたが──まさか“平安京”とはな……」


 一人ボヤきながらも、脳内で状況を整理する。


 今、隆文がいる場所は紛れもない“平安京”──それも明らかに造り物セットなどではない、本物だ。つまり、隆文は平安時代に──隆文が生きている現代から千年近く前の過去へとタイムスリップしてしまったということなのだろう。


 「さて、これからどうしたもんかな?」


 傍らに落ちていた遊無鉄刀ゆないてっどを踵で蹴り上げ、後ろ手にキャッチしながら、隆文はこれからの方針について思案を巡らす。

 

 ここが本当に過去の平安京ならば大きな問題がある。

当たり前と言えば当たり前だが、この時代に隆文の知り合いなどはいない。普段の調査ならば協力してくれる馴染みの情報屋も、個人的な繋がりコネのあるUGN幹部も存在しない。つまりは、これから隆文はこの未知の場所で何のサポートもなしに調査を始めなければならないということだ。


 思わず溜息が漏れ出しそうになる。隆文にとって、こういう調査は鬼門中の鬼門だった。地頭も常識力もそこまで低いつもりはないが、所詮隆文は数週間前まで裏社会にまったく関わりのなかった一般不良学生だ。経験ノウハウ技術テクニックも絶望的なまでに不足している。正直言って、先程無数のオニ達に囲まれた時よりも頭が痛い状況だ。


「こういう時に沙耶が居ればな……」


 新人UGNの隆文と違って、沙耶は年齢一桁ガキンチョの頃からUGNの任務をこなしていた大ベテランである。実際、これまで隆文が関わった事件においても、FHの動向や潜伏先などの居場所を探り当てたのは、全て彼女だ。もし彼女がここに居れば、例え未知の場所であったとしても的確な行動を取ることができるのだろう。

 そんな仮定イフを思い浮かべて──

 

「──アホか、俺は」


 自嘲の言葉とともに前に向き直る。

 あの紅眼の少女は『世界を救えるのは隆文だけだ』と言っていた。未だ名前も正体もわからない相手ではあるがあの言葉に嘘はなかったと信じている。少なくとも、あの少女は心の底から隆文を信じ、託していたのだ。

 

 ならば、ここで立ち止まってなどはいられない。無謀だろうが、非効率だろうが自分の足で“元凶”とやらに辿り着くだけだ。


 迷い、揺れた自らの未熟さを噛み締めながら、隆文は出口を探して歩み出し──

 

 「──ッ!」

 

 全身の神経がざわつくような感覚──間違い様もない、“ワーディング”の気配。

 

 遊無鉄刀ゆないてっどの鞘を握りしめ、隆文は“ワーディング”の発生場所へ疾走する。

 別の場所、別の時代であったとしても、日常の守護者UGNとしての責務を果たすために。


――――――――――――――――――――――――――――――

 

 数百年前、羅城門は正しく平安京という都市の象徴かおとでも言うべき建築物であった。この国最大の都市、その正門に相応しい美しさと威厳。諸外国からの使者すらも感服したというその勇姿は、間違いなく京に住む者にとって誇るべき存在であったのだろう。

 

 だが、それから長きに渡る年月と数度に渡る天災によって羅城門は荒廃していった。二年程前、道長公が法成寺の造営に使う為、羅城門の礎石の幾つかを運ばせた時には、僅かな残骸だけが立ち並ぶ有様だったという。

 

 門の荒廃に伴って、その周辺には“とある人々”が移り住むようになっていった。それは貧富貴賤の差も大きい平安京──その中でも特に貧しく、身分の低い者達。

 彼らは瓦礫や廃材を集め、家屋を建て、小さな集落を──“貧民街”とも呼ばれる場所を作り出した。その生い立ちから様々な“負い目”を持った彼らが生きるためには法の目の届かない住処が必要だったのだ。


 ──だが、法の目の届かぬ場所とは同時に法の守護の外にある場所でもある。故に彼らは様々な脅威に晒されることとなった。

 物盗り、人攫いに人殺し──そして“怪異”の脅威に。

 

―――――――――――――――――――――――――――――― 

  

 「……くっ、どうする?」


 羅城門貧民街。廃材から作られた住居が立ち並ぶその場所で、見習い武士 流星ながせは悩んでいた。

 

 半壊した小屋の影に隠れながら、状況を再確認する。

 流星の視線の先──貧民街の一角、僅かに開けた広場のような場所に複数の影が立ち並んでいた。

 

 「■■■■……」


 人間の耳では聞き取れない──言語化できない唸り声を上げるのは、近頃平安京に出没するようになった“影の鬼”達──その数は八体。

 漆黒の身体に焔のような赤い瞳を光らせ、取り囲んだ“獲物”の隙を探っている。

 

 「ヒッ……、いや……」


 彼らに包囲されているのは見窄らしい衣服を纏った少女──その容姿から察するに、この貧民街の住人だろうか。少女はオニ達が発する妖気に当てられ、自らの身を抱きしめるように震えるしかできない。

 

 「……大丈夫、僕の側から離れないで」


 そんな少女を守るように立つのは、紅葉のような鮮やかな赤髪の少女。自分達を取り囲む異形を恐れる様子もなく、一振の短刀を手にオニ達と相対している。その様子から察するに対怪異の経験を持つ者──おそらくは検怪異使の一員。

