第21話

「だ、ダメ・・やっぱり、ダメです」

「何を恐れている?俺はおまえを殺したりはしない」

「分かってます!そんなこと・・私・・・私だって・・・」


顔を左右にふりながら数歩後ずさった私は、パッと踵を返すと、扉の方へと歩き出した。

そして、ノブに手をかけたその時。


「おまえが恐れている事は、おまえの“能力”と関係があるのか?」とライオネル王が聞いてきた。


思わずノブに触れている手が、ビクンと跳ねる。


「どうなんだ?マイ・ディア」

「・・・いいえ。関係はありません。だって私・・・私は“能力”なんて持ってませんから」


どうにか普通に「おやすみなさいませ」と言えた私は、扉を開けて、ライオネル王の方を見向きもせずに閉めると、ズンズンと歩いた。

そして、サッと自室に入ると扉をバタンと閉め、背をそこに預けた。


「・・・よかったのよ、これで。よかったのよ・・・ぅ、ううっ・・・」


私はズルズルとその場に崩れ落ちながら、泣きたいだけ涙を流した。

誰にも悟られないよう、静かに、一人で。


・・・怖い。でもこれは私一人でどうにかしなければ・・・。

でも、もしライオネル王に夢の事を話してしまえば、罪の意識から解放されて、あんな夢を見る事もなくなるかもしれない。

いっそのこと、ドレンテルト王の企てまで、真実を全て話してしまおうか。

とまで思い詰めたけれど、やはりそこまではできないと、思い留まる。


ひとまず泣き止んだ私は、顔を洗うために室内にある洗面所へ行き、顔を洗った。

そして、フカフカなベージュ色のタオルで濡れた顔を拭き、鏡に映る自分の顔を、じっと見ること数秒。


・・・夢の内容くらいだったら、言ってもいいのでは?

そうよ。ライオネル王に真実を全て話す必要はない。

そして怖いと正直に認めれば・・・もしかすると、王は私と一緒に寝てくれるかもしれない・・・。


意を決した私は、タオルをそこに置くと、また自室の扉を開けた。

そして一歩踏み出そうとしたその瞬間。

ライオネル王の部屋の扉をノックする、パトリシアの姿が見えた。


そしてノックをして数秒後。

右手にランタンを持ったパトリシアは、ノブを回して・・・部屋へ入っていった。


入る前、私の方に視線を向け、勝ち誇ったようにニヤッと笑って。


・・・やはりパトリシアが、今から行う“仕事”の相手だったから、さっき私が突然押しかけた時、ライオネル王は落胆した顔をした・・・いや。

実のところあれは、迷惑そうな顔だったのかもしれない。

そうよね。

もしそこでパトリシアと鉢合わせしてしまったら、3人共良い気はしないでしょうし・・・。

「一緒に寝たいんだろう?」とか言っておきながら、王本人にはその気すら無いと言うのに、私ったら・・・自分の恐れを無くす事ばかり考えて・・・。


一旦部屋へ戻った私は、ピンクの絹ガウンを脱いで、外出用の上着をあらたに羽織り、ブーツを履くと、静かに部屋を出た。













公爵邸の裏庭を、あてもなくブラブラと歩いた私は、そこで見つけたベンチに腰かけた。

途端に、私の口からため息がこぼれる。


日が暮れてしまった今は、ざっと見ることしかできないけれど、公爵邸の庭には、色とりどりの花が植えられていて、手入れも行き届いているようだ。

今度、時間がある時にでも、王宮の庭を散策してみようかしら・・・バーバラ様がこよなく愛された花壇を見て、何も考えずに手入れに没頭すれば、少しは気がまぎれるかも・・・いや。

