第35話

ハッと目が覚めた時、私はどこにいるのか、一瞬分からなかった。

けれど右隣にはライオネル様がいる。

途端、ここは宿の一室だと分かり。

そして、部屋に入ってからライ様と何をしたのかを思い出した私の頬が・・いや、全身が、ボッと熱くなってしまった。


婚姻後、初めて迎えた夜と同じように、ライ様は私を激しく、そして優しく、情熱的に抱いてくれた・・・。


大きな体を休めて眠っているライオネル様の温もりを感じた私の心に、いつもの安堵感が広がっていく。

そして、しばしの間、ライ様の寝顔に見入った私は、音を立てないように注意をしながら、そっとベッドから出ようとした、のだけれど・・・。


「マイ・ディア・・・メリッサ」

「あっ」


私はライオネル様に腕を掴まれ、すぐさまベッドへ戻されてしまった。

その上、ライ様は私の背後にこれ以上はくっつけないという程、ピッタリとくっついている・・・ような気がする。


「ご、ごめんなさい。起こしてしまいましたか」

「いや、目覚めていた。おまえが俺を見ているのは分かっていたぞ。視線を感じたからな」

「あぁ、そぅでしたか・・・」

「俺を置いてどこへ行く気だ」

「えっ?あの・・おトイレへ」

「・・・そうか。ならば仕方ないな。場所は分かるか?」

「ええ。そこの扉ですよね?」

「そうだ」とライオネル様は言うと、私を起こしてくれた。


そして、そっと手を離したライオネル様は、私に「歩けるか?」と聞いた。

力が入らず、一瞬よろめいたものの、歩けない事はないはずと思った私は、「大丈夫です」と答える。


「ですが、そのぅ・・・」

「何だ、ディア」

「できれば何か羽織るものが欲しいのですが。この格好では寒くて」


それよりも、ライ様に裸体を見られるのは・・・今更かもしれないけれど、それでもすごく恥ずかしい!


という私の気持ちが、赤らんでいる顔で分かったのか。

ライオネル様は、ニヤリとしながらベッドをおりると、鮮やかな手つきでサッと布団からシーツを取り去り、そのシーツを、私に巻きつけるように着せてくれた。


私の肩に大きな手を置いて、背後から「少しは温まったか?」と聞いてきたライオネル様も、完全なる裸体だというのに、相変わらず熱い体をしているのは、筋肉が常に燃焼しているからなのかしら。


・・・って、今はライ様の逞しい体を感じる事より、先にを済ませなければ!


私は震える声で「はい。ありがとうございました」と答えると、一歩前へ踏み出した。

同時に、ライオネル様は、私の肩に置いていた手を離した。


けれど、そんな私の歩く後ろ姿を、ライ様が見ている。

視線を感じる!


