第31話
「確かにベリア族は、多種族に比べて第六感に長けてはいますが、ただそれだけの事です。中にはその能力に恐れを抱いたり、能力を受け入れられない者もいますが、私たちはれっきとした人間ですよ」
「そう・・よね。もう私ったら・・」
「王妃様は先程、二度と予知夢は見たくないとおっしゃっていましたが。つい最近まで能力があることを自覚していなかったのですから、戸惑うのも当たり前です」
「それで、予知夢を見ないようにする方法ってあるの?」
「うーん・・・多分ありません」
「あぁ、そう」
明らかに落胆した私を励ますように、ヴィーナが私の手を取った。
「今の王妃様は、能力に支配されているような状態です。ですから、それを逆転させるんです」
「と、言うと・・・?」
「能力を、ご自分の意志でコントロールするんです。能力を意志の力で支配するんです。私もそうやって能力をコントロールしています。私だけでなく、他の者達も皆、そうしているはずです。時間はかかるかもしれませんが大丈夫、いつの間にかできるようになっていますから」と言うヴィーナに、私はコクンと頷いた。
「それに先程も言いましたが、可能性は一つではありません。王妃様がご覧になった“未来のビジョン”が、王妃様にとって好ましくない出来事であっても、それは変える事ができます。ビジョンはあくまでも可能性の一つが視えた、という事に過ぎません。加えて、ご自分の意志で能力を支配していると分かっていれば、たとえどんなビジョンが視えようとも、それを恐れずに視る事ができるのではないでしょうか」
「そうね・・そうよね。ありがとう、ヴィーナ。あなたとお話しできて良かった」
「私もです。王妃様がお元気そうになられて、本当に良かったです。ライオネル王もきっと、王妃様のそのような笑顔をご覧になりたいのだと思いますよ」
「あ・・・そう、ね。ところで、エイリークとライオネル王は、幼少の頃から親しくしているのよね?」
「はい、そうです。なので王の事は、私もそうですね・・知っている方だと思います。ああ見えて王は意外と繊細な御方でして。自分が強引すぎる方法で貴女様を娶ってしまったのではないかと、かなり気にしていらっしゃるようです」
「まあそれはー・・確かに、強引というか・・・そうだけど、でも王族の結婚というのは、そもそもそういうものでしょうし」
「もしかしたら王は、貴女様とそれ以上の絆を結ぶことを望んでいるのかもしれませんよ」
そうヴィーナに言われた私は、無性にライオネル王に会いたくなった。
「私も・・・。ライオネル王がどこにいらっしゃるか、あなたは聞いてる?」
「この時間ですと王は公務の合間ですから、多分今は・・・庭園のそうですね・・花壇の方にいらっしゃるかと」
「ありがとう」
「そう言えば、小犬のウルフはレイチェルのところにいると、王から言付かっておりました」
「あぁ、そうなの。本当にありがとう」
「これからも分からない事があれば、どうぞ遠慮なく聞いてください。私が知っている事はお教えします。それからもう一つ。ライオネル王は、ベリア特有の能力に恐れをなしたり、貴女様の能力を知って引く、なんて御方ではありません。王を信頼して、話せる事はお話しても大丈夫ですよ」
ヴィーナは椅子から立ち上がると、優雅にお辞儀をして部屋から出た。
私は、続き部屋の扉を開けて自室に入ると、寝着から服に着替えて部屋を出、王宮内の庭園にある花壇の方角へ向かった。
ヴィーナが言った事は、私が知りたかった事だ。
ヴィーナは、母が夢で言った事を、より分かりやすく私に教えてくれた。
予知夢の事をヴィーナに話して良かった・・・。
夜か明け方に雨が降ったのだろう。
地面が少し湿っている。
そう言えば、昨日の早朝も雨が降ったのよね。
私はふと立ち止まると、周辺の空気を嗅ぐように、鼻をクンクンとさせた。
けれど、やはり何も匂わない。
“雨の匂い”ってどんな匂いなのかしら。
ライオネル様に教えてもらいたい。
ライオネル様・・・。
ライオネル様に会いたい。
そして、私が持つ能力の一つである予知夢の事、何度も見てしまう、ライオネル王が刺されて死んでしまう夢の事を話したい。
少なくとも王は、私が予知夢を見る事くらいは信じてくれると思う。
でも。
そうすると、私がライオネル王を刺してしまう事も言わなければ・・・。
私は、雲一つない青い空を仰ぎ見た。
決断をしなければ。
ライオネル様のことが好きなら、私は・・・。
再び前を見た私は、細く息を吐いた。
そして、自分を奮い立たせるように両手をギュッと握って離すと、また歩き始めた。
・・・全てを話そう。
予知夢の内容も。
ドレンテルト王の企みも。
そして、私は偽ジョセフィーヌ姫であることも。
サーシャの事は無実だと主張して、全て話してしまおう。
ライオネル様のことが好きだから・・・真実を全て話して・・・そして・・・そして・・・。
私がライオネル様を殺してしまう前に、私を殺してもらおう・・・。
どうか、ラワーレの村人たちを無慈悲に殺さないよう、それもお願いしなくては。
と考えながら歩いていると、ライオネル王の姿が、遠目にチラリと見えた。
ライオネル様・・・!
