第4話

ロドムーン王国の王宮へ着いて早々、ライオネル王の側近のニコという男性が、私たちを出迎えてくれた。


「本当はクレイン王自らお出迎えをすべきなのですが、ロドムーン王国には婚礼の式時まで花嫁の姿を見てはならないという風習がありますので。失礼をお許し願いたいと王も申しておりました」

「式前に花嫁の姿を見ると不吉な事が起こると言われておる。気にするでない」

「ドレンテルト王にそう言っていただけて、私も安堵致しました。ではプリンセス。ジョセフィーヌ姫?」

「えっ?!あぁはいはいっ!」


慌てて返事をした私を、ドレンテルト王がジロッと睨んだ。


いけない!

オープニングからこの調子では、すぐに偽者だとバレてしまうじゃないの!

しかも今の返事の仕方は姫としての気品が微塵もなくて・・・モロに素のメリッサだったし!


私はジョセフィーヌ。私はジョセフィーヌ姫・・・と心の中で唱えながら、緩やかな笑みを顔に浮かべた。


確かジョセフィーヌ姫は、こういう感じで微笑むのよね。


「申し訳ございません。長旅で少し疲れが出てしまったようで・・・」

「でしょうね。すぐに御部屋へ案内させましょう。仕度はそちらで」

「え?」


戸惑っている間に部屋へ通された私は、その豪華な内装に感心する暇もなく、あれよあれよという間にロドムーンの侍女たちから服を脱がされて湯浴みをさせられ、体の隅々まで綺麗に磨かれた。


赤の他人に体を洗ってもらう淑女レディ式湯浴みは、慣れそうにないわ・・・。


「少しはお体の疲れは取れましたでしょうか?ジョセフィーヌ様」

「ええ。ありがとう、ニメット」

「仕上げにこちらを」とニメットは言うと、私に香水をシュッと吹きかけた。


途端に芳醇な薔薇の香りが周囲を満たす。


そしてニメットは、婚礼のドレスと同じ、真っ白なベールを私の頭につけると、快活な声で、「では参りましょう!」と言った。


長いドレスの裾を、侍女の何人かが持ち上げ、ニメットは私が転ばないようにと、腕を取って一緒に歩いてくれている。

ニメットは、私の亡き母より年上に、そして私の育ての親・フィリップよりも年下に見える。

朗らかで溌剌としたニメットのおかげでこの場が和んでいるのは、とてもありがたい。


「・・・先代王で、ライオネル様の御父上であられたレオナルド様が流行病でお亡くなりになってから、ライオネル様はひたすら国のために御仕事に励んでおられました。そういうわけでして、御年30になるにも関わらず、御仕事を優先されて、御結婚する意向は全く見せず。ライオネル様は所謂いわゆる”行き遅れ”に属しますが、縁組のお話も、それこそ後を絶たない程たくさんいただいておりましたのに、御妃様を娶る事には興味も抱かず。“俺は国と結婚している”、なんて御冗談を言われて」

「え?あの魔、じゃなくて、ライオネル様に?」


いけないいけない!

危うく「魔王」と言いそうになってしまった!

良い意味で言われている別名ではないのだから、ここで言ってはいけないわよね?


「はい。あの御顔立ちにあの容姿。加えて王としての威厳と采配力を兼ね備えておりますからね。ワタクシの贔屓目を抜きにしても、ロドムーン王国の御妃としてライオネル様の御傍にいたいという姫様は、たくさんおりましたのでございますよ」

「そう・・・」


・・・ライオネル王は、醜い外見をしていて、凶暴な性格で、計り知れない怪力の持ち主だから、「魔王」と呼ばれ、人々から恐れられているのではないの?

それなのに、ライオネル王のところへ嫁ぎたいという姫が後を絶たなかった?

でも・・・王宮にいる人たちは、誰一人ライオネル王のことを恐れてはいないように見える。

皆、王が私と結婚することを、心から喜んでいるようだし。

私が王の「生贄」になることを気の毒がっているようには、全然見えない・・・。


どうやら私の沈黙を、ニメットは誤解しているようだ。

「しかしですね、ライオネル様は他の女性には全く目もくれない状態ですから。どうかジョセフィーヌ様は御心配なさらずに・・・」と慌てて言った。


「あのぅ。あなたはライオネル王のことを、よく存じているのですか?」

「はいっ。ワタクシはライオネル様の乳母をしておりましたので、ライオネル様のことは御生誕の頃から存じておりますよ」

「まあ!そうでしたか」


もしかしたら、ライオネル王は恐怖ではなく、術を用いるか何かして、民を洗脳して国を統治しているのではないかと、一瞬考えてしまったけれど・・・。

どうやらその考えも違っているような気がする。

少なくとも、ここにいる侍女たちとニメットは、純粋にライオネル王のことを尊敬し、慕っているのは間違いない。


「ライオネル様は逞しく立派な成人になられましたが、ワタクシから見たら、ライオネル様は、いつまでも可愛い我が子のような御方で。やっとライオネル様が御結婚をする気になってくださって、ワタクシはとても嬉しゅうございます」

