第34話 (R15)

ジュピターを始め、護衛の馬たちも私たちと距離を保ちながら、スピードを落とさず、順調に駆けて行く。

私たち一行は森を抜け、ひたすらラワーレがある西へ向かった。


途中、2つの国を通過(そして3番目の国に入国)する際、ライオネル王は左手の薬指につけている指輪を、そしてマーシャルたちは通行書状を国境兵に見せた。

どうやらその書状は、私の分もあるらしい。


加えて、ライオネル王と私が羽織っているマントは、防寒という実用面のためだけではなく、身分の高さも表しているのだと、国境兵の対応を見て気がついた。

だからライオネル様は国王に相応しい、一目見てすぐ分かる、豪華で高価なマントを羽織っているのね・・・。

でも、私のマントも中々豪華だし、良い布地を使っているはず。

もしかしたらこれも、バーバラ様の形見の御品だったのかもしれない。


私たちは今夜、3番目に到着したインザーキという国に泊まる事になった。

インザーキではちょうど今日から明後日まで収穫祭が催されるらしく、町中に入るとたくさんの人がいて、市場のような店が通りにずらりと並んでいた。


ジュピターに乗っている私は、顔を左右にふりながら、店や人を見物していた。

見たところ、インザーキは祭事が行われていなくても、普段から活気ある町のようだ。



「これが収穫祭なのね。とても賑やか・・」

「ラワーレでは収穫祭をしないのか」

「え?ええ。ラワーレで催される祭事は、国王様御生誕の日に、民が作物や花といったものを王宮へ献上する誕生祭だけです。とは言っても、献上は常にしているので、より多くの献上をするというのが、暗黙の了解となっていて」

「そうか」と言ったライオネル王の声には、納得と嘲笑の響きが込められているように思える。


「作物を豊かに実らせてくれた事、そして無事に収穫できた事に対し、大地や太陽、風といった自然に感謝の意を伝える。それが収穫祭だ。人間は自然の力無くては生きていけんからな」

「その通りですね。実は・・私とフィリップが運営している事業の土地では、祭事までは行きませんが、日ごろから自然の恵みに感謝を伝えるように心がけています」

今度「そうか」と言ったライオネル王の声は、ごく普通の、穏やかな響きをしているような気がした。


その時、馬に乗ったマーシャルが、私たちの方へ駆けてきた。


「ライ王」

「何だ、マーシャル」

「この人の多さっすよ?宿、取れますかね。やっぱ国境兵のススメ通り、国王様の王宮に泊めさせてもらった方が良かったんじゃないすか?」

「俺たちはインザーキを訪問しに来たのではない。たまたまここを通りがかっただけに過ぎぬ。故にわざわざ国王に出迎えてもらう必要はない」

「つまり、国王様方との“ご接待”が面倒くせぇってことっすね。ま、それは分かりますけど」

「それに明日の早朝にはここを発つ。国王を煩わせたくはないし、俺も煩わしい思いはしたくない。もうすぐ日が暮れる。宿を探すぞ」

「その事でしたら」

「何だ、マイ・クイーン」

「どうやらここから近く・・・この先を右に曲がって・・次に見える角を、さらに右に曲がったところに、馬屋もある宿がある、みたい・・・?」


な、何?この情報は!?

インザーキを訪れたのは初めて(もしかしたらロドムーンへ行く際、通過したかもしれないけれど定かではない)というのに、頭の中にそれが流れ込んできたような・・・。


「そうか。ではそちらへ向かおう」

「はっ!」

「もう少しだ、クイーン。しっかり掴まっておけ」

「えっ!いや、でもあの・・本当にそこに宿があるのか、私も分からないのですが・・・」


・・・でも「知っている」という感覚はある、のだけれど・・・。


「行けば分かる。もしなければ他の宿を探せば良いだけの事だ。行くぞ」

「うわっ・・・!」


・・・何か、言った自分だけ、ものすごく驚いた表情を浮かべている気がする。

それにライオネル王もマーシャルたちも、私が言った「意見」を、ごく当たり前のように受け入れているし。

この状況についていけていないのは私だけ、のような・・・。


でも・・そうよね、ライオネル様が言ったとおり、行けば分かる事だし。

なければ「無駄な手間をかけさせてしまってごめんなさい」と謝れば・・・。


と思っていただけに、本当にそこに宿があったことに、またしても言った本人である私が一番驚いてしまった。


「王妃様の感知力、バッチリ働いてますね!しかも部屋空いてましたよ!」

「あ・・・そぅ。お役に立てて良かったわ」と私が言うと、ライオネル王がプッとふき出した。


「そう言うしか思い浮かばなくて・・・」と、申し訳なさそうに私が言うと、その場をとりなすように、「荷物出しましょうか」とマーシャルが言ってくれた。


「後で俺がやる」

「俺たちは隣の部屋を取ってますが、二人で見張りに立ちますので」

「分かった」とライオネル王が言った時、馬たちを馬屋へ置いてきたアールとオーガストが戻ってきた。


「食事を持って来てもらうよう、頼んでおきました。ライ王様にはきじロースト、王妃様には鶏のスープで良かったですか」

「良い」

「10分程で持って来てくれるそうです」

「分かった。では俺たちは部屋へ入る。おまえたちもなるべく体を休めるんだぞ」

「はっ!」

「明日は日の出前にここを発つ」

「分かりました。おやすみなさいませ、ライ王様、王妃様」

「・・・・・・え?」


ライオネル王にクイと手を引かれて部屋の中へ入った私が、最初にふり返って見たのは、扉の向こうにいる護衛の三人が、王と私に向かって礼をしている姿だった。

そして次の瞬間、木の扉がバタンと閉じられ・・・気づいた時には、ライオネル王から唇にキスをされていた。


え?!ライオネル様の端正なお顔が、とても近い?!と思った時にはもう、私はすでに何度も何度も、ライ様と唇を重ね合っていた状態で・・・。


あれっ?!今夜私は、ライオネル様と一緒のお部屋に泊まるの・・・?

あぁそうか、ライ様は私が逃げやしないかと見張りをする気で・・・。

それにしては、性急なキスを何度もして・・・いや、それより、見張りをするのなら、キスなんてしなくても良いのでは?!

でも・・・あぁダメ!

ライ様がやっとキスをしてくれて、私は・・・私の全身が、心が、嬉しい悲鳴を上げている!

しかも・・・。


「・・・メリッサ。メリッサ・・メリッサ・・・」

「・・・んんぅ・・・ぅ・・・んっ、ライ・・・」

「やっとだ・・・」とライオネル様は呟くと、ようやくキスを止めた。


「まだ止めないで!」という気持ちが強かった私は、つい不満の息を吐いてしまった。

そんな私に、ライオネル様はニコッと微笑む。

でも、その顔はどこか切羽詰まり、こげ茶色の瞳には欲望の光が宿っているように、私には見えた。


「やっと、おまえの名を呼べた」

「ぁ・・・ライ様・・・」


ライオネル様にそう言われて、感極まった私の碧い眼から、涙がスーッと流れ出てきた。


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