シーン 3【ハジメテの再会】PART1

 ──空が罅割れていた。


 ──街が燃えていた。


 ──無数の影が日常を侵していた。


 

 砕け散った平穏。

 具現した地獄。

 

 世界の終焉を予感させるような光景の中で



 ──俺は彼女と“再会”した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 【ハジメテの再会】

 

 西暦20XX年。東京近郊N市、廃ビル郡。

 数年前に行われた市の再開発計画から取り残され、無数の廃ビルが立ち並ぶ区画。

 

 穏やかな街並みから切り離されたこの区画には、多くの危険が潜んでいる。

 武装した不良グループ。

 法の目を掻い潜るヤクザ達。

 ──そして、人ならざる“怪物バケモノ”。


 そんなN市屈指の危険地帯を一人の少年が歩いている。

 ツンツンに固められた金髪。不機嫌そうな印象を与える目付き。全身から醸し出される不機嫌さも合わさり、誰がどう見ても不良少年としか思われないだろう。


 そんな少年──志島隆文シジマタカフミは、幾度となく溜息を吐きながら廃ビル郡を進んでいく。

 薄暗い路地に入り、周囲を見渡す。アスファルトの上にはガラス片や乾燥した血痕が散見される。相変わらず、日本のモノとは思えないほどの物騒な風景だ。

 

 前にここに来たのは、確か中三の夏だっただろうか?廃ビル郡に迷い込んだ隆文は、運の悪いことにヤクザによる麻薬取引の現場を目撃。その後、数十分に渡って拳銃持ちのヤクザと命懸けの鬼ごっこをする羽目になったのだ。

 ……本当によく生き残れたものだと思う。もしかすると、その前日に町内会のゴミ拾いに参加したご利益なのかもしれない。


 そんな、想い出トラウマ溢れる場所に隆文がやって来たのには理由がある。

 『N市のヨハネスブルグ』『犯罪被害体験区画』『ぶっちゃけスラム街』……。様々な異名あくみょうを持つこの場所に、隆文を呼び出した知人バカがいるのだ。


 暗い裏路地。地面に散らばったガラス片を避けながら、奥へと進んでいく。

 歩くこと数分、ようやく目的の場所へと辿り着く。


 赤錆が浮き、所々に蔦の巻き付いたフェンス。無数の落書きがされた古臭い遊具。敷地の端に山積みで捨てられた不燃ごみ。辛うじて、元々は公園だったとわかる荒れ地がそこには広がっている。


 その中心、ボロボロに朽ち果てたベンチにその少女は腰掛けていた。

 低めの位置で二つ結びにされた銀髪。薄暗い公園の中で、怪しく輝く真紅の瞳。

透き通るような白い肌。そして、最大の特徴は左腕。赤い縁取りがされた黒セーラー服の左袖は半ばで結ばれ、彼女の動きに合わせてゆらゆらと揺れている。

 隻腕──現実離れした容姿の中で、なお際立つ異質。

 

 少女──宇賀神沙耶ウガカミサヤは、隆文の姿を見つけると小悪魔めいた笑顔を浮かべながらベンチから立ち上がる。


 「遅刻だよ、先輩。デートで女の子を待たせるのは重罪なんだけどなぁ」


 「アホか。遅刻でもないし、デートでもないだろ」


 「ツレナイなぁ……。こんな場所に女の子を一人にする罪悪感とかないのかい?」

 

 「“こんな場所”を待ち合わせ場所にしたのはお前だろうが」


 態とらしく頬を膨らまし、ジト目で見据えながら言葉たわごとを放つ沙耶。

 出会ったばかりの頃はこの言動に惑わされたものだが、数週間も経てばさすがに対処法もわかってくる。適当にあしらいながら、彼女の傍へ歩み寄る。

 

 「……そろそろ要件を話せよ、“その生に祝福をサダルスゥド”」


 意図的に声を落としたその言葉──彼女の異名。

 それを受けて沙耶は薄く微笑み、


 「それじゃあ本題と行こうか、“獅子心王コル・レオニス”」

 

 隆文の異名を──オーヴァードとしての名を呼んだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 昨日と同じ今日。

 今日と同じ明日。


 世界は同じ時を刻み、変わらないように見えた。


 だが──、世界は既に変貌していた。



 二十年前。

 ひとつの輸送機の墜落事故を切っ掛けに、世界中に拡散したとあるウィルス。

 

 『レネゲイドウィルス』

 背教者レネゲイドの名を持つそのウィルスは神の摂理に反逆し、人類を異能を操る超人──オーヴァードへと変える能力を持っていた。


 人智を超えたオーヴァードの異能チカラ。だが、それは人の持つ理性を薪とする禁断の力であった。衝動に飲み込まれ人としての理性を失ったオーヴァードは、欲望の怪物──ジャームへと成り果てる。


 世界を揺るがしかねないその真実は、秘密組織 ユニバーサル・ガーディアンズ・ネットワーク──UGNによって隠匿され、人類の多くは薄氷の上の日常を謳歌している。

 ……かつての隆文のように。


 数週間前、東京都近郊N市。

 穏やかな日常を打ち砕くかのように起こったバスの横転事故。それは、オーヴァード犯罪組織 ファルス・ハーツ──FHによるテロであった。

 

 偶然そのバスに乗り合わせていた隆文は、爆発炎上する車内でオーヴァードへと覚醒した。事件後、病院で意識を取り戻した彼の前に現れたのはUGNのN市支部長──宇賀神沙耶だった。

 

