第6話
皆、ごちそうを食べて、たくさん飲んで、祝宴ムードも盛り上がってきた頃、ヴァイオリンの美しい音色が聞こえてきた。
あぁ、ついに来てしまった・・・ダンスの時間が!
自分に気合いを入れるようにゴクンと唾を飲み込んだとき、ライオネル王が、隣にいる私の方へ手を差し伸べた。
「ジョセフィーヌ王妃」
「・・・ライオネル王」
私なりに「余裕あります」という笑みを浮かべて(でも実際の私の顔は引きつっていたはず)、ライオネル王の手を取ると、緊張し過ぎて力の入らない体を踏ん張らせて、どうにか立ち上がった。
「あぁ!ごめんなさぃ・・・」
またライオネル王の足を踏んづけてしまった!
3日間の特訓の成果は、まぁ・・・多少は出ているとは思うけれど、流れるように動いて、
それでも、リードが上手なライオネル王がお相手だからか、まだ片手で数える程しか王の足を踏んでいない。
ライオネル王は、大柄な体躯をしていながら、とてもしなやかに、軽い身のこなしで颯爽と踊っている。
場数を踏んだ違いが歴然とし過ぎだ・・・。
「・・・すみません」
「気にするな。少し移動するぞ」
「え?ぅわっ!」
ライオネル王が大きく動くたびに、王の纏う朱色のマントが、上へ下へと優雅に翻る。
私は王にくっつくように、大きな手にしがみついて、ついていくのに精一杯・・・だけれど、このスピードだと、返って王の足を踏むことはないし、王のおかげで私はほとんど動く必要はないので、無様な姿を披露する必要もない。
と気がついた頃、私たちはダンスの演奏をしているオーケストラの方へたどり着いた。
ライオネル王が、指揮棒を小さくをふっている指揮者に、何か耳打ちをした。
「しかし、そのような曲をこのような場で演奏をしても・・・」
「構わん。皆も楽しめるだろう」
「かしこまりました」
指揮者はライオネル王に目礼をすると、両手をグッと上げた。
そして指揮者が再び指揮棒をふり始めると、オーケストラは、ゆっくりとしたワルツの曲から、軽快なリズムの曲を演奏し始めた。
「これは・・・!」
「踊ろう、ジョセフィーヌ」
「あぁはいっ!」
優雅にワルツを踊っていた招待客たちは、新たに流れ始めた曲にダンスを止めて、戸惑いと怪訝な顔をオーケストラへ向けていたけれど、私たちが踊り始めると、一人、また一人、私たちを真似て、ステップを踏み始めた。
「楽しいか?ジョセフィーヌ」
「ええとても!ライオネル様は、ポルカもお得意なのですね」
「ポルカはあまり踊ったことがないが・・手足の動きが簡単だからな。皆楽しく踊れる」とライオネル王が言った時、側近のニコが王に近づいてきた。
「クレイン王。御楽しみ中のところ、申し訳ございません」
「・・・ジョセフィーヌ。悪いが俺は少し席を外す」
「あ、はいっ」
ライオネル王がニコと共にテラスの方へと移動しても、私は一人取り残されることなく、大きな輪に入ってステップを踏んでいた。
皆と共にパンと手を打ち鳴らす音、トントンと床を踏み鳴らす音が、大広間に響き渡る。
「お上手ですな、ジョセフィーヌ王妃」
「ありがとうございます。貴方もとてもお上手ですわ」
「ポルカを踊るのは初めてだけれど、型を気にしなくていいから気軽に踊れるし。とても楽しいのね!」
「そうですわね!」
踊っている皆を始め、演奏しているオーケストラも、指揮者も、皆笑顔だ。
席を外していたライオネル王は、すぐ戻ってきたけれど、その場の楽しい雰囲気に浸っていた私は、王の様子が前と変わった事に気づかなかった。
私は、王も一緒に楽しんでいるものとばかり思っていた―――。
・・・あれは、ロドムーン王国へ出発をする前夜のこと。
『おまえに与える猶予は3ヶ月。と言いたいところだが、流石に3ヶ月も経てば、おまえが偽のジョセフィーヌだと、魔王だけでなく、王宮の奴らにバレてしまうだろう。故におまえには、最大1ヶ月の猶予を与える』
『1ヶ月?!あのっ。やはり私には・・』
『おまえが誰にも悟られずに魔王を殺し、ラワーレの王宮へ戻った時点で、フィリップはおまえの元へ返してやろう。それまでフィリップは我が王宮で預かる』
“預かる”だなんて・・・言い換えれば“人質”ってことじゃない!