その前に、ライオネル王がそれを許してくださるかどうか・・・。

疑惑満載の私を、常に目の届く所に置いておくか、それが叶わなければ、私がどこで何をしているのか、常に把握しておきたいようだし・・・。


足をブラブラと前後に揺らしながら考えていたその時、キャンキャン吠えるギータの声と、手をふりながら「王妃様!」と私を呼ぶレイチェルの姿が見えた。

小さなギータを抱きかかえたレイチェルは、小走りに駆けてくると「こちらにいらっしゃいましたか」と言った。


少し息切れしているところを見ると、私を探し回ったのだろう。

レイチェルは私の護衛をしてくれているから・・・もし私を見失ったら、彼女はきっと、自責の念に駆られるに違いない。

それ程レイチェルは、責任感が強く、自分の仕事に誇りを持っている女性だ。


私はレイチェルに「ごめんなさいね」と謝ると、隣に座るよう、手で促した。

レイチェルは一瞬だけ躊躇したものの、「では」と言って、隣に座ってくれた途端、ギータが私の膝にモソモソと移動してきた。


「あなたに行き先を告げないで」と私は言いながら、ギータの頭や耳元を優しく撫でる。

キューンと嬉しそうに鳴く声までシーザーそっくりで、つい私の顔に笑みが浮かぶ。


「いえ、いいんです。王妃様の事ですから、きっと館の敷地内にいらっしゃるだろうと察しはついていましたし」

「そう・・」

「とにかく、ギータを連れてきてよかった」

「え?」

「本当は途中で会ったんですけどね。王妃様は少しその・・気分が沈んでいらっしゃるように見えたから・・・ってすみません!出過ぎた事を言ってしまって!」

「いいのよ。確かに沈んだ気分だったから。でも、ギータとあなたがそばにいてくれるおかげでだいぶ癒されたわ。ありがとう」

「いえ・・・」


少しはにかんだ顔で笑顔を向けるレイチェルは、アーモンド形の目元が涼しく、整った顔立ちをした、魅力ある女性だ。

こんな華奢な体型をした女性が騎士だとは・・・鎧を着ていなければ想像すらつかないわ。


「ねえ、レイチェル」

「はい?王妃様」

「あなた、夕食はもう済ませたの?」

「はい。オーガストと視察2番隊の6名と一緒に、町のレストランで」

「そう・・・。視察隊の人たちは、今夜は宿に泊まるのよね?」

「はい。他に、アールと・・マーシャルも」


マーシャルの名を呼んだとき、なぜか躊躇したような気がした。

それで、畑での出来事―――とても悲しそうなレイチェルの後姿―――を思い出した私は、思いきって聞いてみることにした。


「あなたはマーシャルのことが好きなの?よね」

「えっ!いえ!あの・・・先輩騎士として、そして護衛一番隊の隊長として、もちろん尊敬はしています。彼の優れた剣術は、まるで空を舞うような軽やかさで。見ていてウットリする程のため息モノですし。でも・・・彼は私を騎士として認めてくれない。女だからという理由だけで」

「まあ!そうなの?」


レイチェルはコクンと頷くと、また話を続けた。


「でもそれは今に始まった事ではないですし、マーシャルだけが私を認めていないんじゃないんですよ。この辺りでは騎士は男がなるべきだという風潮が、いまだに根強いんです」

「確かに・・・。本当の事を言うと、ラワーレに女騎士はいないの」

「そうですか。現状、そういう国が多いと思います」

「あなたは何故騎士になったの?」

「・・・私は、ロドムーンの北の方にある、セポネーという地域で生まれ育ちました。何不自由なく平穏に暮らしていたのですが、戦争で・・・両親と兄を亡くしました」

「そう」と私は言うと、レイチェルの手にそっと触れた。


私の膝上でおとなしくしているギータも同調するように、キュィーンと切ない声を上げる。


「それが12年前の事です。当時12歳だった私は、生きるために、市場にこっそり忍び込んでは食料を盗んで飢えをしのぐ、という生活を送っていました。しかしある日、りんごを盗もうとしたところを店主に見つかってしまって・・・。その時私を助けてくださったのが、バーバラ前王妃様です」

「まぁ。そうだったの」

「バーバラ様に助けられた私は、それから王宮のメイドが住む宿舎へ住まわせてもらう事になりました。まだ私は12歳だったこともあり、学校へ通わせてもらう傍らメイドの仕事をこなす、という生活を始めて。でも、それから2年後に、バーバラ様がお亡くなりになってしまわれて・・・。それで私は決めたんです。今度は私が未来の王妃様を護る、と」


凛とした眼差しで、真摯に語るレイチェルの横顔からは、揺るぎない決意がうかがえた。

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