シーン 4【ハジメテの再会】PART2
N市廃ビル郡 立体駐車場跡地。
ジャーム達との間合いを詰めながら、隆文は彼らの装備へと視線を向ける。
前方の一体目、不良風の青年は──大振りな軍用ナイフを逆手に構えている。
ナイフは、N市の不良としては一般的な武器である。入手しやすく、携帯しやすい。素人相手には所持するだけで優位に立てる。だが、不良同士の喧嘩においてはありふれた武器であるとも言える。隆文としても戦い慣れた
その後方の一体、タンクトップにスキンヘッドの大男──その手に握られているのは
そして最後の一体、後方に立つ学生服の少年──その手には
隆文の知識では正式な名前や型番などはわからないが、そこまで大型の物には見えない。N市の不良界隈においても銃器という存在は稀有であり、脅威でもある。銃を敵に回して勝機を掴める不良は存在しない──極一部の例外を除いては。
N市の不良界にその名を轟かす猛者達には、銃器との戦いを制した例外が数名存在する。
“仁義の鉄拳” 相波武。
“隻腕四刀流” 宮本アダム。
“悪魔の微笑” 鈴原凜々。
そして、“血塗れの木刀” 志島隆文──不良時代の隆文の異名。
廃ビル郡での鬼ごっこの時は多数の拳銃が相手だったので逃げの一手を選んだが、それ以外の喧嘩──拳銃持ちとの一対一ならば、覚醒する前から何度か経験している。容易い勝負は一度もなかったが、まぐれだと言い切るほど自信がないわけではない。
視線を巡らし、拳銃を握る少年の手がまだ下ろされていることを確認する。銃口が隆文を捉えるまでの数秒間、それまでに他の二体を制圧できれば勝機はある。
そこまで考えて、隆文は内心で苦笑する。
今考えた考察も戦術も、所詮は人間相手のモノ──N市における
──故に、ここからは
最初に仕掛けたのはナイフ持ちのジャームだ。間合いに飛び込もうとする隆文に対し、半身を捻り上げるような動きで斬撃を仕掛ける。視覚からは
目に見えないタイプの
──志島隆文が常人であるのならば。
疾走する隆文の身体表面に、僅かな紫電が走る。
彼の所持する二種のシンドロームの内のひとつ──“ブラックドッグ”の
オーヴァードの発現する能力は多岐に渡る。
熱エネルギー操作による発火能力。肉体変化や未知の生体器官の作成。脳機能の超強化による並行・超速思考。それらの能力を、特性ごとに分類したものをシンドロームと呼ぶ。
シンドロームは、順次認定された十二種と“
“ブラックドッグ”の能力は、生物の身体に流れる電気──生体電流の操作だ。彼らは電流を増幅し全てを焼き払う雷の槍を放つことも、電磁力を操作し周囲の金属を操ることできる。
だが、この瞬間に隆文が行っているのはそれらよりも遥かに微小で──遥かに繊細な能力行使である。隆文が能力を行使する先は自らの体内──正確に言うのならば、その神経組織。生体電流の微細操作による神経伝達速度の加速。志島隆文という人間を、人外の
だが、それだけでは届かない。ジャームの斬撃──その起点を知覚したところで、それを上回る身体速度がなければ両断されるだけだ。
だからこそ、隆文はもうひとつのシンドローム──“ハヌマーン”の
“ハヌマーン”。
インド神話における神猿の名を持つそのシンドロームには、もう一つの異名が存在する。
“最速のシンドローム”
隆文の体内に、固有の振動波が伝播する。
彼が日常生活を送るため、抑え込んでいた能力──その速度を開放していく。
刹那、隆文の知覚する世界。その全てが減速する。二種のシンドロームの相乗効果によって強化された反射速度は、体感時間すらも変化させるのだ。
減速した世界の中で、隆文は疾走を再開する。視界の先、ナイフを振り上げようとするジャームの姿。隆文の“世界”において、その動きはあまりにも鈍すぎる。
隆文の手が翻る。右手に握られた
鞘の先端──刺突用のスパイクがジャームの顔面を轢き潰し、異音とともに肉片と血を撒き散らしながらジャームは後方へ吹き飛んで行く。
その硬直を狙うように、
だが、隆文は動じない。
振り下ろされる
即座に次の一撃へ移ろうとしたジャームだが、その目が見開かれる。
隆文の手には、鞘から引き抜かれた
驚愕の表情を浮かべ、
だが──
「残念、
隆文の身体が、左脚を軸に回転する。
放たれたのは、
そこで、拳銃持ちのジャームが動く。蹴りのフォロースルー、僅かに硬直する隆文に狙いを定め発砲する。放たれる銃弾を見切り、大きく横に跳ぶ形で避けようとする隆文。その動きを追従するように銃弾が“曲がる”。
おそらくは“オルクス”による空間操作。銃弾周囲の空間を捻じ曲げ、進行方向を変えたのだろう。
向かう先は隆文の胸部、
極限の集中、隆文の眼が飛来する銃弾を捉える。その動き──回転動作すらも見極め、
響き渡る小さな金属音。隆文の心臓を貫くはずの魔弾は、その寸前で切り払われ両断された。
必殺の魔弾を凌がれたジャームは、追撃の次弾を放とうとして
「──ェ?」
その視点が大きく回転する。
視界の中、目まぐるしく変動する天井と床──そして、頭部を失い崩れ落ちるナニモノかの身体。それが自身の
先程放たれた隆文の斬撃は、銃弾への防御動作──だけではない。
超音速で振り切られた刀身は
「三体目、これで終わりだ」
静かに告げる隆文の言葉。
それに続くように、三体のジャームが倒れ込む音が立体駐車場に響き渡った。
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