シーン 5【ハジメテの再会】PART3

 N市廃ビル郡 立体駐車場跡地。

 殺意の籠もった視線を向けるジャーム達。常人であるのならば威圧感だけで失神しかねないその状況で、宇賀神沙耶は呑気さすら感じるほどの自然体で立っている。

 その隻腕に武器はない──構えすらもない。

 隙だらけのその姿──その姿にジャーム達は本能的な恐怖を感じて、その動きを止めていた。


 「ふぅ……、膠着状態オミアイって嫌なんだよねぇ。時間ばかりかかって、つまらないし」


 態とらしく溜息を吐きながら、沙耶は相対する三体のジャームに視線を向ける。


 最前列の位置──沙耶から3メートル程離れた位置に立つのは、肉食獣のような異形の右腕を持つ男。おそらくは“キュマイラ”。

 自身の肉体を変化・強化させる異能を持ち、単純な膂力に関しては他シンドロームの追従を許さない白兵戦特化のシンドロームだ。

 

 その側方に立つのは、ボロボロに破れた制服姿の少女ジャーム。その右手には小振りの西洋剣が、反対の左手には取り回しの良さそうな金属製の盾が握られている。

 おそらくは市販品レディメイド遊無鉄刀ユナイテッドのような特注品オーダーメイドと比べれば性能も強度も大きく劣るだろうが、少女のシンドロームや練度次第では驚異となり得るだろう。

 

 最も未知数なのは、二人の後方に立つ少年ジャーム。その手には武装などもなく、外見上の変化も見受けられない。

 だが、少なからず沙耶への恐怖心を表情に浮かべている他二体に比べて、このジャームのみが冷静にこちらの動きを観察し続けている。

 

 (こういう相手が、一番厄介なんだよね……)


 相手の出方を伺い、軽はずみな攻め気を出さない敵は沙耶にとってはやり辛い相手だ。衝動に任せて暴れ狂うジャームならば幾らでもカモにできるが、連携や間合いを考慮して攻めてくるのならば対処を考える必要がある。

 そういう相手には宇賀神沙耶が最も得意とする状況、即ち──


 「──“肉を切らせて骨を断つクソゲー”に持ち込むしかないね」


 肉食獣のような笑みを浮かべながら、開いた右手を真横へと突き出す。

 直後、沙耶の手首から先が“虚空”へと呑み込まれる。沙耶が所持するシンドロームのひとつ──“バロール”の異能エフェクトだ。

 重力操作の異能を持ち、その応用によって時間や空間すらも歪めるバロールにとって『空間の裏側に武器を収納する』などは基本中の基本に過ぎない。


 「出番だよ、“ヴェンデッタ”」


 虚空から引き戻される沙耶の右手──そこに握られた一振りの大剣。

 沙耶の身長を軽く上回る全長160センチメートルの片刃の刀身──厚さも太さも常軌を逸している──には、光の反射によって無数の色が浮かび上がる。鍔や鞘などは存在せず、金属を棒状に削り出したような柄には乱雑に布が巻かれているのみ。

 異様にして異質なこの剣こそ、“その生に祝福をサダルスゥド”宇賀神沙耶の専用武器──復讐剣“ヴェンデッタ”。


 「……ッ!」


 “ヴェンデッタ”の出現に、相対するジャーム達が血走った目を見開く。

 至極当然、なぜならばこの魔剣は彼らジャームにとってのなのだから。

 

 最後方に立つ無手のジャームが動く。左右の掌が前衛二体のジャームに向けられた直後、無色透明の“”が彼らに向かって放出される。それは百分の一秒にも満たない飛翔で、彼らの背中へと着弾し

 

 「「ウオォォォォォッッ!!」」


 ──獣のような咆哮とともに、二体のジャームの身体にが満ち溢れる。

 全身に鎖のように浮かび上がる血管は、彼らの身体機能が限界を越えて活性化させられていることを表している。


 「なるほど、“ソラリス”だったのか」


 “ソラリス”──十三種のシンドロームのひとつ、体内で様々な薬毒を生成する異能。常人を即殺する猛毒も、人体の限界を越えた強化状態へと変える薬も、“ソラリス”は容易く作り出せる。先程、二体のジャームに放たれたものは、彼らを恐るべき“狂戦士バーサーカー”へと変貌させる興奮剤なのだろう。


 名状しがたい咆哮を上げながら、獣腕のジャームが疾走を開始する。一歩ごとにコンクリートに亀裂が走り、瞬く間もなく沙耶との間合いをゼロへと変える。“ソラリス”によって強化されたその身体能力は、最速ハヌマーンに肉薄するほどの速度を実現する。


 振り被られる絶死の獣腕。一瞬の後に突き出される爪は、容易く沙耶の身体を貫くだろう。そんな必殺の一撃に対し、沙耶は


 ──防御ガード回避ドッジを放棄し、ただ無防備にそれを受け入れる。


 轟音とともに、地下駐車場の床を少女の血肉が赤く染める。

 放たれたジャームの一撃は、当然のように沙耶の胴体を直撃。内臓を数個破壊しながら、その背中へと貫通した。


 紛れもない致命傷。紛れもない勝利の証。

 殺戮の衝動に酔うジャームは獰猛な笑みを浮かべ


 「──捕まえた」


 ──その眼前に、満面の笑みを浮かべた沙耶の顔があった。


 笑っている。

 笑っている……?

