シーン 9 【魔都の守護者達】PART1

 放たれる呪言コトノハ森羅万象セカイが牙を剥き、鬼達を調伏する。


 振るわれる大剣ハガネ復讐剣ヴェンデッタが空を裂き、鬼達を鏖殺する。


 交差する双星──異なる時代の守護者達ガーディアン


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 【魔都の守護者達】



 平安京 五条大路──碁盤状に張り巡らされた京のみち、その内のひとつ。日中だというのに雲に覆われた空は薄暗く、人々の往来も疎らであった。

 

 そんな、仄暗い雰囲気が漂うみちを一人の少女が歩いていた。

 歳の頃は、十代半ばほどだろうか。薄暗い曇天の陽の下で、それでも燦然と輝く黄金色こがねの髪。不機嫌そうな視線を周囲に向ける、上物の琥珀のような色合いの瞳。白布に龍の刺繍が施された異国風の衣服。総じて、この平安京みやこには似つかわしくない異質な容姿。

 すれ違う人々からの奇異の目を向けられて、少女──玉響たまゆらは、憮然とした表情を浮かべながら五条大路を進んでいく。


 「チラチラ見てんじゃないわよ、もう……」


 誰にも聞こえないくらいの小声で、悪態をつく。見られること自体に不満はない。自分の風貌が人目を引くものだということは理解しているし、その上で着飾っているのだから。

 だが、見るにしてもこっそりこちらを伺った挙げ句、玉響が視線を向けた途端に慌てて視線を逸らしていく姿は気分が良いものではない。


 しばらく歩いて、玉響は目的地へと辿り着く。

 貴族の屋敷が建ち並ぶ一画。周囲の屋敷と比べて一回りも二回りも大きなその屋敷は所々でとそうが剥がれかけていたり、壁の一部が崩れかけている有様だ。

 五条屋敷ごじょうのやしき──『京の五条にある屋敷』という身も蓋もない通称で呼ばれるこの屋敷は、数十年前から“検怪異使けがいし”の拠点として使われている。

 

 検怪異使とは、京で発生する怪異事件の調査と解決を行う組織である。似通った名前の検非違使けびいしが非違──即ち違法行為はんざいを検める者ならば、検怪異使はその名の通りに怪異かいいを検める者だ。


 この組織がいつ頃から存在したのかはハッキリとしていない。平安京が出来た頃から存在したという者もいれば、遥か昔──神武天皇の代まで遡るなどという眉唾ものの仮説を語る者もいる。だが少なくとも、今から数十年前には存在していたことは確かである。

 

 身分や性別に囚われることなく、能力重視で集められた検怪異使はこの平安京における最強の対怪異戦力で

 しかし、十数年前に別当べっとう(長官)だった五条権大納言ごじょうごんだいなごん──この屋敷の元主人が亡くなってから組織力が急激に低下、最近では一部の貴族から不要論が上がるほどに衰退している。

 現在、検怪異使の人員は二十名弱、その中で怪異との戦闘に耐え得る者は数名程度だろう。玉響はその数名れいがい──現検怪異使における貴重な戦力なのである。


 屋敷へと近付くと、年老いた門兵が視線を向けてくる。顔馴染みである老兵は、子や孫に向けるような温和な表情を浮かべながら玉響へと話しかける。


 「やぁ、玉響の嬢ちゃん。中で、明葉あきはちゃんが待ってるよぉ」

 

 「え、本当マジ? 急がなきゃ!」

 

 砕けた口調で返す玉響に苦笑しながら、老兵は緩やかな動きで門を開く。

 軽く会釈をしながら、玉響は足早に邸内へと入っていく。奥へ進みながら左右を見渡し、石灯籠の傍に目的の人物を見つける。

 玉響が声をかけるよりも一瞬早く、少女が足音に気付いて振り返る。

 

 肩ほどの長さに揃えられた、紅葉のような鮮やかな赤髪。長めの前髪から覗く同色の瞳は、玉響の視線より少しだけ低い──それは玉響が履く高下駄のおかげであり、実際は指二本ほどの差で少女の背が高いのだが。

 『動きやすいから』と実用性重視で袖を落とした衣服から覗く二の腕は羨ましくなるほどに色白で、優しげな瞳も相まって白い子兎のような愛らしい印象を与えてくる。

 この少女──明葉は、玉響と同じ検怪異使で任務における相棒兼妹分のような間柄だ。


 「玉響! よかった……」


 「ごめんね明葉、少し待たせちゃったみたい──って、どうしたのよ!?」


 安堵の表情で駆け寄ってくる明葉──その目元に小さな涙の珠を見つけて、思わず声を荒げてしまう。

 もしや自分が来る前に、意地悪な幹部連中としよりどもにでもネチネチと苛められたのだろうか。そうだったのなら許せない、必ず呪殺ブッコロしてやると息巻いて周囲を見渡すも人影はなし。ならばどうしてと首を傾げる玉響に、慌てた様子で目元を拭った明葉が弁解する。


