第5話
寺院での婚礼式が終わった後は、王宮で祝宴が催される。
祝宴用にと着替えさせられたアイボリー色の
「とてもお似合いでございますよ!ジョセフィーヌ様」
「ありがとう、ニメット」
このドレスと靴は、ライオネル王が用意をしてくださったものだ。
婚礼の時が初対面だったというのに、誂えたようにサイズがピッタリな事に、少々驚いてしまった。
まぁでも、コルセットは紐でサイズを調整できるし。
私の背丈は低すぎず高すぎではない160センチ、そして太すぎず細すぎではない、ごく一般的な体型をしているし。
きっと、無難に平均的サイズのドレスを用意してくださったのだろう。
アイボリー色のドレスのスカート部分は、婚礼のドレスよりも少しだけふんわりと広がっていて、ペイズリー柄の刺繍が、同色の絹糸で施されている。
タフタの光沢具合と言い、贅沢な生地をふんだんに使ったドレスだ。
ニメットが私の腰まで届く長い髪―――ロドムーン王国へ出発する前日に、ジョセフィーヌ姫と同じ髪の色である、金色に近いブロンドに染め上げた―――を、櫛で丁寧に梳き始めた時、ライオネル王が部屋へ入ってきた。
ドアは開いているものの、ノックもなく、足音も立てずに歩いているのに、ライオネル王は、その威厳で周囲に圧倒的な存在感を示している。
端正な顔立ちをした大柄な王が近づいてくる様を、鏡越しに見ている私の碧い瞳が、一瞬揺らぐ。
「ライオネル様」
「クレイン王」
ニメットを始めとした侍女たちは、軽くお辞儀をしてライオネル王を出迎えた。
そしてお辞儀をした後、ニメットはまた私の髪を梳きながら、「いかがでございますでしょうか?」とライオネル王に聞くと、王は一度だけ頷いた。
これは・・・肯定の返事と見ていいのかしら?
麗しく整ったライオネル王の顔には表情が見受けられないので、王が私の恰好を気に入ったのか、そうでないのか、私には判断がつかない。
でも、ライオネル王のこげ茶の瞳は、まだ鏡越しに私を見ていて・・・王の射抜くような視線に落ち着かない。
「まだか、ニメット」
「もう少しで終わりますよ・・・はい、出来ました」
私の髪を梳き終えたニメットが、サイドを緩くねじって結い上げたのと同時に、ライオネル王が私を鏡越しに見ながら、左手をスッと上げた。
すると、その先にいた侍女がスッと前へ出て・・・手に持っていたボレロを王に手渡し、また一歩下がった。
そして、むき出しになっている肩を覆う、ドレスと同じ色で、シルクジョーゼット地のボレロを、ライオネル王自ら、私に着せてくれた。
あぁ!また王と至近距離になってしまった上に、ジョーゼット生地越しからでも、王の熱さを感じるような・・・それとも私だけが熱いのかしら・・・?
「やはりこれを着た方が良い。おまえの滑らかな素肌を他の男共に見せるのは・・・目の毒だ」
「・・・は?」
「目の毒ではなく、見せたくないのでしょう?」とニメットが言うと、ライオネル王は「そう表現しても良い」と言って、ニヤッと笑った。
だから!王はまだ私の肩に大きな手を置いているから、ジョーゼット越しからでも、熱を感じるじゃないの!!
一人だけ心中アタフタしている私のことなど構わずに、ライオネル王はますます私に近づくと、いつの間にか持っていた黒い宝石がついたネックレスを、鏡越しに私に見せた。
「これは・・・?」
「母上の形見だ」
「あぁ・・・そうでしたか」
「たった今から妃となったおまえのものだ」
「え」
妃って・・・名前と素性を偽っている私が、このような思い出の品を受け継ぐことに、罪の意識を感じずにはいられない。
それでも、「髪を上げろ」とライオネル王に言われた私は、慌てて「はい」と返事をすると、条件反射のように髪を上げて、王にネックレスをつけてもらった。
ゴツゴツした王の指が、私の首をかすめる。
王の吐息を首筋に感じて、私の体が微かに震えてしまった。
私の胸の真ん中の少し上で光る、直径5センチはある大きな楕円形のブラックオパールに、私はそっと触れた。
日の光に反射したそれは、虹色にキラキラ輝いている。
アイボリーのドレスと、良いコントラストを醸し出しているわ・・・。
私は、鏡越しにライオネル王に微笑みかけると、「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」と言った。
「ああ」と答えてくれた王は、やっと私に微笑み返してくれた。
「ジョセフィーヌ」
「は、はいっ?」
「おまえは何故、髪を染めている」
「えっ?!そ、それは、えっと・・・」
この色は、本物のジョセフィーヌ姫の髪の色でして。
そのためにわざわざ染めたのでございます。
なんて、真実を言うわけにはいかないし!
