シーン 7【ハジメテの再会】PART5
人目を気にしながら廃ビル群を出てから数十分後、隆文は自分のスマホにメッセージが届いていることに気付く。ディスプレイに表示された
『急な出張が入っちゃった……(T_T) 明日の夜までには帰るから、お家のことよろしくね』
いかにも
この場合の“お家のこと”とは料理・洗濯・掃除・犬の散歩などの家事に加えて、彼女が毎日観ている深夜アニメの録画予約まで含まれている。ジャージ姿にビール片手で深夜アニメに一喜一憂する姿を思い浮かべると、彼女が近隣でもその名を轟かす敏腕弁護士であることが信じられなくなる。
志島家は所謂“母子家庭”であり母親の圭と息子、そして
幼い頃は他とは違う家庭の形に不満を感じていたものだが、今となっては十二分に幸せな家族だと胸を張って語ることが出来る。
実際、圭のような女性が母親でなければ隆文はもっと拗れた性格になっていただろう。弁護士というお硬いイメージに反して、圭の育児方針はかなりの放任主義だった。
隆文の意志を尊重しつつ、一線を越えた時のみビシッと叱る──中学生時代、隆文が喧嘩に明け暮れていた時期ですら「弱い者いじめはするな」「学校はサボるな」としか言わなかったのだから本当に徹底している。
……もっとも喧嘩への寛容性に関しては、圭自身が学生時代に“N高の徹甲弾”とまで評された筋金入りの不良だった過去も影響しているのかもしれないが。
時折煩わしく思うことはあるものの、信頼できる家族──だけど、そんな彼女に隆文は嘘をついている。
現代社会において、オーヴァードが生きるということは嘘を重ね続けるということに他ならない。
例えば、UGNに関わりのない医療機関のお世話になることはできない。血液検査に脳検査でも受ければ、真っ当な医者ならば常人との差異に気付いてしまうことだろう。負傷に関しては軽度のものは“リザレクト”での自己治療、重度であれば
学校の健康診断などに関しても支部から手を回して貰い、検査結果の偽造を行って貰うのが一般的だ。
それが出来ない──もしくはするつもりがないオーヴァードは、人間社会で生きていくことなど出来はしないのだ。
人と同じ姿で人を逸脱した能力を持つ超人──しかも、衝動に呑まれた
オーヴァードと非オーヴァードの共存を創設理念とするUGNが、現状策としてオーヴァードの存在を隠蔽しているのも当然である。
『志島はキミを騙している。もう人間じゃない癖に──同じ力を持った僕らをジャームと呼ぶ癖に、自分達は違うつもりでいるんだ』
『FHではそういう連中のことをこう呼ぶんだ──
脳裏に浮かび上がる呪いの言葉──隆文が巻き込まれた最初の事件において、元クラスメイトのジャームから放たれた残酷な事実。それを否定することは隆文にはできない。
侵蝕率の高低? 社会への適合力?
──そんな言葉だけでは誤魔化せないものが、この世界には確かにあるのだ。
どのような理屈を並べても、自分達は独自のルールの元に
あの時の出来事──紫電を纏う隆文を、
もし圭が隆文の真実を知ったのなら、同じ表情を浮かべるのだろうか。そんな恐怖と不安と不快感が入り混じった感情を、強引に振り払う為に隆文は空へ目を向けて
「──えっ」
──空が、罅割れていた。
――――――――――――――――――――――――――――――
同刻、UGN N市支部。
N市繁華街の中心に建つ、ありふれたオフィスビルに偽装された非日常の前線基地。その中にあるオフィスでは、今日も多くの事務員が様々な業務に追われていた。
UGN支部の仕事は、ジャームへの対応だけではない。そのような
現に、事務員のひとり──“
文章の入力を終え、眼鏡をデスクに置いて大きく伸びをする。それと同時にボタン糸が軋みを上げた気配を感じ、慌てて姿勢を戻す。目線を落とせば豊満な胸に内部から圧されたことで、シャツのボタンが半ば取れかけていた。
「もう……、またキツくなったのカナ?」
キリコは溜息を吐きながら、取れかけたボタンを指で抑え込む。指先が微かに発光し、無から生成された砂のような物体がボタン糸を纏うようにして修復していく。モルフェウス──物質錬成の
(──まぁ、この程度しかできないんですケドね)
オーヴァードであるとはいえ、キリコはあくまで
沙耶や隆文などといった戦闘員とは違って、行使出来る
自分よりも歳下の子供達が命懸けで戦っている状況に思う所がないわけではないが、向き不向きというのは簡単に覆せるものでもない──
自分の不甲斐なさにまたひとつ溜息を吐きながら、モニターに視線を戻そうとして。
──耳を
椅子を蹴って立ち上がり、警告音の発信源である壁際の機械──