 「あっ、ごめんね。玉響がなかなか来なかったから、少し不安で……あはは」


 「本当にゴメンネ!!」


 風切り音がするほどの速さで地面に手を付き、頭を下げる。どうやら可愛い妹分を泣かせた不届き者くずやろうは、玉響自身らしい。

 集合時間が午の刻おひるだったからと、出る前に食事をしてきたのが災いした。明葉を待たせた挙げ句に泣かせてしまうくらいなら、干し飯でも齧りながら駆けつけるべきだったのかもしれない。

 慌てながらも優しく玉響を抱え起こす明葉の姿を見つめながら、次は集合時間の数刻前に出発しようと玉響は心に誓った。


 額に付いた泥を拭う玉響の眼前を、小さな影が横切る。視線で追えば、二人の直ぐ側──石灯籠の上に一羽の小鳥が止まっている。

 じっとこちらを見つめる小鳥──否、正確には小鳥ではない。その羽根も、身体も一枚の紙で作られたものだ。

 “式神シキガミ”──陰陽師が行使する疑似生命体。


 「ようやく揃ったようだな」


 式神から響く冷徹な声。それと同時に式神の身体を紫電が覆い尽くし、遠く離れた術者の姿をこの場へと投影する。

 一分の隙もなく陰陽師の正装を着込んだ美女。高い霊力の証明である銀髪。式神越しに玉響達へ向けられる紅瞳ひとみには冷たい感情いろが浮かんでいる。

 彼女こそ検怪異使別当 “銀月しろがねつき”──式神の使役数は歴代最多、無数の式神で京を監視する老獪な女陰陽師。


 「チッ……、よりにもよって性悪婆ババアからの仕事だなんて」


 苛立たしげに吐き捨てる。

 銀月は検怪異使幹部の中で、玉響が一番嫌いな人物だ。検怪異使の権威を優先し、秩序を重んじる彼女と自由奔放な玉響とでは相性が悪すぎる。

 玉響の罵倒ことばに銀月は僅かに眉を顰めるも、そのまま任務の説明を続ける。その冷静さが余計に腹立たしい。


 「今回、貴様達が対処する怪異あんけんは“大江山の鬼共の討伐”だ。“焔太刀ほむらだち”が遺した情報は、既に耳に入れているのだろう?」


 「……ああ、知ってるよ」


 “焔太刀”──その名前を聞いて、明葉と玉響の表情に影が差す。

 大江山の調査で死亡した“焔太刀”の名雪は、二人にとって尊敬できる先輩だった。特に、明葉は彼女のこと姉のように慕っていた。先程、遅刻した玉響を涙ぐんでしまう程に心配していたのも、彼女の死による不安が影響しているのだろう。


 「あの茨木童子に酒呑童子、他にも数体の鬼が大江山に潜んでいる。この急事──検怪異使われらの健在を示すには絶好の機会だ」


 紫電に投影された銀月の美貌が、暗い笑みを形作る。

 名雪ぶかの死や、それを悲しむ二人の様子など眼中になし。その目が見つめるのは鬼達を討ち滅ぼし、京中の称賛を集める検怪異使の未来えいこうのみ。

 平安京みやこの守護者が聞いて呆れる。式神ではなく生身の彼女がここに居たなら、衝動に任せて蹴り飛ばしてしまっていたかもしれない。

 

 「──それで? 大仕事みたいだけど、私達以外に参加する検怪異使はいるの?」


 「……検怪異使から他に参加する者はいない。碌な術式わざも使えぬ者達など、連れて行ったところで弾除けにもならん」


 玉響の言葉を受け、銀月は忌々しげに表情を歪める。

 傲慢で欲深くはあっても、彼女も馬鹿ではない。検怪異使の最大戦力であった名雪を打ち斃すような怪異に対し、“質より量”などといった凡庸な理屈が通じるわけがないと理解しているのだ。

 

 「検怪異使ではないが──“焔太刀”の妹が鬼退治に乗り出したという噂がある」


 「名雪姉様の妹……。確か、流星ナガセ様という方でしたね」

 

 「ああ、そうだ。もっとも姉に遠く及ばない凡才らしいから、戦力としては不充分かも知れんがな。接触や共闘に関しては、貴様達の判断に任せるさ」


 然程の期待も興味もなさそうに銀月は言い切る。

 流星が戦力になれば万々歳、そうでなくても検怪異使外の人員なら使い潰しても懐は痛まない──銀月が考えているのは、こんなところだろうか。


 「指令は以上だ。怪異てきは強大だが、検怪異使われらの未来の為に負けるわけにはいかない。必ずや大江山の鬼を打倒し、検怪異使の健在を京中に知らしめるのだ」


 「りょーかい、やれるだけやってみるわよ」

 「了解いたしました。検怪異使“蛍火ほたるび”の明葉、全霊を賭して解決に当たります」


 粗雑たまゆら丁寧あきは、各々の返答。

 直後、糸の切れるような音とともに電影は消え去り、命令やくめを果たした式はただの紙となってその場に落ちる。

 