 少女達を取り囲むオニ達が動かないのは、彼女を警戒してのことか。その手に握られた短刀には霊力の光を纏っており、彼女の力量を表していた。

 オニと言えども不用意に踏み込めば手痛い反撃を喰らうことになるだろう。

 

 ──だが、その膠着状態は長くは続かない。

 八体で半包囲する形のオニと違い、少女側は二人──否、その背で震える貧民街の少女は戦力に数えるどころか、守るべき対象として赤毛の少女の行動を縛る重荷となっている。僅かでも少女が隙を見せれば、オニ達は二人へと殺到し、その爪牙を奮うだろう。


 腰に佩いた鬼丸の鞘を握りしめながら、流星は思考を巡らす。

 流星の場所から最も近いオニまでの距離は五歩半程。流星ならば一呼吸の間に接敵し、斬り掛かれる位置ではある。

 だが、それを行った場合、今の膠着状態は間違いなく崩れる。そこからどう状況が推移するか──最悪なのは“乱戦状態”になることだ。

 少女達とオニ、そして流星が入り乱れる展開となれば、激しい攻防が発生する。その状況でも、流星や赤髪の少女ならば自らの身は守れるだろうが、あの貧民街の少女はズブの素人──しかも、オニへの恐怖と妖気の圧力で逃げることすらもままならない。

 オニの爪の一発、牙の一撃……どのようなものにしても、防ぐことも耐えることも不可能だ。   

 

 ならば、どうするか。

 必要なのは、乱戦状態へ移行させないこと。奇襲の有利を付ける初撃──その一太刀で、オニ達を壊滅させるしかない。八体のオニのうち、少なくとも三体──いや、万全を期すならば半数の四体を一息に切り伏せることができれば、その後は赤髪の少女と連携し、オニの注意が貧民街の少女に向かないように立ち回っていけばいい。


 そこまで考え、鬼丸の柄を握ろうとして──流星はその手が震えていることに気付いた。

 

 奇襲での敵陣の壊滅。その作戦に間違いはない──ただひとつ、それが流星の能力で可能かどうか疑わしいという点を除けば。

 

 綱や名雪の指導の下、鍛錬を重ねてきたとはいえ、流星は剣士として“大きな欠陥”を抱えている。それは純粋な。流星はまだ年若く、加えて同年代の者と比べても小柄で細身だ。膂力ちから速力はやさも何もかもが不足している。

 無論、流星はただの童女こどもではなく、実践的な剣術を納めた剣士である。歩法や呼吸法などの身体運用である程度はその弱点を補えるが、それを加味してもちち名雪あねのような一流には遠く及ばない。

 故に、流星がこの奇襲作戦を成功させるには自らの限界を超えるしかない。


 静かに──だが出来る限り息を深く吸いながら、意識を集中させていく。


 狙いを定める。オニの集団、その中心やや右。オニ達が比較的集まっている地点。複数体を巻き込むのならば、最適なのは中心に飛び込んでからの回転斬撃──否、あの位置関係では三体以上を巻き込むことは不可能だ。刀身二尺七寸の髭切を最大限に活かした横薙ぎでも間合いが僅かに足りない。

 即座に戦術を修正。剣撃の方針を円弧なぎはらいから、直線きりぬけへと変更。全霊の速力を持って、一直線上に立つ四体のオニを切り捨てる。 

 オニが反応するよりも早く駆け抜ければ成功。だが、もし接敵するまでに反応されてしまえば──その時は流星はオニの迎撃を受けることになる。しかも、急停止すら難しい全力での失踪中に。

 脳裏に浮かぶのは最悪の末路──血溜まりに横たわる自らの骸。

 それでも、

 

 「──怯えるな、恐れるな。流星、お前はあの人から何を託された?」


 あの時、髭切とともに義父から託された願いに答える為に、流星は決死の覚悟で一歩を踏み出して、


 ──刹那、視界せかいを“雷光”が駆け抜けた。


―――――――――――――――――――――――――――――― 


 その瞬間、オニ達の包囲の中心で、周囲に警戒の視線を向けていた明葉は──現在の検怪異使の中でも、飛び抜けた感知能力を持つ彼女だけが、その“雷光”の一部始終を目撃していた。


 その身に紫電を纏い──否、稲妻そのものに匹敵する速度で接敵したは、直線上に立つ三体のオニを初太刀で両断。そのまま速度を緩めず、さらに前方に立っていた四体目のオニを蹴り砕くと同時に、その身体を足場にして真横へと


 奇襲にオニ達が反応するよりも早く、右手に握る刀と左手に握った鞘を翼のように振るって、五、六、七体目のオニの首を跳ね飛ばし、


「──こいつで終わりだ」


 着地と同時に投擲された鞘が、離れた位置に立つオニを──最後の一体の胴体を貫いていた。

 一瞬の後、遠雷のように轟音が──全ては音すらも置き去りにした、電光石火の早業であった。


 明葉の視線の先で、瞬く間に場を制圧してみせた“乱入者”がゆっくりと立ち上がる。


 その手に握られた太刀も、身に纏う黒い衣服も──そして、周囲に残る紫電に照らされる黄金色の髪も、その全てが“異質”。

 その姿は、まるで──


 「……雷、神」


 ──人の姿をとった鳴神いかずちにも見えた。

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