『魔王の子を宿しても構わんが、その際は必ず堕胎をさせる。本物のジョセフィーヌ未亡人が妊娠しているというのは、非常に不自然な話だからな。加えて、クレイン王家の子に跡を継がせる気などない』
『ドレンテルト王。どうか・・・お願いですからどうか、考え直して頂けませんか』
私の懇願に、ドレンテルト王は、顔色一つ変えず、聞く耳も持っていなかった。
『良いか。これは我が国家の存続がかかっている一大任務だ。おまえがジョセフィーヌではない上、魔王を殺そうとしているとロドムーン側にバレれば、おまえだけではなく、私の身まで危険が及ぶ。魔王を殺めることができなくても然り。下手をすれば、ジョセフィーヌの命まで、いや、我がラワーレ王国に住む民全員の命が危うくなるのだぞ。全てはおまえにかかっている。私はラワーレの王として、そしておまえの父として、おまえの力量に期待をしている』
『・・・ドレンテルト王・・・』
『私だけではない。ラワーレの民、皆が、おまえにこれからの命運を託したのだ。その思いを汲んで任務を必ず成功させよ、いや、この任務に失敗は許されぬ』
『・・・約束してください。私が戻るまでフィリップとシーザーを丁重に扱うと。絶対に殺さない、死なせないと』
『我が名に誓って約束しよう』
・・・ライオネル王を殺す。
自然な形で、誰にも悟られないように。
未亡人となった私は、ラワーレ王国に一旦戻った段階で、本物のジョセフィーヌ姫と入れ替わる。
そして王を亡くしたロドムーン王国を、ドレンテルト王が統治を引き継ぐ。
全てが滞りなく上手くいけば、の話だけど。
上手くいかなければ・・・私が死ぬだけで済めば、まだいい。
下手をすればラワーレ王国は滅びるだろう・・・。
『フォルテンシア。無味、無色無臭、少し粘り気あり。これを2滴口中に含むと、すぐに睡眠状態に陥る。3滴以上口中に含むと死に至るから、あなたも使用時には気をつけなさい』
ついさっき、ラワーレの侍女として――本当は私の監視役として――ロドムーンまでついてきたサーシャから手渡された透明の小瓶を、私はじっと見た。
『これ・・どうやって使えばいいんですか』
『魔王を眠らせた後、顔に枕でも押しつければ?』
『そっ、そんな・・・っ!』
『今更何ビビッてんの?ここまで来たんだから、もう引き返せないってあなたも分かってるでしょ?いい?今はまだ誰にもバレてない。初夜であるこれからが、最初で最後のチャンスだと思って覚悟決めなさい』
『うっ、うぅ・・・』
『ここに残ってる私だって命張ってんのよ。全てはあなた次第なんだから。頑張って。あ、そうそう。ドレンテルト王からの伝言』
『何ですかっ?』
『幸運を祈る。以上』
・・・罪のないラワーレの民を、私の一存で死なせるわけにはいかない。
だから・・・ごめんなさい、ライオネル様・・・。
私は、ドレッサーの白い曲木椅子に座ると、透明の小瓶をそっと開けた。
そして蓋についている筆にフォルテンシアの液をつけると、唇に塗って・・・隣室のドアを開けた。
書き物をしていたライオネル王は、私が入ってくるなり、羽ペンを机に置いた。
椅子を引くギッという音が、部屋に・・・私たちの間に響く。
・・・怖い。これから自分がすることを思うと。
何故この人は、魔王と呼ばれているの?
何故私は、王の命を・・・いえ、人の命を奪わなければならないの・・・?
『他人の寿命を勝手に決めることは、人として、してはならぬことじゃ・・・』
・・・分かってる。分かってるよフィリップ!
でも、私にはもう、他に選択肢がない・・・。
恐怖で動けない私のところまで、あっという間にライオネル王が距離を詰めた。
そして、ウエストに大きな手を置かれた私の目が、思わず見開く。
「おまえは何者だ」
「・・・え?」
まさか・・・まさか、私が偽のジョセフィーヌ姫だと、すでにバレているの?!
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