 「ふぅ……、相変わらずムカつくババアだわ」


 「玉響、そういう呼び方は良くないよ?」


 咎める明葉の声にも勢いはない。明葉自身、銀月の考えや言い方に不満を覚えている証拠だろう。

 憤りや不安──胸に浮かんでいるだろう、それらの感情を抑え込むように明葉は目を閉じ、


 「……それでも、検怪異使ぼくたちがやるべきことは変わらない。『京に住む人々の暮らしを怪異から守る』──それだけだよ」


 ──揺るがぬ信念おもいを語る。

 検怪異使──それは、京の夜を護る者。その理念と理想を、明葉はどこまでも誠実に信じている。どんなに衰えようとも、どれだけ腐ろうとも、検怪異使は京を生きる人を護る為に存在するのだと。


 決意に満ちたその横顔が、どこまでも眩しくて──眩しすぎて、玉響は頬を掻きながらも背を向ける。つよさに緩んだ表情を、明葉にだけは見られたくはない。


 「まったく、明葉は真面目過ぎるのよ……。近くで見てないと、不安で仕方ないくらいに」

 

 「えへへ……、ありがとね玉響。いつも一緒に居てくれて──力を貸してくれて、僕はすごく嬉しいよ」


 相棒となってから、幾度となく繰り返した会話。微笑みながらも明葉へと振り返ろうとして、


 ──その背筋に、冷たい感触が走り抜ける。

 

 「……ッ!」


 この感覚は紛れもなく妖気──怪異が出現とともに展開する特異な気。

 玉響は周囲へと意識を走らせながら、明葉へと視線を向ける。


 「……」


 視線の先、明葉は両目を閉じて意識を集中させている。彼女の見鬼の才──怪異を探知する能力──は検怪異使の中でも随一と評されている。戦闘能力では玉響や名雪に大きく劣る明葉だが、このような場面での活躍なら彼女の右に出る検怪異使はいないだろう。


 「……影の様な鬼が“視える”。羅城門と……内裏の近辺、それぞれに数体ずつ居る」


 「二箇所同時ってコトね。あいつらも味な真似してくれるじゃない」


 思わず舌打ちが漏れる。

 内裏──即ち主上てんのうの住居、平安京の根幹とも言える重要な場所。当然ながら、怪異の襲撃を放置しておける場所などではない。

 廃墟も同然の羅城門近辺の襲撃など捨て置き、最大戦力で防衛に向かうのが一般的な検怪異使の思考ではあるが……、


 「……玉響、二手に別れよう。内裏の危機はもちろん放っておけないけれど、羅城門の襲撃を無視するわけにはいかない。だって、あそこにも住んでいる人たちがいるんだから」


 ──当然、明葉はその思考を選はない。

 羅城門の近辺に住む人々──京に住む者たちの中でも最も貧しく、最も賎しい者達。その生命も等しく守り抜きたいという意思表示。


 「はいはい……、明葉ならそう言い出すと思っていたわよ」

 

 予想していた通りの言葉に、僅かに苦笑しながらも玉響は頷く。

 元より玉響は自他とも認める“不良”検怪異使、主上おえらいさんへの忠誠心などよりも明葉いもうとぶんの想いに答える方が最優先いちばんだ。


 「……ありがとね、玉響。羅城門の方へは僕が行くから、玉響は内裏の方をお願い!」


 「りょーかい! 無茶しちゃダメなんだからね!」


 分担は一瞬。明葉と玉響は背を向け合い、それぞれの戦場へと駆け出す。

 京の夜を護る者、その役目を果たすために。

 

――――――――――――――――――――――――――――――


 「気配があったのはここら辺ね……」


 先程感じ取った妖気の在処──内裏の近辺へと辿り着いた玉響は、移動用の呪符を懐へと仕舞いながら周囲へ視線を向ける。


 平安宮への被害は見受けられない。縮地──出発地と目的地の距離を縮め、即時の移動を可能とする術──を使用したとはいえ、鬼の襲撃を受けているとは思えない状況。不審に思いながら、探知の網をさらに広げる。すると、

 

 「──西側、これは……戦っているの?」


 内裏の西方──平安京の北西部で、戦闘の気配を感知する。

 一方はおそらく玉響も感知した鬼達だろう。だが、それと戦う人物は一体何者なのか。玉響達を除く検怪異使にも、内裏の守護である滝口ぶしにも、鬼と戦える傑物などそうはいないはず。

 

 疑念と僅かな好奇心を胸に、玉響は疾走を開始する。

 大路を駆け抜け、十字路を曲がる。その視界に、



 ──オニを切り伏せる銀の輝きを見た。



 小路を埋め尽くす影の鬼達──その中心を一人の少女が駆け抜ける。

 

 見たこともない構造の黒い衣服。

 曇天の下で、なお輝く銀色の髪。

 そして──隻腕に握られた鉄塊のような特大剣。


 回転とともに放たれた斬撃は、巨大な草刈り鎌のように弧を描きながら数体の鬼を断滅する。

 鮮血の代わりに、周囲へと飛び散る影の粒子。その中心で、少女はその大剣を小枝のように振るいながら肩に担ぎ直す。


 「へぇ……、この場所には怪物バケモノ以外もいるんだね」


 戦場に似つかわしくない静かな笑みとともに、少女の視線が玉響へと向けられる。

 

 ──血のようにあかくてアカい、その両眼ひとみが。



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