みゆきとせつこ

@gingingin

第1話

 お姉ちゃん、悲しいけれど、私にはお姉ちゃんと一緒に過ごした日々の記憶がたくさんあるとはいえないよ。

 だけど、私がまだ小さかったとき、お母さんが「みゆき、せっちゃんのことお願いね」とよく言っていたこと、お父さんからは、「せつこ、お姉ちゃんを見習って一生懸命頑張らないとな」とよく言われたことを、覚えているよ。私は、お姉ちゃんが一緒に居てくれると心強くて、「おねぇちゃんといっしょだからだいじょうぶ」っていつも言っていたよね。

 そして、あの日のこと、今でも忘れられず、はっきりと覚えているよ。

 あれは私が小学生になる少し前のことだったよね。私は泣きながら、お姉ちゃんにこんなことを訊いたよね。

 「おねぇちゃん、せつこだけこのおうちでなかまはずれなの?」

 お姉ちゃんは、いきなりそんなことを言う私に少しびっくりしていたけれど、すぐに私の頭を優しく撫でてくれて、理由を訊いてくれたよね。

 「せっちゃん、どうしてそんな風に思うの?お友だちになにか嫌なこと言われたの?」

 私は泣きべそかきながら答えたよね。

 「だってね、せつこだけね、おなまえにね、ゆきってないもん。ばぁばが、ゆき、ママが、ゆきよ、パパが、ゆきお、おねぇちゃんが、みゆき。せつこだけなかまはずれ」

 お姉ちゃんは、ニッコリ笑って答えてくれたね。

 「もう、せっちゃんたら、大丈夫だよ。仲間外れなんかじゃないよ。だってね、これから小学校で勉強すると思うけどね、せっちゃんのお名前ね、漢字っていうので書いたら、雪って文字が入ってるの。この字はね、せつ、とも読むし、ゆき、とも読めるんだよ。だからね、せっちゃんのお名前にも、ゆき、ってはいってるから、仲間外れじゃないんだよ」

 そう教えてくれたお姉ちゃんの目には、うっすらとだけど涙が浮かんでいたね。

 お姉ちゃんが書いてくれた「雪」って文字を、私は一生懸命真似して書こうとしたけど、お姉ちゃんみたいに綺麗に書けなくて。あの時の私はまだ、漢字っていわれてもよく分かっていなかったけど、お姉ちゃんに「仲間外れじゃないんだよ」って言ってもらえたことで、何より安心することができたよ。

 あの時、私の頭をもう一度撫でてくれて、お姉ちゃんは言ってくれたね。

 「せっちゃん、大丈夫だからね。もう泣かないんだよ。せっちゃんが泣いちゃうと、お姉ちゃんまで悲しくなるからね。そうだ、せっちゃん、良いもの見せてあげるね。ほら、このリュック可愛いでしょ。パパとママが買ってくれたんだよ」

 そう言ってお姉ちゃんが見せてくれたリュックには、私が大好きなピンクのクマのキャラクターがニッコリ笑っていた。私は思わず言ったよね。

 「あぁ、おねぇちゃん、いいなぁ。せつこもそれがほしいよ。いいなぁ」

 お姉ちゃんは、優しく笑って言ってくれたね。

 「もう、せっちゃんもランドセル、パパとママに買ってもらったでしょう。ほら、せっちゃんも、このクマさんみたいにニッコリ笑って。せっちゃんが笑ってくれると、お姉ちゃんも嬉しくて笑顔になれるからね」

 でも、お姉ちゃん、そのリュックを使うことはなかった……。高校の入学式の一週間前に、お姉ちゃん、雪道でスリップした車の事故に巻き込まれてしまって……。


 「せっちゃん、そろそろ出発しないと、遅刻しちゃうわよ」

 「せつこ、入学式から遅刻はまずいぞ。雪だってまだ残ってるんだし、何かあったらいけないから、もう出発するぞ」

 玄関の方から、私を呼ぶお母さんとお父さんの声が聞こえた。

 「わかってるよ。もう行くから」

 私は、リュックをじっと眺めた。あの日と同じように、私が大好きなピンクのクマのキャラクターがニッコリ笑っている。そして、リュックに付いている名札には、お姉ちゃんの綺麗な文字で名前が書かれていた。

 「高山美由紀」

 お姉ちゃん、お姉ちゃんが亡くなった伯父さんのところから、私が二歳のときにこの家にやって来たと教えてもらったのは、私がお姉ちゃんと同じ十四歳になってからだったよ。

 だけど、あの日、お姉ちゃんはもう知っていたんだよね……。お姉ちゃん、ごめんね……。

 私は、正座していた足を少しだけくずして、リュックに付いた名札にあるお姉ちゃんの名前の隣に、ペンでそっと書き加えた。

 「雪子」

 今になっても、やっぱりお姉ちゃんみたいに綺麗な文字は書けない。

 「お姉ちゃん、行ってくるからね」

 涙を手で拭ってから、玄関の方へ向かった私に、お母さんとお父さんの声が聞こえてきた。

 「あの子がいなくなったのが、まだ昨日のことのようなのに……。せっちゃんがもう高校生だなんて」

 「そうだな……。みゆきも、きっと、喜んでくれてるよな」

 私は、涙をもう一度拭った。

 「ごめんね。お待たせしました」

 お母さんとお父さんは、まるで時間が止まったかのように、私をしばらくじっと見つめていた。私を見つめるお母さんとお父さんの目からは、今にも涙が流れ落ちそうになっていた。そして、さっき手で拭ったばかりの私の目からも。

 「……みゆき、せっちゃんのこと、これからもお願いね……」

 「……せつこ、これからも、お姉ちゃんを見習って、一生懸命頑張らないとな……」

 お母さんの目からも、お父さんの目からも、そして、私の目からも、涙がたくさん、たくさん流れていた。

 私は流れてくる涙を手で拭ってから、ニッコリと笑って言った。

 「お姉ちゃんと一緒だから大丈夫だよ!!」


 お姉ちゃん、これからも、ずっと、ずっと、一緒だよ。

 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みゆきとせつこ @gingingin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