シーン 10 【魔都の守護者達】PART2

 (さて、これはどうしたものかな……)


 周囲のオニと目の前の少女。その双方へ意識を向けながら、宇賀神沙耶は内心で困惑していた。

 戦闘中ひじょうじ故に動揺を外に出してはいないものの、ここまでに起こった出来事の数々は冷静クールな沙耶を惑わせるに充分な内容の連続だった。


 つい先程まで、沙耶はN市の市街地で人の影のような怪物──今、周囲を取り囲んでいるものと同じだ──と交戦中だった。その予想外の強さと数に苦戦しながらも戦線を維持していた中で、突如復讐剣ヴェンデッタが謎の光を放った。光は瞬く間に沙耶を飲み込み──気がついた時にはこの見知らぬ場所に居たのだ。

 支部との連絡が途絶したことに嘆きつつ、と兎にも角にも周囲を探索してみるかと動き出したところで影の怪物と再遭遇、戦闘へ突入した──という顛末だ。

 

 正直言って、全くというほど現状の把握は出来ていない。UGN支部長という仕事柄、沙耶も摩訶不思議な展開には慣れているはずなのだが、今回の事態はそんな彼女の経験でも計り知れない異常事態イレギュラーのようだ。


 肩に担いでいた復讐剣ヴェンデッタを左側方に下ろす──即座に全方位の薙ぎ払いに移行できる乱戦用の構え。周囲に立つ鬼は勿論、目の前に立つ少女も敵ではないという保証はない。一対一対一みつどもえ、最悪の場合は一対二はさみうちも覚悟して、少女の出方を伺う。


 少女の目線が動く。左右の鬼、そして沙耶へと。直後、少女の右手が翻り


 ──背後から沙耶に襲い掛かろうとしていたオニが、大地から突き出したに貫かれていた。


 「……助けてくれたってことは、とりあえずボクの敵じゃないってことかな?」


 「、だけどね。変な真似したらアンタも呪殺ころすから」


 沙耶の問いに不機嫌そうに応じながら、少女はその手に呪符を構えている。

 今、鬼を貫いたのは、おそらく彼女のエフェクト──大地を隆起させ、槍とするその現象は“オルクス”シンドロームに分類されるものだろう。


 “オルクス”は現在発見されている中で、特に不可思議な特性を持っているシンドロームだ。その能力を一言で表すならば、“空間の支配”とでも言うべきだろうか。

 オルクスは“因子”と呼ばれる謎の物質を作成・散布し、周囲の空間・物品へと取り付かせる。彼らは“因子”を介して、取り付いた物品・空間に干渉し、変化させることができる。大地の形状を変え、動植物を意のままに操り、場合によっては“幸運”などという概念すらも捻じ曲げる。

 “因子”の行き渡った空間内のみとはいえ、多種多様な現象を引き起こす技巧派テクニシャン──故にオルクスは“領域の王”とも呼ばれるのだ。


 僅かに垣間見えた少女の底知れない実力に息を呑みつつ、周囲のオニへと視線を移す。

 二人を取り囲むおにの数は十数体。そして、その一体一体が高い戦闘能力を──廃ビル郡に巣食っていたジャーム達など比べ物にならないほどの──を持っている。

 激闘の予感シュミレートに覚悟を決めながら、沙耶は少女に連携を持ちかけて──


 「五行相生めぐれ、ばんしょう──術式:土生金タマハガネッ!」

  

 凛とした声で、詠唱コトバが紡がれた。

 沙耶の視線の先、疾走する少女の両の手に大地から剥離した土塊が集まり、白い輝きとともにへと姿を変えた。

 オニが反応するよりも早く、二筋の剣閃が走る。黒い身体が人の形を失って崩れ落ち、二体のオニが霧散する。


 「なっ……!?」


 沙耶の口から驚愕の声が漏れる。

 今の行動アクション──土塊を金属へと変化させるという現象は、間違いなくオルクスによるものではない。おそらくは、“万能の錬金術師”とも呼ばれる物質変化のシンドローム“モルフェウス”。

 つまりは彼女はクロスブリード──と思考を巡らせる沙耶の姿に、少女は強気な笑みを浮かべる。


 「二人で力を合わせて……なんて考えてたんだろうけど、お生憎様。、アタシ一人で十分なのよ」


 鋼から氷へ。

 氷から花へ。

 花から炎へ。

 少女の手の中で鋼の双剣は、次々にそのカタチを変えていく。そこから繰り出される変幻自在の攻撃に、数で勝るはずのオニ達は次々と斬り伏せられていく。それはUGNの精鋭チルドレンである沙耶ですら完全には見切れない、精密すぎる能力制御レネゲイドコントロール


 「みやこ平安にちじょうを脅かす化生共。お前達を逃しはしない」


 琥珀色の瞳でオニ達を捉え、少女は不敵に微笑む。

 その姿にオニ達が後退る──まるで恐怖でも感じたかのように。


 「我が名は──“今晴明いませいめい玉響たまゆら。さあ、浄滅きえたい奴から、かかってきなさい!」


 ──華々しい宣誓とともに、万象セカイの全てがオニ達へと解き放たれた。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 

 万寿ニ年 平安京。

 衰退を続ける検怪異使の中で、異質な輝きを放つひとりの“天才”がいた。

 安倍晴明が編纂した陰陽五行の術。その全てを習得し、文字通り五行セカイ全種すべてを操るその陰陽師は、数多の尊敬とそれと同量の畏怖を込めて、こう称されていた。


 “今晴明いませいめい”──現代いまの世において、安倍晴明に匹敵する天才カイブツだと。

 

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