「ええ」と私が言ったところで、馬車の前に着いた。


こうして、ニメットたちに手を貸してもらって、豪華な王家の馬車へ乗った私は、婚礼の式を挙げる寺院へと向かった。





 


寺院の前には、すでに沢山の人だかりができていた。

その中を静々と歩く私に、人々は「おめでとうございます!」という祝福の言葉を投げかけてくれる。

お祝いの式だからなのか、皆礼儀正しく、小ぎれいな服を着て、にこやかな笑顔をしている。


ロドムーンはとても豊かな国だという印象が、私の中でますます強まる中、私が入口に着くと、寺院内から鳴り響いていたパイプオルガンの音色が静止した。


それを合図にするように、参列者の皆が一斉に私がいる入口に注目する。

そして・・・司祭様のすぐ近くに立っている新郎のライオネル王も、私の方を向いた。


・・・・・・え?あの御方は・・・。


背が高く、ガッシリとした大柄な体躯。

麗しく端正な顔立ち。

髪の色も、目の色も・・・。


ライオネル王の髪が針ほど短ければ、私の夢に何度も出てきたあの人と全く同じだ!

でも、この圧倒的とも言える存在感は、数メートル離れていても分かるくらい・・・夢以上に強くて。


その時、ライオネル王が、差し出すように右手を私の方に向けた。

「おいで」と言うような優しさと、「来い」と命令している力強さを同時に感じる。


私が意を決して、一歩、また一歩とライオネル王がいるところへ歩き始めると、パイプオルガンの美しい音色が、また寺院内に鳴り響いた。






もうすぐ21歳になる、恋愛経験皆無なこの私が、いきなり結婚するなんて!

太陽が南から昇るくらい、ありえないことだと思っていたけれど・・・ジュリアや孤児院の子どもたちが知ったら、さぞ驚くことだろう。

庭園のオバサンたちは、「天地がひっくり返る!」と大騒ぎするかもしれない。


急に村のみんなを思い出した私の顔に、悲しい笑みが浮かぶ。


でも・・・これは偽りの結婚。

しかも私は、夫となる男性を・・・私の隣にいるライオネル王を、一月ひとつき以内にこの手で殺さければならない。

こんな私に幸せが訪れることは、二度とないはず・・・。


そのとき、「誓いの口づけを」という司祭様の声が聞こえた私は、思いきり体をビクつかせて驚いてしまった。


式を挙げている最中に、こんなことを考えていてはいけない!

もっと今に集中しなければ。

でも・・・でも!

何か考えていなければ、卒倒してしまいそうで・・・。

だったらもっと現実味のある、いや、現実から逃避できるようなことを考えた方が・・・。

と忙しなく頭の中で考えながら、私は横を向いて、夫となったばかりのライオネル王と向かい合った。


だけど今夜のことを考えると・・・。

やましさに心を支配されている私は、ライオネル王の顔を直視できない!


「もうすぐ終わる。落ち着け」


・・・な、何てこと!

ライオネル王の低い声までもが、夢と全く同じだなんて!


私がかぶっているベールを、ライオネル王が持って、最初はゆっくり、そしてすぐ一気に引き上げた。


王は、手に持っているベールを、私の後ろへそっとかけるため・・・だと思う。

私と隙間がない程、距離を縮めた。


「あ・・・なた、は・・・」


「怖がる必要はない」と私の耳元で囁くライオネル王の声に、なぜか鳩尾のあたりがゾワッとした次の瞬間、王は私の顎に手を添えて、自分の方へ上向かせた。

もう片方の手は、私の腰のくびれた部分に、回すように置かれている。


身動きが取れない私は、目を見開いてライオネル王を見るしかない。


この人、“魔王”のはずなのに・・・圧倒的な存在感を放っている上、威圧感はたっぷりあるのに、なぜ乱暴ではないの?


大きな体躯と手に似つかわず、ライオネル王の仕草はとても優しいことに、私は戸惑ってしまっているのに、王は余裕たっぷりに唇の片方だけ上向かせてフッと笑うと、その麗しく端正な顔を近づけて・・・私にそっと口づけをした。


それはあっという間の出来事だった。

私にとっては、生まれて初めての口づけだったのに・・・。


「ジョセフィーヌ」


そうライオネル王に囁かれて、私の瞳が一瞬揺らいだのを、自分でも感じた。


あぁ。この人は・・・ライオネル王は、私が本当は何者なのか、知らないんだ・・・。

って、良く考えてみたら当然のこと。

だって、私が見た夢をライオネル王も見ているなんて。

そんなことありえないし。


だから・・・これでいい。

私はジョセフィーヌ姫・・・いいえ。


たった今から私は、ジョセフィーヌ・クレイン王妃なのだから。

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