一歩踏み出した私の足は、そこで止まってしまった。
ライオネル王に真実を話す事を怖気づいたのではない。
ただ・・・今は、これ以上ライオネル王の所へ近づいてはいけない、私がここにいると、今、王に気づかれてはいけないと、とても強く思ったのだ。
何故・・・・・・?
その時、私の目の前に、ビジョンが現れた。
『ライオネル様!』
『ディア?!』
あぁ・・・・・・!
そうか。
ライオネル様は、私が声をかけた事で気を削がれて・・・その一瞬の隙をつかれて、脇腹を刺されたのか!
私がライオネル様を刺したのではなかった・・・。
そしてライオネル様は、刺した(と思っていた)私を許すどころか、追手が来る前に逃げさせようと・・・だから「逃げろ」と必死に言ったのだと思っていたけれど・・・そうではなくて。
“本当にライオネル様を刺した者”によって私も殺されないために、「逃げろ」と・・・。
「おまえは生きろ」と、最後の力をふりしぼって、言ってくれたのか。
心の底から安堵し、その場に崩れ落ちそうになった私の体を、誰かが支えてくれた。
「あ・・・エイリーク?」
「王妃様・・・。間に合って良かった。王宮内へ戻りましょう」
「で、でもっ、このままだとライ様が・・・ライ様に言わなきゃ」
「ライオネルなら大丈夫。それに王妃様を見つけ次第、すぐ王宮内へ避難させるよう、ライオネルから命が出ているから」
「王妃様」
「レイチェル」
「エイリークのおっしゃる通り、ライ王様なら大丈夫です。私も一緒に、王妃様を避難先までご案内致します。さあ、行きましょう」
私はエイリークとレイチェルに挟まれる形で、王宮内へ走り出した。
つい後ろを振り返ってしまう私に、エイリークが「王妃様」と呼びかける。
「なに?」
「ライオネルはクマみたいな大柄な体格をしているけど、ああ見えてね、実は意外と敏捷な動きをするんだよ。って、まだ王妃様には言ってませんでしたよね」
「その通りです、王妃様。ライ王様は、屈強な体躯故に動きが遅くなってしまう事が弱点だと早々に気づかれていました。それが戦闘時には致命的な弱点に繋がる事も。それでライ王様は懸命に訓練を重ねて、弱点を克服されたのです。戦争が無い今でも、その鍛錬は欠かしておりません。それにライ王様は、護衛零番隊の誰かと、毎晩剣の稽古をしていますから、剣の腕も確かですよ」
「多分あの
エイリークの言葉を聞いた私は、思わず足を止めた。
「王妃様?」
「エイリーク、あなた、知って・・・」
「知っているというより、僕はあの娘から殺気を感じただけです。そしてライオネルは真実を知りたがっている。王妃様の口から真実を話してもらいたがっている。だから、ライオネルはまだ死にません。もちろん王妃様もまだ死にません。大丈夫ですよ、王妃様。大丈夫だと思いましょう」とエイリークに言われた私は、ただ頷くことしかできない。
「王妃様、あと少しで避難先に着きます。行きましょう」
「・・・分かったわ」
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