第22話

「周囲からは猛反対を受けた、と言うより、私が本気だと信じている者はいませんでした。皆、“何をふざけたことを抜かしているんだ”と、冷めた目で私を見ていた。そんな中、私の“戯言”を真面目に聞いてくれたのが、ライオネル様と、今は亡きレオナルド様でした」

「まあ・・・!」

「“大志を抱き、情熱を燃やす事に、男も女も関係ない、たとえ自分が選んだ道が険しくとも、それが誰かの役に立つ事ならば精進すれば良いではないか”と言うのがレオ様の言い分で。そしてライ王様からは、“もし騎士になりたいのであれば、トップ10位内の成績を保ったまま学校を卒業せよ”と言われました。曰く、騎士とは体と頭を同時に働かせる職業なのだと。故に、賢くなければ騎士になる資質がないとみなされるんです。これは性別に限らず、ロドムーンで制定されている騎士となるための資格の一つでもあります」と説明してくれるレイチェルに、私はウンウンと頷いた。


「それからの2年間、私は学年首位の成績を保ったまま、無事学校を卒業をし、騎士養成学校へ通える資格を得ました。そして、それからの2年間は、騎士養成学校へ通いながら剣術を始めとした様々な武術を学んで腕を磨き・・・。あの頃の私は、優れた騎士になることを目標に、毎日ひたすら勉強と稽古に励んでいました」


遠くを見るように、懐かしむ口調でサラリとレイチェルは言ったけれど・・・。


「並の努力では、ここまで上りつめる事はできないでしょう?」

「そうですね。騎士といっても、レベルはピンキリですが、ロドムーンの騎士レベル基準は、他国に比べて高いほうだと自負しております。王妃様を御護りする程のレベルの騎士だと尚の事。だから私が女性初の護衛一番隊に所属になった時はもちろん、一番隊の中でも、特に優れている騎士5名で結成される、護衛零番隊の一人に選ばれた時も、周囲のやっかみはそれはもう・・・呆れる程すごかったですよ」


なんて、笑い話のように話すレイチェルだけれど、実際酷かったのだろうと、容易に想像がつく。

恐らく騎士養成学校へ通っていた頃から、それは始まっていたのかもしれない。


「騎士の世界において、女である私は邪魔な存在でしかないんです。それなのに、自分よりも私の方が騎士として優れていると認めたくない男たちに、何故けなされ続けるのか・・・。私はとっくに婚期を過ぎた行き遅れの身ですが、そういう男たちを間近に見ていると、結婚に甘い夢を抱くなんて、無駄以外の何物でもないと早々に悟ったし。何より、こんな・・男勝りで行き遅れの私と結婚したいと思うめでたい男は、世界中のどこを探してもいないでしょうけど」

「そうかしら。マーシャルは、何気にあなたの事が好きなのだと、私は思うけど?」

「違いますよっ!マーシャルにとって女という存在は・・・飾りみたいなものです。そう。飾りのように愛ではするけど、決して心から愛そうとはしない。 “世界で一番慈悲深い男”なんて自分で吹聴してるけど、私からしてみたらマーシャルは、“世界で一番無慈悲な男”でしかありません・・・でも騎士としての腕は確かですから!」


ああ言っておきながら、必死で弁護をするレイチェルは、やはりマーシャルの事が好きなのだろう。

その、誰かを想う―――特に恋をする―――気持ちは、今の私にもよく分かる。

時に胸が苦しくなる程、切ない気持ちに陥るのよね・・・って、あれ?

これは・・・私、もしかして、ライオネル様に、恋を・・・・・・?!


自分の行き着いた考えを否定するように、ブンブン顔を横にふった勢いがありすぎたからなのか。

ふってる途中で、「クシュン!」とくしゃみが出てしまった。


「王妃様。ここは冷えますから、そろそろ部屋へ戻りませんか?」

「ええ、そうね・・」


機転の利くレイチェルの「誘い」に便乗させてもらった私は、ギータを抱いたまま、スクッと立ち上がった。


「ギータは暖かいけれど、確かにここは・・冷えるわね」

「ええ。王妃様?」

「なあに?」

「私は、貴女様のような御方に御仕えすることができて、とても光栄に思うと共に、心から嬉しく思っております」

「え。あの、ちょっと、何を改まって・・」

「先程も申しました通り、未来の王妃様を御護りする事は、私の目標でもありました。そのために騎士になったのですから。それが叶っただけでもとても嬉しい事なのに、貴女様がロドムーンに嫁がれてから、ライ王様のが増したような気がします。もちろん良い意味で、です!」

「・・・そう、なの?」

「はい。ライ王様は周囲の憶測をものともせず、自分の信念を貫く強さがあるが故に、“魔王”と呼ぶ者もいますが―――それも、畏怖と恐れの両方ありますが―――同時に自らをわざと孤独に追いやると言いますか・・・。王子として、そして今は王としての威厳を保つためかもしれませんが。とにかく、誰にも近寄らせないバリアみたいなものを、常に広範囲に張り巡らせているようなところがあって。そして、どこか冷めた目で、御自身とこの世界を見ている部分もあるように思えて。それでいて、いつも民の幸せを優先して考えているために、御自分の事は常に後回し状態で。でも、貴女様との婚姻が決まって以来、何かと貴女様の事を気遣われるようになって」

「え?という事は・・・私がロドムーンに来る前から、って事?」

「・・・ここだけの話ですが。ライ王様は、グルドの男特有の屈強な体躯を見て、貴女様が恐れはしないかと、密かに案じておりました」

「まさかそんなっ」

「ちょっと筋肉を落としたほうが良くないか?と、真顔で私に聞いてきたくらいですし」

「あ・・・そ、うなの・・・」


あのライオネル様がね・・・ぇ。


「今までは御独りで居る事を好まれていたライ王様ですが、今は、御自分の事を大切に扱い、そして貴女様に気に入ってもらう事を人生最大の楽しみにしている様に、私には見えます」

「うーん。それはちょっと違う気が・・・だって、今だって、パトリシアと・・・」

「は?パトリシアって・・あのワガママな意地悪令嬢の事ですか?」


レイチェルのある意味的を得た言葉に、私はついプッとふき出してしまった。


「え。えぇ、まぁ・・・。だから、ライオネル様は私の事なんて、気に入ってはいないのよ・・あ、でもこれは、ここだけの話にしておいてね?」

「はい・・・あのぅ、差し出がましい事を承知で、あえて申し上げますが。王妃様は勘違いをなされていると思います。たぶん・・いえ、きっと」

「・・・そうね」

「本当に。だって、ライ様は貴女様に夢中ですから」


レイチェルを安心させるように私は微笑むと、「ありがとう」と言って、ギータを渡した。


「本当はギータと一緒に寝たいんだけど・・・やっぱりダメよね」

「残念ながら」


私はキュンキュン鳴くギータを優しく撫でると、レイチェルにも「おやすみなさい」と言って、扉を閉めた。













『・・・聖なる山に選ばれし者・・・』

『・・・この子は、未来を救う明るい光。私亡き後、どうか、この子を・・・』

「ぅ・・・かぁさ、ま・・・・・・」


フィリップも。行かないで!まだここにいて・・・!


『・・・逃げろ・・・』

『ら・・ライオネル、様・・?』

『走れ・・ここから、逃げるんだ。早く・・・!』

『・・や。嫌です!あなたを置いて行くなんて、そんなことできな・・』

『行け。早く・・・行け!おまえは・・・・だ・・』

「いやぁ!」


・・・また・・夢・・・・・。

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