第33話

「今からラワーレ王国へ行く。マーシャル・シュミット、アール・ヨハンセン、オーガスト・ロウは俺たちに同行。マーシャル、ジュピターの用意を」

「はっ」

「あの」と聞くレイチェルに、「レイチェル・アダムス。おまえはここに残れ」とライオネル王が命を下す。


「何故ですか!私は王妃様を御護り・・・」

「ラワーレは遠国だ。今のおまえの体には負担がかかり過ぎる」

「ら、ライ王様。まさか、ご存知で・・・」

「知ってるも何も、見てりゃ分かるだろ。ライ王がめい出さなかったら、俺が止めてたところだ。ったくよー、一体いつ俺に言うつもりだったんだよおまえは!」

「・・・何故あなたに言わなきゃいけないのよ」

「子どもの父親は俺だろ!」

「だ、だからって私・・・は、あなたに何も望んでない」

「だが俺はここに戻り次第、おまえと結婚するからな。レイチェル」

「な・・・」


・・・え?レイチェルが子どもを・・・つまり、妊娠しているって事?!

あぁ・・・でもそれで最近、レイチェルの体調が思わしくなかったのね。

と納得しつつ、キスをしているマーシャルとレイチェルを祝福しながら、私は横目で見ていた。


「逃げるなよ。俺の帰りを待ってろ。いいな?」

「・・・ぅ」


泣きながら何度もうなずくレイチェルの、まだふくらんでいないおなかに、マーシャルは優しくキスをすると、靴音を響かせながら力強く歩いて行った。


「ニコ・スターニス。俺の不在中、おまえに王宮内及び国の統治を任せる」

「御意」

「敵が攻めてくる可能性は皆無ではない。それだけは言っておく」

「御意」

「クイーンは俺に同行する」

「えっ?!」


今すぐ公開処刑、ではないの・・・?

まさか、私はラワーレで処刑されるの?!


ライオネル王とニコ、そしてレイチェルの規則正しい足音に交じって、私の慌てる不規則な足音が石畳の廊下に鳴り響く中、疑問と焦りが渦巻く私をライオネル王は全く相手にせず、試しにチラリと王を見ても、無視してそのまま歩き続ける。


「では王妃様の馬を」

「必要ない。ジュピターに乗せる」

「分かりました」

「護衛一番隊を15名選別。その者達に馬車2台を運ばせろ。それから通行証の用意。俺たちは用意が出来次第、先に出発する」

「はっ!」

「行ってらっしゃいませ、ライ王様、王妃様」


怒った響きの口調は変わらなくても冷静になったのか。

それとも、最初から冷静だったのかもしれない。

自分よりも年上のニコに次々と命を下すライオネル様からは、王としての威厳を感じる。


私はライオネル王に腕を引っ張られたまま、別室へ連れて行かれた。







もうライオネル王と私が、今からラワーレへ行く事が知れ渡っていたのか。

部屋に着くなり私が目にしたのは、執事たちや侍女たちが、テキパキと部屋を歩きながら、服等の身の回りの品を、鞄に詰めている姿だった。


「終わったか」

「はい」

「通行証の指輪です」


ライオネル王は一つ頷くと、左手をスッと出した。

そこに指輪を持っていた執事が、王の薬指に素早く指輪を通す。


「ライオネル様、マントを」

「邪魔だ。いらぬ」

「ですが馬車ではなく、馬で行くのでしたら必要かと」

「・・・そうだな」


緋色のシルク地に、金や緑といった様々な色の糸で凝った刺繍が施されている豪華なマントを、喉元で留めてもらっているライオネル王が、私の方へ顎をしゃくったのと同時に、侍女のニメットが、私にマントを羽織らせてくれた。