私は少しばかり緊張しながら、トイレの扉を開けた。





私を呼ぶ声音は、体の芯が蕩けそうになるくらい甘くて、視線を感じると言った時の声は、「戯れ」の時のように面白がっていて。

かと思えば、すねたような口調でどこへ行くのか聞いてきたし。

トイレに行くと分かって、納得したように「仕方ないな」と呟いた事から察するに、私がここから逃げると疑っていたのかしら・・・。

逃げたところで行き場がないというのに。

第一、扉の向こうには護衛の誰かが必ずいるはずだから、逃げようがないと思うけれど・・・彼らに、聞かれてしまった・・・わよね・・・。


途端、私の心身は、恥ずかしさでいっぱいに満たされてしまった。


・・・けれど、私はライ様のことが好きだ。

好きな人に抱かれた事に対して、恥ずかしい思いを抱く事はないし、その事に対して恥ずかしいとは思わない。

それどころか、明日殺される運命である私にとって、その事は、最後の、そして最高の良き思い出になる。


でも、私を起こしてくれたライ様の手つきや、「歩けるか?」と聞いてくれた声は、とても優しかった。

それに、シーツを巻きつけてくれた手つきも。

どうやら意識が途切れて眠っている間に、ライ様は私の服とブーツを脱がせてくれたようだし、恐らく体も清めてくれたはず・・・。

その優しさは、「さすが」と言いたくなるような・・とにかく、相変わらずライ様が持っていらっしゃる資質で、私が心を惹かれる要素の一つだ。


結局、ライオネル様の事ばかり色々と考えながらトイレの小部屋から出ると、私の方をふり向いたライ様とすぐさま目が合った。

私は、条件反射のように、体に巻きつけているシーツを両手でギュッと握り、すぐにその手を離した。


出入口のすぐ近くにいたライオネル様は、黒いズボンだけをはいている。

そして、その両手には、湯気が立ち上る桶を持っていた。

室内のあちこちには、蝋燭が灯されている。


「洗い桶だ」

「あぁ・・そのようですね」

「湯浴みをするには時間が遅い。今夜はこれで我慢してくれ」

「え?これ・・私用に、ですか?」


驚きを顔に出しながら聞く私に、ライオネル様はニヤッと笑うと、「多分俺も使うぞ」と言った。


「だが、まだ湯が熱過ぎる。少し冷めるまで、おまえはスープを飲めば良い。ダメだ、メリッサ」

「・・・まだ何も言ってませんが」

「“食欲がない”とか、“食べる気がしない”と、おまえはしかめた顔で言っている」

「ぅ・・・」

「おまえは丸一日以上、何も食べてないのだぞ。スープくらい飲んでおけ」

「・・・はぃ」


ライオネル様の命じるような言い方の中に、気遣いを確かに感じた私が、降参してベッドの方へ歩いて行った、その時。

いつの間にかそこまで来ていたライ様が、ベッドに入ろうとした私の肩を軽く掴んだ。


驚いた私は「きゃぁっ」と小さな叫び声を上げてしまった。


ふり向きざま、「いつの間に」と言った私をライオネル様は無視して、体に巻きつけていたシーツを取り去った。


「なん・・・!」

「それがあるとベッドに入れないだろう?」

「・・・あ・・・そう、ですよね」


私は、右手で両胸を、左手で秘部をかろうじて隠したまま、ライオネル様に気まずい笑みを向けると、すぐにベッドへ入って布団を引っ張り上げた。

同時にライ様は、手に持っている、私から奪い取ったシーツをサッと広げて布団の上にかけると、ズボンを脱いで、私の横に座った。


ズボンを脱ぐ姿も含めて、全てのライオネル様の動きは淡々としていた。

私がそこにいても、全裸姿になる事が、全く気にならないようだ。

まるで、私の事、というより存在そのものを、気にかけているようでかけていないような・・・。


私は隣の逞しい体から発せられる”熱”を、ひしひし感じているというのに。


ライオネル様は私の方を見ようともせず、引き続き淡々とした状態で、ベッドに乗せるトレイを私たちの方へ引き寄せると、「食べろ」と言った。


「少し冷めてはいるが中々美味そうだぞ。それに毒も入ってない」

「えっ?!毒味、されたのですか・・・」

「俺はしていない」

「あぁ・・そぅ、ですよね」


私は気まずい思いを払拭するように、スープを一口飲んだ。

・・・確かに、少々冷めてはいるけれど、とても美味しい。


思わず口元に笑みを浮かべた私は、またスープをスプーンですくった。





・・・今何時なのだろう。

空はすっかり暗くなっているけれど、外からはいまだに賑やかな声が聞こえてくるし、時折、カーテンを閉めている窓辺に、灯りがチラチラと映っている。


「どうした、ディア」

「あ・・っと、もうすぐ出発の時間でしょうか」

「今は夜更けだ。出発までまだ時間はある。おまえは収穫祭を見に行きたいんだろう?」

「いえっ!そんなこと・・・ないです、よ」


最後は自信無さ気に途切れながら答える私を見たライオネル様は、豪快に笑った。


「おまえにとっては初めて遭遇する祭事だからな。見たいと思う気持ちは分かる」

「ですが、私・・たちは、インザーキの収穫祭を見に来たのではないですし。本来の目的は別にありますから」

「その通りだ、ディア。今夜はなるべく体を休める事を優先させよう」

「・・・はぃ」

「ところでおまえは・・いつからベリア族の外見になったんだ?」

「物心ついた時には、すでに碧眼とプラチナブロンドの髪をしていたと記憶しています。でも、ベリア族特有の“能力”を、自分が持っているという自覚はありませんでした。それに、私と亡くなった母以外、同じ外見をした者を見た事もなくて」

「ベリア族は北東の方に比較的多く存在すると聞く。ロドムーンにもエイリークの家族の他、数十名いるぞ」

「そうですか。だからあなたは、私の能力を、私よりもすんなり受け入れているのですね。それに、私よりもベリア族の事を存じているように思います」と私が言うと、ライオネル様はフッと笑った。


そしてライオネル様は、「かもしれんな」と言いながら、私の髪にそっと触れた。

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