はじめての〇〇
第1話 はじめてのしゅうしょくかつどう(1)
「なんかいい仕事ないかなー。」
喫茶店ロザリオのカウンター席で、スマホ片手に、就職斡旋サイトの求人を閲覧している。高校中退・17歳フリーターという残念属性をもつ俺は、ただいま絶賛就職活動中。といってもひたすらサイトを眺めているだけで、実際に応募もしたことないし、ましてや面接なんてやったこともない。
今は15時。ランチタイムも終わり、お店は閉店中。
お店の片付けの手伝いも終わったので、店長が手伝いのお礼に出してくれたコーヒーを飲みつつダラダラしながら職探しをしている。
「ムメイちゃん。今のご時世、そんないい職業にありつけるわけないんだから、高望みなんてしちゃダメよー。男なんだから、腹括って、さっさと決めちゃいなさい。」
「店長、働かなきゃなーとは頭ではわかってるんですよ。でも、いまいちモチベ上がらないんですよねー。何をしたいとかも特にないですし。」
「あらー、これだから今の子はやーねー。」
この会話を読んで、店長が綺麗なお姉さんであると想像した方には申し訳ないが、店長の戸籍上の性別は男。つまり、話し口調から分かるとおり、店長はオネェだ。目鼻立ちのはっきりした顔に、高身長で引き締まった体格。肩まで届くほどの長さのサラサラとした黒髪。そして、極めつけは、くっきりした二重に映える青い瞳。お喋りさえしなければ、ただのイケメン。本当にもったいない人だ。
「まぁ、わたしとしてはムメイちゃんがずっとここで働いてくれてても構わないんだけど……。でも、それだと一生最低賃金で過ごすことになるわよ。男としてそれでいいの? 例えば、お金をたくさん稼いで綺麗な女の子と結婚したいとか、そういう欲はないわけ?」
性別の垣根を超えている人に男の矜持について語られるのは、なんとも違和感があるが、言われていることは至極真っ当である。俺が悪うございました。どうせ俺は、プライドの欠片もない最底辺の男ですよーだ。
「もう、なんかそういうのどーでもいいんですよね。高校すら卒業できていないような俺の人生なんてたかが知れてますし」
「あのね、ムメイちゃん。今はそれでもいいかもしれないけど後で後悔しても知らないわよ。新しいこと始められるなんて、若いうちだけの特権なんだから」
「まぁ、店長の言うこともわかりますよ。でも、就職斡旋サイト見ててもピンとくるお仕事ないんですよねー」
「あっ、そうよ。自分で決めるのが難しいんだったら、人材紹介会社にでも行って、ムメイちゃんでもできそうな仕事探してもらったら?」
そっか、自分で決められないなら人任せにしてしまうのもありかな……。その方が楽だし……。
「あっ、でも最近、高収入の職を紹介すると誘い出して監禁し、しまいには、解剖されて臓器を売り飛ばされるっていう事件も増えているらしいわよ。大手の紹介所にもそういう悪徳業者が紛れ込んでるっていう噂だから気をつけなさい」
もし、10年前の日本だったら、治安がとても良かったし、そんなの都市伝説に決まっていると笑っていただろう。でも、厄災後の混乱した今の世界では、そういう悪徳業者がうろついていると言われても全く不思議に思えない。警察組織も半壊状態で未だに立て直せていないから、悪人が野放し状態なのである。そんな怖い話されると、職探しなんてやめたくなくなってしまう。実際、今はお店の手伝いだけで生活できてるし、無理に仕事探さなくてもいっか……。
「ムメイちゃん、今、『じゃあ、職探しなんてやめようかなー。』とか考えたでしょ?」
ぎくぎくぎくっ。もしかして、店長は人の心が読めるスキル持ちなのだろうか。
「えー。そんなこと言われても、どれが悪質な業者かなんて見分けがつかないし、対処しようがないじゃないですかー。」
「そうねー。じゃあ、わたしの知り合いが人材紹介会社を始めたって言ってたから、特別に紹介してあ・げ・る。彼はすごく慎重な性格をしているから、変な業者は入れたりなんてしないだろうし。」
店長は店の奥に行き、一枚の小さい紙を取ってくると、そこに何かを書き込み始めた。
