第24話
途端に皆の笑い声が止まり、馬車内に緊張した空気が走る。
レイチェルとマーシャルは、いつでも抜けるように、剣の柄に手を置いた。
そして油断なく辺りを見回す。
ライオネル王は、鷹揚に座っているまま、そして私の手を繋いだままだ。
「”何か”って・・・俺、何も見えねぇし、感じねぇけどなぁ」
「えっと、敵のような危険なものじゃなくて」
俯き加減で私が感じるままに呟くと、レイチェルとマーシャルは、抜こうとしていた剣から手を離した。
「小さく・・・あっ!馬車を止めて!」
「王妃様っ!」
「ディア!」
「ギータよ!」
「はい?」
「ギータって、あの小犬っすか?」
「そうよ。ギータがこっちに向かって走ってきてるの!だから馬車を止めて!」
レイチェルとマーシャルがライオネル王に素早く目配せを送ると、王はコクンと頷いた。
それを合図に、マーシャルが馬車から身を乗り出して、馬車の運転手に止めるよう促すと、程無くして馬車が止まった。
でも、馬車が止まってすぐ外へ出ようとする私の手を、ライオネル王は離そうとしない。
「私が先に見てきましょう」
「ダメだアダムス。俺が行く。隊長の言うことには従え」
「こんな時に”隊長”出さないでよ!」
「ならばおまえたち二人で行け」
「しかし・・・!」
「クイーンの事なら心配ない。俺が護る」
「な・・・私なら大丈夫です!」と言い張る私をライオネル王は無視して、「行け」と護衛の二人に命令をすると、彼らは一礼してサッと馬車から降りて行った。
「私も行きます」
「ダメだ。まだ危険が去ったと言いきれない」
「お願いです。本当にギータが駆けて来てるの。それに、私はこれを口実に逃げたりはしません。だから」
小声で必死に懇願する私が、嘘をついてないと分かってくれたのか。
ライオネル王は、こげ茶色の瞳で強く私を睨むと、やっと手を離してくれた。
「俺も行こう」
「え・・・そこまでおっしゃるなら・・・」
・・・やはりライオネル王は、私の事を信じていないようだ。
でも今はそのことを考えている場合じゃない。
馬車から降りるのに手を貸してくれたライオネル王は、またその手を繋いだまま、私のペースに合わせて走ってくれた。
私たちの前にいた視察1番隊と、後ろにいた視察2番隊の馬車も、止まったまま。
他の護衛のアールやオーガストの指示に従って、皆、馬車内に留まっている。
「国王様。王妃様。ここは危険かもしれませんので」
「危険ではありません・・・ほら」
最初、小さな点程の塊が見えたと思ったら、キャンキャンというあの懐かしい鳴き声が聞こえてきた。
ギータを追いかけていたはずのマーシャルとレイチェルは、いつの間にかギータの後を走っている。
「ギータ・・・ギータ!」
「キャンッ!!」
勢いよく私の胸に飛び込んできたギータを、慌てて抱える直前、ライオネル王はやっと手を離してくれた。
「ギータ。あぁギータ。一体どうしたの?」
「まさかこいつ、逃げてきたんじゃ」
「あー、ありえる。だって飼い主、アレだろ?ワガママなご令嬢」
・・・皆、思う事は似てるのね・・・。
でもオーガストがそう言った途端、ギータは肯定するように「キャン!」と一吠えした。
ということは、どうやら本当に、ギータは飼い主であるパトリシアの元から脱走してきたようだ。
「ギータは・・・王妃様の事が、とても・・気に入られたようですね」
「おいアダムス。大丈夫か?」
「大丈夫。ちょっと、全力で走り過ぎたかしら・・」
かなり息切れをしているレイチェルを労わるように、「馬車に戻りましょう」と私が言うと、ライオネル王はコクンと頷いた。
「レイチェル、マーシャル。どうもありがとう」
「いやいやー。それにしても王妃様ってものすごい感知力高いっすね。大当たりにビックリっすよー」
「え?そう?私、昔からこんな感じで・・・」
これが「普通」だと思っていたけど、ある日、庭園のオバサンの一人からも同じような事を言われたことがあったっけ・・・。
『昔からベリアの者は、第6感―――いわゆる霊視力や霊聴力、感知力と呼ばれるものです―――が他族よりも優れていると言われています』
・・・もしかしてこれも、ベリア族特有の“能力”なのかしら。
「でもライ王。ギータどうします?このまま一緒に連れて行ってもいいんすか?」
