第23話

今度の夢は、母がフィリップに私を託している場面も出てきた。

もちろん、当時私はその場にいなかった・・・はず。

だって、フィリップに初めて会ったのは、だったし。

それにしても。「聖なる山に選ばれし者」と言っていたのは一体誰なのだろう。

聞いた事がない声だった・・・けれど、何故か心に染み入るような優しさを感じた。


そして、またライオネル王が血まみれで・・・。

一昨日見た夢の続きのような感じで、それでいて、再現された同じ内容をより詳しく覚えているような・・・ということは、ライオネル様は本当に殺されてしまうの?!


自分の行き着いた考えに、ハッとしたその時。

私の右肩が突如重くなった。


というのも、ライオネル王が私の右肩に、頭を預け寄せてきたから。


いきなり。

突然に。


「なっ、なん・・・?!」

「寝る」

「・・・はあ?」

「昨夜はあまり寝てないんだ。ウィンチェスター卿の視察地に着くまでまだ時間はある。おまえも寝ろ」

「えっ。いやっ」

「おまえも眠れてないのだろ?」

「あ・・・えぇ・・・」


目の下にできているクマは隠しようがないから・・・ライオネル王だけでなく、向かいに座っている、レイチェルとマーシャルにも分かっているはずだ。


「あのー、ライオネル様・・?」

「なんだ」

「申し訳ないのですが、この体勢だとちょっと・・・」

「重いか」

「と言うより、寝づらいです」

「そうか」とライオネル王は言うと、アッサリと私の肩から頭を撤退させた。


と思ったら、今度は私を、自分の方へ引き寄せた。


「寝ろ」

「・・・はぃ」


レイチェルとマーシャルのクスクス笑う声が聞こえる。

二人とも必死に抑えている様子なのは、目をつぶっていても分かる・・・あぁ、ライオネル様の体の温もりを感じると、どうしてこんなに安堵してしまうんだろう。あっという間に眠気が・・・どうか、またあの夢を・・あんなおかしな夢を見ませんように・・・・・・。


呆気なく眠気に負けた私は、ライオネル王の逞しい二の腕を枕にして、すぐに寝てしまった。





『ライオネル様!灯りをお持ちしました』

『・・・そこに置いてくれ。ありがとう』

『いえ』

『何だ。まだ俺に用があるのか?』

『・・・髪を切られたのですね。長い髪もよくお似合いでしたが、短い髪のライオネル様も、とても魅力的ですわ』


髪に触れようとしたパトリシアを、ライオネル王がサッとかわす。

おかげで、パトリシアは伸ばしかけた手を引っこめた。


『言いたい事はそれだけなら、もうここから出ろ』

『まあっ。はこれからなのに。ねぇ、ライオネル様。私、ずっと待っていたのですよ?そのために父様は、貴方に土地を還したのに。なのに貴方は突然御結婚なされるし』

『おまえの父上が俺に土地を還したのは、そんなくだらぬ理由からではないし、おまえの事に関して、俺は誰とも何も約束を交わしてない。大体、おまえは最初から俺の花嫁対象ではない』

『何故ですの?私はもう、れっきとした淑女レディですわよ』


その言葉に、ライオネル王はフンと鼻で笑って返した。


『多少年の差はあっても構わぬが・・俺はおまえみたいな子どもを相手にする気にもならぬ』

『そんな・・・じゃあ何故、王妃と部屋を別にしたんですか!今宵は私と一緒に過ごしたいという配慮からでしょう?私には分かっているのよ、ライオネル様。貴方に相応しいのは、王妃なんかではなく、この私だと』


パトリシアがスッとライオネル王へ近づいた。

そしてライオネル王の逞しい胸元に、両掌を這わせる。


『別に結婚しなくても良いんです。だって、私たちは・・・心がつながっていますから・・・貴方のお相手にあの王妃はちょっと・・・じゃあありませんか?王妃の年齢は存じませんが』


フッと笑ったライオネル王は、体を反転させると、パトリシアを机側に追いやる。

パトリシアは、体を近づけた王の胸板に、顔を埋めるように抱きついた。


あぁ、確かに私は“淑女レディ”じゃないし、恋愛経験も皆無なまま、年を重ねた。だからパトリシアみたいにこんな・・・妖艶な笑みを浮かべたり、“戯れ”を自然に、なんて、とてもできない・・・。


『余計に年齢を感じさせるあの髪・・・そうよ!きっと貴方は罠にはまったのです。そうに違いない。あのベリアの魔法使いが貴方に何かしたんだわ。あぁ、可哀想に。ライオネル様。どうか目を覚まして。私の愛で・・え?ちょっとライオネル様!何を・・・!!』


・・・ライオネル王は、パトリシアの喉元に、ペーパーナイフを突きつけていた。

どうやら机の方に体を寄せたのは、ペーパーナイフを取るためだったらしい。

それを都合よく、パトリシアは解釈をして・・・。


『一度しか言わぬ。よく聞け』

『・・は、ぃっ・・』

『俺はおまえの“愛”など求めてはいない。そして―――これが最も重要な事だが―――俺が自ら選んだ我が妃を侮辱するような所作や言葉を再び見聞きしたら・・・今度は容赦無く刺してやる』

『ヒッ・・』

『分かったか』

『・・・やはり貴方は冷酷な魔王・・・!』

『おまえとの戯れは、非常につまらぬ・・・』

「・・・!?」


・・・・・今のは、何・・・・・?


ライオネル王とパトリシアの”会話”だけでなく、二人の姿や動作、そしてライオネル王にあてがわれた昨夜の部屋の様子までリアルで・・・。


まるで私がその場にいたかのような、臨場感があった。

けど今のは「夢」・・・なのよね?

馬車に乗って、ライオネル王が隣に、レイチェルとマーシャルが向かいに座っているが、今起こっている「現実」なのよね・・・。


「・・・俺も寝不足なんだよ」

「そうみたいね」

「勘違いすんなよ、アダムス!昨日はライ王に呼ばれて、また剣の稽古につき合わされて・・ライ王!いい加減寝たフリ止めて、俺のアリバイ証明してくださいよ!」

俺を起こすな」

「思いっきり起きてるじゃないですか!」

だ」

「来たよ、不機嫌なクマ王」

「おまえも起きたようだな」

「あ・・・」


上からライオネル王の声が聞こえる。

そしてまた王の腕を枕にして、ぐっすり寝てしまった!

・・・けど私、寝言、言ってないわよね?


「あのっ。私、どれくらい寝て・・・」

「20分程だろう。まだ目的地に着くまで時間はあるから、寝ても良いぞ」

「いえ・・・?」

「どうした、マイ・クイーン」


右手の自由が利かないと思ったら、ライオネル王と手を繋いでいた!


「ちょっと!手を離して下さい!」

「繋いできたのはおまえの方じゃないか」

「何故分かるの?貴方だって寝ていたくせに」

「気配でな」

「まあ。なんて理屈!」

「俺は寝起きは理屈っぽくなるんだ」


ニヤニヤしながら言うライオネル王の“理屈”に、ついふき出してしまった。

つられるように、レイチェルとマーシャルも笑う。


その時、何かを感じた私は、笑うのをピタッと止めた。


「どうした、ディア」

「・・・何か来る」

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