 彼女から語られる世界の真実。退屈でありふれた日常が、多くの命によって護られ続けているものであるかを、隆文は思い知らされた。

 その後、隆文を勧誘に現れたFHエージェントとの交戦やとの死闘を経て、隆文はUGNへの協力を決意する。


 沙耶によって名付けられたコードネーム──“獅子心王コル・レオニス"。

 その名を背負い、隆文は非日常の夜へと立ち向かってきた。

 

―――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 『話を始める前に場所を変えよう』


 そう語った沙耶とともに、隆文は公園近くの廃ビル内へと移動した。移動した場所は──おそらく、元は立体駐車場だったのだろう。広々とした空間には幾台かの廃車が放置され、切れかけの蛍光灯が点滅しながらも周囲を照らしている。


 「今回、ボクが先輩を呼び出した理由はふたつある。まずは……あった、を渡しておきたくてね」


 そう切り出しながら、沙耶の手が肩に下げていたバッグへと突き込まれる。二、三度中を弄るように動いた後、引き出したその手には一振りの刀が握られていた。

 驚く隆文に、沙耶はその刀を投げ渡す。


 「……この刀は?」


 「UGNからの支給品。今まで任務のたびに武器を貸し出してただろ? その手続きも面倒になってたし、思い切って専用の物を用意しちゃったってワケさ」


 沙耶の言葉を受け、受け取った刀に視線を落とす。

 銀灰色に塗装された鞘は先端部分にスパイクが付いており、打突武器としての使用も考えられているようだ。柄に当たる部分は一般的に想像される刀とは違い、テニスラケットのようなグリップテープが巻かれている。握りやすさではこちらの方が上なのかもしれないが、かなり歪な見た目である。


 ゆっくりと鞘から刀身を引き抜き、蛍光灯の光に翳す。

 やや肉厚の刃、刀身は70センチくらいだろうか?見た目から想像するよりは多少重いが、重すぎるという程でもない。


 全体的な印象を一言で纏めるなら『へんてこな刀』になるだろうか。日本刀にありがちな美術品としての美しさには程遠いが、それはこの刀が実用性重視で作られているという証明でもあるのだろう。


 「UGN研究班Rラボによって作られた“オーヴァード用の日本刀”さ。最新の素材と最新の技術がふんだんに取り入れられている」


 右手を腰に当て、自慢気な表情で沙耶が語る。なるほど確かに、今まで任務のたびに支部から借りていた刀剣類とは比べ物にならない代物なのだろう。

 だが──


 「この刀身に刻んである『』ってのはなんなんだよ……」

 

 ──刀の根本には力強すぎる字体で『遊無鉄刀』と刻まれていた。

 その力強さと言ったら、文字の端が刀身からはみ出しているほどだ。あまりに気合を込めて彫り込まれたのか、刀身が薄くなりかけている部分まである。いくらなんでも無茶苦茶すぎる。

 

 「あ、それはこの刀のなまえだよ。『遊無鉄刀ゆないてっど』、洒落てる名前だろ?」


 ……うん、洒落てるイカれてる

 どうやらこの刀の製作者、もしくは企画者は──それと目の前の沙耶このバカも──ネーミングセンスと言うものが欠如しているようだ。


 隆文は引き攣った笑顔を浮かべつつ、刀を鞘へと納め直す。見た目と名前に関しては、不満が赤潮の如く増殖しそうだが、少なくとも性能はいいのだろう。……突き返すのもなんかもったいない。


 「……まぁ、ありがたく貰っておくよ」


 「いやいや、気に入って貰えたようで良かったよ」


 隆文の気持ちに気付いているのかいないのか、ご機嫌な笑顔を浮かべる沙耶。

 そんな様子に溜息を吐きながら、やっぱり文句の一つくらいはぶつけてやろうかと考え


 

 ──直後、背筋が凍るような気配が周囲を包み込む。


 

 「……っ!」


 咄嗟に刀を構え、周囲の様子を伺う。

 間違いない。これは──ワーディングだ。ほぼ全てのオーヴァードが所持する異能エフェクト。レネゲイドの大量放出により、非オーヴァードを無力化させる封殺空間。

 

 「ふふ、ようやく“釣れた”みたいだね」

 

 「どういうことだよ、沙耶!」


 空間を支配するレネゲイドの奔流。

 そんな状況下で、沙耶は涼やかに微笑んでいた。

 

 「先輩を呼び出した理由、そのふたつめがコレだよ。UGNの調査でわかったんだけど、この廃ビルには──」


 落ち着いた声色で話しながら、駐車場の端へと視線を向ける。


 「──“ジャーム”が巣食っているんだ」


 点滅する蛍光灯の光に照らされて、は姿を表した。


 血走った眼。所々が歪み、異形化した身体。そして、一切の理性を感じさせない凶暴な表情。

 人に近しい姿でありながら、人からかけ離れたその存在。

 

 ジャーム。

 レネゲイドウィルスによる理性の侵蝕により、永続的な衝動に呑まれたオーヴァード。自らの衝動を満たす為だけに動く、人の形をした怪物。


 どこからともなく現れたジャーム達は、隆文と沙耶を取り囲むように近付いてくる。

 その数──六体。


 「大漁大漁! 時々殺気を飛ばして、釣り出してた甲斐があったよ!」


 「このアホ女!! そういうのは、事前に説明しとけって!」

 

 愉快げに笑う沙耶バカに毒づきながら、背中合わせでジャームに向かい合う。

 退路は塞がれ、逃走は困難。ジャーム相手には交渉や説得も望めない。

 ならば──


 「さぁ、遊無鉄刀ゆないてっどの実戦テストだ! 半分はお任せしてもいいかな?」


 「やるしかねぇだろ、この状況じゃさ……!」

 

 会話を終えると同時に、覚悟を決めてジャームへと駆け出す。

 N市廃ビル群にて、超人オーヴァード人外ジャームとの戦いが幕を開けた。

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