「なに、コレ……」
──発生源を示す
一瞬の放心の後、胸ポケットからスマートフォンを取り出して連絡先を選択。最初のアラームが鳴り終わるよりも早く、通話相手──支部長である沙耶へと繋がる。
「“
「N市全域に多数の──いえ、無数のワーディング反応を検知シマシタ! 発生源が移動しているコトから、その全てがオーヴァードであると推測されマス」
機器類への注視を続けながら、状況報告を行う。無数の赤点はまるで樹液に群がる虫のようだ。頬に流れる汗を手の甲で拭いながらも、沙耶の返答を待つ。
「……こちらでも“
返答に混ざり、受話口から響く戦闘音。おそらく、沙耶はこの赤点の正体──ワーディングを展開するオーヴァード達と交戦しているのだろう。
「支部所属の戦闘員の
「了解デス!」
作業の中で、キリコはとある事態に気付く──モニターに表示される無数の赤点、その大多数が同じ場所を目掛けて移動していることを。
すぐさま
「コレは……!」
移動予測地点であるN市廃ビル郡南の区画に表示されるのは、
――――――――――――――――――――――――――――――
最初に動いたモノは“影”だった。
影が揺らめき、境界線を突き破るように黒い“腕”が飛び出す。力任せに大地を掴み、それを橋頭堡として自らの身体を世界へと這い出させる。
その異形は黒い
そして最大の特徴は、額の中央にそびえ立つ角。“影の鬼”とでも呼ぶべき存在が、隆文を取り囲むように立っていた。
“影の鬼”の正体は不明。だが隆文は、鬼達から自身へと向けられる強い殺意を感じ取っていた。間違いない──コイツらは敵だ。
一瞬の思考の後、鞄から
一対多数の戦いは、素早い立ち回りが重要だ。相手に先んじて動き、こちらへ向かってくる敵手の数を削っていく──仕留められる相手から確実に、だ。
隆文の疾走に反応して、鬼達も動き出す。影の鉤爪を引き絞り、迎撃の構えを取る。想像よりも大分速い──単純な
このまま攻撃を仕掛ければ攻撃に合わせた返し技を──所謂“
疾走を中断、前方の鬼の間合いの半歩外で
未だ残る疾走による運動エネルギーを
それだけでは終わらない。振り抜かれた右腕の
空気を揺るがす放電音とともに吹き飛ぶ鬼の身体。その軌跡を見届けることもなく、道路を転がるようにその場から退避する。
直後、一瞬前まで隆文が立っていた空間を影の爪が薙ぎ払った。先程の攻撃に合わせ、隆文の死角から奇襲を狙っていたもう一体の鬼の攻撃である。
回避先の地面を蹴り上げ、跳ね起きる。追い縋るような鬼の追撃を
半身を失った鬼から油断なく距離を取り、周囲を見渡したところで
「なっ……!?」
──隆文の目が、驚愕に見開かれた。
先程、片腕を切り落とされた影の鬼が何事もなかったかのように立ち上がる──それだけではない。
失われた腕が周囲の空間ごと歪み、奇怪な音とともにその形状を取り戻す。
上半身を砕かれた方の鬼も、脚の動きのみで幽鬼のように立ち上がる。同じ様に欠損した上半身を“空間の歪み”が包み込む形で再生。さらに周囲に飛び散った影の肉片のひとつひとつが蠢き──それを核として、新たな影の鬼が複数体出現する。
「──コイツら、本当に不死身だっていうのか?」
思わず驚愕の声が漏れ出す。
これまで隆文が相対してきたジャーム達は、強力なかつ強靭な存在ではあったが
だが、この鬼達は違う。
おそらくは、
UGNの研修で習ったその知識を思い出しながら、鬼達への対処法を模索する。
UGNの任務進行において、戦闘突入前に対象や事件の詳細調査を行うことが
──だがその手法は、既に戦闘が始まったこの状況下では不可能。ならば隆文に取れる手段は、
支部長の沙耶は
一瞬の逡巡の後、左手に握っていた鞘をベルトに固定。空いた左手は
罪なき命を守るためならば、彼女は自らを盾とすることを躊躇わないだろう。
隆文の雰囲気が変化したことに気付いたのか、先んじて影の鬼達が動いた。
──刹那、眩い光が世界を塗り潰した。
戦場を裂く白光。
一閃、ニ閃、三閃──矢継ぎ早に繰り出される光の斬撃が、影の鬼達を次々と両断。切り伏せられた鬼の躯体は地に落ちるよりも早く消滅──影の粒子となって散っていく。
敵手を目指して光の刃は疾走する。軌跡を残しながら駆け抜けるその輝きは、まるで魂そのものが光を発しているようで──ただ、美しかった。
最後の一体が崩れ落ち、光の担い手が──色素が抜けきったような白髪の少女が隆文へと振り返る。
「──ああ、間に合った」
「ひさしぶり、そして……“はじめまして”」
血のような紅い
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