 ──口の端から血を流しながらも、この敵は……!

 腹部を貫く獣の爪など、無いも同然のように。

 この程度の致命傷など、自分にとっては掠り傷に過ぎないのだとでも言うように。


 本能的な恐怖に駆られたジャームは、咄嗟に腕を引き抜きながら後方へと下がろうとする。

 だが、それよりも早く沙耶が動く。

 地面を蹴り上げ、一歩踏み込み──腹部を貫く獣爪を

 肉と骨が潰れる音が、周囲に響き渡る。負傷を顧みない恐るべき凶行。傷口周囲の筋肉と骨の抵抗によって、ジャームの体はその場へと縫い留められる。


 周囲に血と肉片を撒き散らしながら、沙耶の右手が──その手に握られた“復讐剣ヴェンデッタ”が高々と掲げられる。

 その場へと拘束されたジャームは、恐怖に目を見開き


 ──骨すらも砕断する復讐の刃ヴェンデッタが、ジャームの身体を爆散させた。


 ずるり。

 胴体を失った獣爪が、沙耶の身体から抜け落ちる。蓋となる肉片を失い、傷口から血飛沫が上がる。

 だがその直後、腹部の致命傷は恐るべき速度で塞がっていく。


 “リザレクト”──ほぼ全てのオーヴァードが所持する異能エフェクト。宿主を生かす為に体内のレネゲイドウィルスが発言させる、超常の再生能力。

 沙耶の戦闘スタイルは、それを最大限に利用したものだ。攻撃に対する一切の防御行動リアクションを放棄し、攻撃後の隙に不可避の一撃を叩き込む捨て身のカウンター──超常・異常が渦巻くオーヴァードの戦場セカイにおいても、狂気の域へと踏み込んだ特攻戦術である。


 常人ならば発狂死しかねない激痛。だが、沙耶はそれを歯牙にも掛けない。

 何故ならば、痛みを感じられるのは幸せだから──まだ痛覚が生きているということだから──生命活動が止まっていないということなのだから──宇賀神沙耶はということなのだから!


 その眼に殺意の光を浮かべ、沙耶は残る敵手へと疾走を開始する。狙いは前衛のもう一体──西洋剣と金属盾を構えた少女ジャーム。傷口から流れ出る血を尾のように曳きながら、ヴェンデッタを手に飛び掛かる。


 ジャームが金属盾を掲げると同時に、周囲を囲むように分厚い氷の壁が出現する。

 “サラマンダー”──超高熱と超低温の双方を顕現する、熱力操作のシンドローム。その異能によって出現した無数の氷盾は、なるほど堅牢な防御なのだろう。

 だが、


 「──知ったことか!」


 その程度の防御を打ち破れないものが、UGNの支部長を名乗れるものか。


 ジャームのあらゆる防御行動を無視し、隻腕に全霊の力を込める。

 沙耶が所持するもうひとつのシンドロームは“肉体強化キュマイラ”。先程叩き潰したジャームと違い、肉体の形状変化こそできないが、強化されたその膂力は200を超えるヴェンデッタを軽々と振り回すことができるのだ。

 それだけでは終わらない。“バロール”の重力操作も併用することで、この瞬間のヴェンデッタの重量を数十倍へと増加させる。限界を超えた荷重に右腕の筋繊維が千切れ飛び、骨に罅が入るが──そんなものは些細なこと。


 数十枚のガラスが一斉に砕けたかのような轟音とともに、ジャームの氷盾はその左腕ごと弾け跳ぶ。

 左腕を失った少女ジャームが後退するよりも早く、その軸足を力任せに踏み付ける。骨を砕かれ、コンクリートに沈み込むジャームの足。硬直するジャームの懐へ間髪入れず飛び込み、力任せのをぶち当てて頭部を粉砕する。


 血肉と脳漿が飛び散る視界──その中に、この場から逃走しようとする少年ジャームを見つけ出す。単身では、沙耶へと太刀打ちできないと判断したのだろう。だが、逃走を許すわけにはいかない。この場を逃走したジャームはまた別の場所へ潜伏し、新たな犠牲者を産み出すだろうから。

 コンクリートに突き立つヴェンデッタを引き抜き、その背中へと投擲する。斥力操作の異能エフェクトにより矢のように放たれた剣はジャームを貫通し、駐車場の壁へとその身体を縫い止める。


 生きたまま標本針に貫かれた虫のように、手足をバタつかせて藻掻くジャーム。沙耶はゆっくりとした足取りで、その元へと近付いていく。一歩、また一歩と踏み込む度に治りきっていなかった全身の負傷が徐々に再生していく。


 数秒程かけてジャームの元へ辿り着き、その背中に突き立つ復讐剣ヴェンデッタの柄を握る。迫りくる沙耶にジャームは恐怖の表情を浮かべる。その顔に僅かに笑いかけながら、沙耶は剣先に異能ちからを込める。


 「さよなら──結構、楽しかったよ」


 直後、水風船の破裂するような間抜けな音が鳴り響く。

 駐車情に現れた六体のジャーム──その最後の一体が、血飛沫とともに消滅した。

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