「はい。これがわたしの名刺。それと、ここに書いてあるのが、その人材紹介会社の名前と電話番号。わたしの名刺を渡せばすぐに対応してくれると思うわ。場所はスマホで調べればすぐにわかるから。はい、思い立ったが吉日。今すぐ行きなさい。」
「うーん、まぁ、とりあえず行ってきます。」
しぶしぶ店長から、名刺とメモを受け取った俺は、ひとまず出かける準備をするため、自分の部屋に戻ることにした。店の裏手に周り階段を上がって、3階へと向かう。喫茶店ロザリオが入っている建物の2階から上はアパートになっている。店長は喫茶店だけでなくこのアパートの経営も行なっており、俺はその一室に住まわせてもらっている。部屋に着くとまず、店のお手伝い用に着用していた緑色のエプロンを外し、クローゼットにかける。エプロンの下はただのジャージだったので、さすがにこれで店長の知人に会うのは申し訳ないと思い、面倒だが着替えることにする。着替えといっても、ジーパンとTシャツのような簡素な服しか持っていないので、その中で、比較的新しいものを手にとって着替えた。あとは、肩掛けの革製の小さなバッグに財布とスマホを突っ込んで準備完了。
部屋を出て階段を降りる。階段を降りきったところでちょうど、ケモミミ美少女が店の周りのお掃除をしているところが見えた。
「リサ、今日もお店の外の掃除してて偉いな」
「いえ、店長にはお世話になっていますから。これぐらいやらないと、とても店長から受けた恩に報いることができそうになくて」
「偉いぞー」と言いながら、ワシャワシャと髪の毛をかき回してやると気持ちよさそうな顔をして、尻尾をフリフリとさせる。
このケモミミ少女の名前はリサ。彼女も俺と同様、店長にやっかいになっている喫茶店ロザリオのアルバイターだ。店の外の掃除はリサが自主的に行なっている日課である。言われたことしかやらない俺とは違って、自分から率先して仕事をする本当に良い子なのだ。140cmぐらいの小さな体と頭からちょこんと生えたケモミミが庇護欲をそそる。そして何よりも本当に可愛らしい顔立ちをしている。美しいウェーブのかかった肩までかかるかからないかの長さの金髪ヘア。少し幼さを残した丸みのある顔。猫のような横長の目にまん丸な赤い瞳。
「ムメイさん、どこかに行かれるんですか?」
「あぁ、ちょっと新しいお仕事を探すために、お仕事探しを手伝ってくれる人に会いに行くんだ」
「えっ、ムメイさん。ロザリオのバイトやめちゃうんですか?」
リサが少し悲しそうな顔をしてこっちを見てくる。
「まぁ、新しい仕事が見つかったら、やめることにはなるけど……。」
リサがもっと悲しいそうな顔をしてきた。今度は唇まで噛んでふるふる震えている。ただただカワイイ。この表情をずっと見ているのもいいが、寂しがるリサを安心させてあげないと可哀想だ。
「でも、就職してもこのアパートから出て行くことはないし、いつでも連絡取れるぞ」
「そうですか。それなら毎日、会えますね」
リサの表情がぱあっと明るくなった。俺の目には、リサの背景にたくさんのひまわりの花が咲いたエフェクトが見えた。やばい。今なら、即行で天国まで昇天できそうだ。
「じゃあ、そろそろ行ってくるね」
「ムメイさん、気をつけて行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
名残惜しいが、いい男は潔く女に別れを告げるものだ。
あぁ、それにしても今日のリサもまた一段とかわいかったなー。ケモミミメイド服の女の子に見送りしてもらえるなんて、俺は前世でよっぽどたくさんの善行を積んでいたに違いない。リサを前にすると、デレデレとした危険人物のような気色悪い顔をリサに見せないために普通の顔をキープするのがいつも大変だ。
先程までは行きたくもない人材紹介会社に行かなくてはいけないと憂鬱になっていたが、リサのおかげで一気に気分が軽くなったのだった。
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