第30話

ライオネル王は私をベッドに寝かせると、王自身も私の横に寝た。


「どうした、ディア。おまえは昨夜から何も食べてない・・」

「いいえ。そんなことありえない。ありえないわ」

「ディア」

「ありえないの」

「・・・そうか」

「ありえないの!そんな事は起こらない!そんな・・・はずなのに、何故・・・ううぅっ・・・なさぃ・・・」

「いいんだ、ディア」

「ごめんなさい。ごめんなさい、ライ様・・ごめんなさい・・どうか、許して・・・」


体を小刻みに震わせ、泣きながら許しを請う私を、ライオネル王はただ自分の方へ引き寄せ、抱きしめてくれた。

それだけで・・・王の熱い体から発せられる温もりをしっかりと感じるだけで、私に少しずつ安堵感が広がっていく。


でも・・・ありえない。あんな事・・・。


さっき見たあの夢では

恐らくその剣で、ライオネル王は刺されたはず。


周囲に人は誰もいなかった。

という事は・・・私が・・・。


私が、ライオネル王を刺し殺す・・・?


なんて、そんな事ありえない!

あってはならない・・・!


自分が見た夢を否定しながら、ただ泣くばかりの私に、ライオネル王は「いいんだ」と言ってくれた。


「大丈夫だ、マイ・ディア。おまえの事は俺が護る」

「うっ。ううぅ・・・」

「今夜はここで・・・俺の傍でぐっすり眠れ」


そうライオネル王に言われると、何故か大丈夫だという気になる。

それに王の温もりを感じると、私は何故か・・・とても・・安堵する・・・。


ライオネル王の逞しい腕を枕にし、王の熱い胸板に頬をつけて泣いていた私は、いつの間にか眠りに落ちていた。












『メリッサ・・・』

『・・・誰・・・』


ここは・・どこなのかしら。

辺りは白くて・・・雪?が降っているというのに、全然寒さを感じない。

それに、誰もいないというのに、私を呼ぶ声が聞こえて・・・あ、この声・・・以前見た夢で、「聖なる山に選ばれし者」と言っていた声と同じだ。


『宿命は変えようのないもの。そして運命は、生きていく中で起こり得る事。宿命に逆らわず、運命に抗わず。あなたは聖なる山に選ばれし者の一人。その宿命に逆う事無く、近いうちに起こり得る運命に抗う事無かれ・・・』

『メリッサ。愛しい我が子』

『か、母様かあさま・・・?母様!』

『あなたに与えられたを恐れる事は、宿命に逆らうのと同じ事です。力を恐れずに。視えるものを恐れずに』

『でも、一体どうすれば・・・』

『運命に抗わず、ただその流れに身を委ねれば良いの。大丈夫、宿命は変えようのないものだけれど、運命は・・・起こり得る事は、変える事ができます。


真っ白なローブに身を包んだ母の周囲は、黄金の光が照らされている。

それなのに、眩しさは全く感じず、母の顔もちゃんと見えるのは、とても嬉しい・・・。


『メリッサ。あなたは未来を救う明るい光。持って生まれた力を恐れる事なく、しっかりと視るのですよ』

『あ。待って母様!』

『愛しい我が子。私たちは聖なる山から、いつもあなたの事を見守っています。あなたに愛と希望の光を・・・』

「・・・母様・・・!」

「王妃様」


ガバッと上体を起こした私の横には、ライオネル王はいなかった。

でも、ベッドの横に女性―――私と同じ、でも私よりも短いプラチナブロンドの髪と、碧眼をしている―――が、微笑みながら座っていた。


「あ・・・あなた、は」

「初めまして、ですね。私はヴィーナ・ミラー・デロームです。やっとお会いできて、とても嬉しいです!兄のエイリークには、もう会ったんですよね?」

「あ・・ええ。じゃああなたがエイリークの妹さんなのね・・・。私もあなたに会えて嬉しいわ。でも、こんな姿でごめんなさい」


寝起きな上に、昨夜は泣きながら寝落ちしてしまったし。

きっと目は腫れて、酷い顔がもっと酷くなっているに違いない。


「どうぞお気遣いなく。ところで、王妃様はご自分がベリア族だと、兄に言われるまで知らなかったのですよね?」

「ええ。私が生まれ育ったところでは、ベリア族の外見をした人は、私と亡くなった母以外にいなかったし。母からは”ベリア族の能力”のことなど一度も聞いたことがなかったし」

「なるほど。でしたら、ベリアの事や能力について、あまりご存知ないのも納得です。何か知りたい事はありませんか?恐らく、王妃様はその事で一人悩み、慣れない環境で戸惑っていらっしゃるようなので、同族で、且つ同性である私になら、気兼ねなく何でも話せるのではないかとライオネル王がおっしゃって。それでここに来た次第です」

「そう・・・」

「人には皆、プライバシーが必要です。だから王妃様との会話の内容について、私から王には何も言いません。ですので、その点はご安心ください」

「・・あの、私・・・・・・予知夢を見るの。でもそれだけじゃなくて、すでに起こったと思われる出来事も夢で・・・見たの」

「あぁ、なるほど・・・。王妃様は私と同じ、感知力が高いタイプのようですね。それと、透視力と予知能力も。この二つの能力は、私にはほとんどないのですが・・・。まず、“時間”は、人間がこの世界で暮らすにあたって創り出したであると想定してください。その上で、この世界の時間という制限を外す。そうすると、前後・過去・未来、そういった“時間”はなくなり、結果残るのは、今、になります」

「それはつまり・・・」

「つまり王妃様は、夢という世界で、その瞬間ときに必要な出来事を見聞きし、体験しているわけです。すでに起こった出来事、つまり”過去”でも、これから起こり得る出来事、つまり“未来”でも、王妃様の夢の世界では、“今、その瞬間”でしかありません。言い換えれば、起こっていても起こらなくても関係ない、というわけです」

「あぁ・・何となくだけど分かってきたわ。だったら、その夢で見たその出来事が、この世界でこれから起こらないようにするには、一体どうしたら良いの?それより、この・・・予知夢なんて、もう二度と視たくないんだけど・・・」

「先程の時間の概念についてもですが、この世界の未来は、いかようにでも変えられると両親から教わりました。結果は同じでも、そのには多様な種類と方法があるように、そこに至るまでの道のりや方法も、一つではありません。人はそれを”可能性”と呼ぶのです。可能性は一つではありません。だから未来は変えられる。自分の好きなように、自分の方法で創ることができる。未来という言葉は、”運命”と言い換えてもいいかもしれません。生まれた国、種族、性別、といった宿が、自分がどこでどのように生きるか、といった、変える事ができるというより、なのです」

「運命と宿命」と呟いて、思わず微笑む私に、ヴィーナが「どうしましたか?」と聞いてきた。


「さっき見た夢で、亡くなった母からそのような事を言われたばかりなの」

「そうでしたか。今、私が王妃様と、ここでこのようなお話をしているのも、きっと偶然という名の必然的な出来事なのでしょうね」

「ええ・・・あ!それから、その夢で、聞いた事ない声で・・・母以外誰もいなかったのだけれど、“聖なる山に選ばれし者”と言われたわ」

「恐らくそう言われたのは、でしょう。我らがベリア族は、“聖なるヘメル山に選ばれし者”なのですよ」

「あぁ、そうなの」

「肉体がその人生を終えた時、魂は聖なるヘメル山へ導かれると、ベリア族の間では言い伝えられているんです」

「そう・・・あのぅ、ベリア族って・・・人間、なのよね」


疑い深い顔満載で聞く私に、ヴィーナは力強く「もちろんです!」と言った。

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