・・・それより、何故ライオネル王は、私の髪の色が染めたものだと分かったのかしら。
染めたことで、返って王に疑惑を持たれたのでは?!
心中は非常に焦っていたものの、私は極力それを表に出さないように努めながら、「この色が好きだからです」と答えた。
「私の目の色と合っていると思いますし。ライオネル様はお気に召しませんか?」
「いや。
「白に近いプラチナブロンドでございます」
どうやら王は、ジョセフィーヌ姫の髪の色も知らないようなので、本当のことを言っても差し障りはないだろう。
「そうか。俺はそっちのブロンドのほうが、おまえに合っていると思うが・・・好みは人それぞれだからな」
「あ、ぁ・・・そうですね、えぇ」
念のためにと施した準備が、返って仇になったようで・・・やっぱり、髪を染めなかった方が良かったのかもしれない。
「染めるのはこれで最後にします」
「だがおまえは、この色が好きなのだろう?」
「え?!ええ・・・好きです、けど貴方様のおっしゃるとおり、私の目の色には、
必死に弁明をしている私に、ライオネル王は「そうか」と言ってフッと笑った。
その笑顔を見た私の心臓がドキンと跳ね、頬がポッと赤くなったのを自覚した私は、慌てて王から目を背けると、恥ずかしいのを隠すように、王と絡めている腕に、一瞬だけギュッと力を込めた。
それから祝宴が行われる広間までは、特に話はしなかったけれど・・・その方が良い。
だって、あんまりしゃべってしまうと、付け焼刃的に身につけた即席淑女としての気品が・・・ボロボロと剥がれ落ちてしまうから!
大広間に設えたテーブルには、こんがりと焼かれた肉や、燻された魚のスライス、色とりどりの新鮮な野菜と果物が、所狭しと置かれている。
飲み物も招待客に惜しげもなく振る舞われているし、使われている食器類も、全て立派なものばかり。
ロドムーン王国は、物資が豊かな国なのだと改めて思う。
「クレイン王家の紋章」だとニメットが教えてくれた獅子の紋章が彫られている、冷えたピューター製のコップで、ワインやエールやシャンパンを飲む招待客は、皆楽しそうで、ライオネル王と私の婚礼を心から祝福してくれている。
少なくとも、ここにいる王宮関係者や近隣諸国の統治者たちは、誰一人として、ライオネル王のことを尊敬こそすれ、恐れてなどいない。
私の実の父親であり、私に「魔王」の所以を教えてくれたドレンテルト王でさえ、今では祝宴の楽しいムードに便乗している始末。
こんなことなら、本物のジョセフィーヌ姫を嫁がせた方が、双方の国家のためにも良かったのでは・・・?
「どうした、ジョセフィーヌ」
「あっ!あの・・このお肉は・・・?」
「牛のテンダーロインを軽く焼いたものだ。柔らかくて美味だぞ。食べるか?」
「あ・・・・・」
「はい、いただきます」と返事をする前に、ライオネル王が一口大に切ったお肉を、私の口に近づけていて・・・。
私は、反射的にそれを口の中へと入れていた。
「・・ぁ。本当。口の中でとろけるように柔らかくて美味しいです!」
「そうか。この後の為にも、もっと食べて精をつけておけ」
「がっ!!なななな何の・・・っ!」
慌てふためく私に、涼やかな表情をしているライオネル王は片眉を上げると、「ダンスに決まっているだろう」と言ってハハハッと笑った。
か・・・からかわれた・・・王に・・・。
王の余裕に、歴然とした経験の差を感じずにはいられない。
そして何も言い返せず、取り繕うこともできない自分が、とても情けない。
本物のジョセフィーヌ姫なら、もっと軽くあしらっていたはずだ。
と言うより、数時間後には、私はライオネル王を殺さなければならない・・・。
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