「さあ。王妃様もマントを」

「あっ、ありがとう、ニメット」と私はお礼を言いながら、ニメットの方を向いた。


私のマントは、今着ているスカートと同じ、濃紺のシルク地で、銀糸で控えめな刺繍が施されている。

ライオネル王のも私のも、雨が降った時のために、それと防寒にもなるフードがついている。


・・・良く考えてみると、このスカートって(ブラウスもだけど)、最後にみた最新予知夢で着ていたのと、全く同じだ。

という事は、もうライオネル王が脇腹を刺されて死ぬ事は、もうないのかしら・・・。


「王妃様、おなかはすいていませんか?もう丸一日以上何も召し上がっていませんよ。出発前に何か食べて行かれませんか?」

「いいの。おなかはすいてないし。それに、仮に今食べてしまうと、馬に乗ったとき、揺れで吐きそうになるかもしれないから」

「然様でございますか・・・」

「時間が惜しい。行くぞ」


そう言って私の手を取ったライオネル王は、サッサと歩き出した。

左手で私の手を握り、右手で羽ペンを持ち、執事の一人が差し出す紙に、何か―――恐らく署名サイン―――を書いている。

鞄を持っている執事たちは、私たちの後に続く。

もちろん、私たちを見送るために、残りの執事・侍女たちも後に続いた。





王宮から外(庭園内)に出ると、そこにはこげ茶色の大きな馬がいた。

その周囲には、マーシャル、アール、そしてオーガストもいる。

彼らは自分が乗る馬の手綱を握ったまま、私たちが来ると、サッと一礼した。


「準備はできたか」

「万全です」

「よし」とライオネル王は言うと、私のウエストを持ち、軽々と抱き上げて馬に乗せる。


そしてすぐに自分も私の後ろに乗った。


「馬には乗れるのか」

「あっ、はぃ・・・」


すぐ後ろに乗っているから仕方がないのだろうけれど・・・両手で手綱を握って、私のすぐ後ろから、耳元で囁かれると・・・これも、周囲に聞かれたらいけないという配慮なのかもしれないけれど・・・でも、配慮なんてする必要はないと思うし。


どちらにしても、ライオネル様の体の温もりを感じてしまって、胸の鼓動が早まらずにいられない!

もうすぐ・・数日後には、この人に殺されるというのに。

私ったら、こんな時にまで心をときめかせてしまっているし。

でも、好意を寄せている男性がすぐ後ろにいるのだから。

これは条件反射のようなもの、なのよね?


その時、「飛ばすぞ。ついて来い!」とライオネル王が力強く言ったのと同時に、馬が駆け出した。

同行する3人は、「はっ!」と返事をすると、私たちの後ろを馬で駆け始める。


「行ってらっしゃいませ!」「お気をつけて!」という声が、背後から微かに聞こえる。

ニメットは大仰に手をふっているかもしれないと思うと、私の口元に笑みが浮かんだ。

けれど私はもう、ここに戻ってくる事はない・・・と思い至ると、笑みはすぐに引っ込んだ。








「おまえは本当に腹が減ってないのか?」

「いえっ。空腹ではありません。それに、ニメットにも言ったとおり、仮に今食べてしまうと、馬の揺れで吐きそうになるので」

「そうか・・・。ジュピターは大きめの馬だが、それでも窮屈な思いをさせてすまないな」

「そんなっ!どうぞ私になどお気遣いなく」


こんな時までライオネル様は優しい。

本当に私に気づかう必要などないと言うのに。


「馬車より馬で駆ける方が早く着く。俺としては、明日中にはラワーレに着きたい」

「え!そうですか・・・でも、このスピードだと本当に明日着くでしょうね」と私が言うと、背後にいるライオネル王が、フッと笑みを浮かべたような気がした。


「それより、ライオネル様は、ラワーレの位置をご存知なのですか?」

「知らぬ。だからおまえに道案内をしてもらうために連れて来た」

「あぁ・・」

「と言いたいところだがそれも違う。ヴィーナが地図を見て位置を確認しながら、ジュピターに念を送っている。これが正解だ」

「まあっ!ヴィーナはそのような事もできるのですか?!」

「何故そんなに驚く。ウルフと話ができるおまえもできると思うが?」

「そ・・・う、かしら・・・?」


私は、動物が何を言っているのかを感じるだけで、しかも動物全般分かるわけではなのだけど・・・できるの?


「そう言えばまだ紹介してなかったな。この馬はジュピターだ」

「あ・・・どうも」

「案ずるな。今夜は宿にでも泊まる。おまえに食事をさせる必要もあるしな」

「ライオネル様。どうか・・・」

「長距離を早く駆けさせるためにジュピターを休ませたいだけだ。おまえの事を気遣ってなどおらん」

「あぁ・・・そうですよね、えぇ」


・・・私のためではなく、ジュピターのため。

それは至極もっともな事だ。

何と言っても、私はただジュピターの背に乗っているだけで、実際体力を消耗しているのはジュピターなのだし。


今は、背後にいるライオネル様の温もりを感じるだけで十分幸せだ。

この温もりを覚えていれば、明日ラワーレでライオネル様に殺されても・・・悔いはない。

ただ、フィリップとシーザー、ラワーレの村人たちの命の保証がちゃんとなされれば・・・私は心から安堵して死ぬ事ができる。


それから私たちが会話をする事は、3つめの国に入国するまでなかった。

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