至極もっともなマーシャルの疑問に、思わず私の体が強張る。
私の膝に載っているギータも、ギャンギャン吠え始めた。
「ライオネル様。この子、あまり構ってもらえなくて・・・それで寂しがってて。私たちの言う事はちゃんと聞くから。だからお願いします、この子を返さないで。私たちの所にいさせてください」
「・・・おまえがそこまで言うのなら良かろう。パトリシアの所へ返しても、またこいつは逃げ出す可能性が高い」とライオネル王が言うと、ギータは元気よくキャン!と吠えた。
「後でヴィーナに“土産はもらった”と伝令を送らせよう」
「かしこまりました」
「・・・まあ、そうなの・・・そうねぇ・・・」
「どうしたんですか、王妃様」
「この子、ギータという名前が好きじゃないんですって。あまり男らしくないと」
「確かに。あまり恰好良い響きでもないですし」
「何かこう・・強そうな名前がいいんですって」
「じゃあ獅子を文字って“シシー”は?」
「あまり男らしい名前じゃないわ」
「ティータ」
「ギータと似てます」
「ではティターン」
「ティータとあまり変わってませんよ!ライ王様」
「それ密かに気に入ってるんでしょ、ライ王」
「強そうな響きだとは思わぬか?マイ・クイーン」とライオネル王に聞かれた私は、クスクス笑いながら「いいえ」と答えた。
「それより、ウルフが良いそうです」
「ウルフですか・・・。確かに強そうな響きですね」
「それに、“ティターン”より断然男らしいっすよ!」
「あなたがそれ言うの?!マーシャル。しかもクランマーつきで」
「もちろんだアダムス。それより王妃様」
「なに?」
「さっきからちょっとだけ気になってたんすけど。王妃様ってそのー・・・ギータ、じゃねぇウルフが何言ってるのか分かる、って口調で話されているなー?とか俺、思ったりして!」
「え?!そ、そうかしら?何となく感じるままに言っているんだけど。私ったらつい、この子をそばに置いておきたいために感情移入した・・ような言い方をしちゃって」
・・・でも本当は、ギータ改めウルフがそう吠えて言ってるように「聞こえる」、と言うより、「感じる」のだ。
物心ついた頃からそうだった。
だからシーザーとも、いつも何となく「会話」をしているような感じで・・・。
もちろん小犬のシーザーも、吠えるか鳴くことしかできないんだけど、それでもシーザーが何を言いたいのか、本当に「そう言っているように感じる」のよね。
『ベリア族はとてもユニークな種族でしてね。たとえ2種かそれ以上の混血族であっても、能力がある場合は、ベリアの特徴的な、プラチナブロンドと碧眼という外見が現れるんですよ』
『能力の開花は個人差がありますからね。僕は5歳から、ヴィーナは2歳から、その能力が表出ていたそうだし』
・・・もしかしてこれも、ベリア族の“能力”で・・・私は単に自覚してなかっただけで、本当は、すでに子どもの頃から能力が表出ていた、ということ・・・?
その時、ウルフがキューンと可愛い声を上げた。
「なあに?・・・ええそうね、ウルフ」
何気に励ましてくれるウルフに微笑みながら、長い毛並を梳くように撫でていると、横からスッと武骨で大きな手が伸びてきた。
「やはりウルフを飼うのは止めた方が良いか」
「な、何を急にそんな・・・!」
「キャンッ!!」
「と思ったが、おまえがここまで喜ぶ姿を見せられると、やはりこいつを飼う事にして良かった」
「・・・はぁ」
突然とんでもない事を言ったと思ったら・・それでいて、優しくウルフの背を撫でているライオネル王のギャップは、私には理解しかねるわ。
それでも・・・。
「ライオネル様」
「なんだ、マイ・クイーン」
「ありがとうございます。ウルフもあなたと共に過ごせる事を、とても喜んでいますよ」
「・・・そうか」
ウルフから手を離したライオネル王の手に、私はそっと右手を重ね置いた。
「王も温もりを必要としている。少し構ってあげて」と、ウルフから“言われた”気がして。
「おまえと戯れるひと時は、やはり楽しい」
「そぅですか・・・」
「寝るか?ディア」
「たぶん・・」
ウルフの小さな温もりと、ライオネル王の熱い体と大きな手から温もりを感じた私は、安心してまた目を閉じた。
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