それは原子のように

 話は変わりますが、あなたは原子を知っていますか?

 物理化学でいう、あの原子です。

 この原子というものは奇妙な性質を持っています。

 実は原子は一つ一つを区別する能力を持ちません。

 原子には半減期があります。百個の原子が五十個になるまでの期間……とでも言えばいいでしょうか?

 厳密には同位体がどうのという話になるので、まあ詳しい話は専門書でも読んでください。

 この半減期、二倍の期間が経過すれば百個がゼロになるかというと、そうではありません。二倍の期間で四分の一になります。半分の半分です。



 これは普通に考えるとおかしなことです。

 半減期はよく原子の寿命にたとえられますが、人間は五十年で半分が死んでしまうとしても、どんなに長くても二百年は生きられません。

 しかし、原子は半分の半分の半分……と同じ割合でしか減りませんから、なかなかゼロにはなりません。

 しかも、どの原子が崩壊するかも予測できないのです。

 つまり原子には個というものがなく、同じ原子であれば、どれがどれと入れ替わっても、問題にならないのです。



 素粒子にも同じことが言えます。

 量子トンネル効果は、一つの量子が消えて、本来は越えられないはずの壁の向こうに現れる現象ですが、消えたものと現れたものの同質性は証明はできても、同一性までは証明できません。

 いえ、そもそも同一だと証明する必要がないのです。

 ミクロの世界では個の区別は無意味なものになるのです。


 記憶というものも、そのようなものなのかもしれません。

 いくつもの世界が交差して、時たま一人や二人の記憶が入れ替わろうとも、同じ人間の記憶なのだから構わないのです。

 物理的に言うなら、ニューロンとシナプスがちょっと変なつながり方をしただけのこと。

 運命も必然もない、ただ偶然に低い確率で発生する現象にすぎないのです。

 そう考えた方が、気が楽ではありませんか?

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