第2話 マジで怖い支配人と、やり手弁護士

 さあ、とうとう本番だ。応接室をあけると、髪をオールバックにした仕事ができそうな50歳くらいの支配人ともう一人、眼鏡をかけた40歳くらいのスーツを着た男が立っている。


 支配人が話し出す。圧力がすごいな。

「デメキン様のことについて話があるんだって?」

 俺は社会人力を一気に発揮する。腰を屈め下手にでる。

「そうなんですー。デメキン様は5年前に盗難にあってましてー。オミソ村にあってこそのデメキン様だと思うんですけど。なんでこちらに、あるのかな?って」

 

 支配人がため息をついて、深く椅子に腰かける。怖いよ!?


「君、そうやって下手に出て、人を上手く欺いているつもり? みっともないから、やめなさい」


 怖い! はい。止めます。今すぐ止めます。小手先がまったく効かない。というか、効いたことなんかなかったのか。クリフはフリーズしてるし! 俺は背筋を伸ばして話す。


「デメキン様は、オミソ村のものです。返してください」

「デメキン様の所有権は我が帝国ホールディングスにある。返す理由がない」


 何言っているんだろう。なぜ、盗品をこんなにも堂々と自己のものだと言うんだ。

「例えば、そうだったとしても、占有はずっとオミソ村にある。時効取得できるはずです」

「少し、法律を勉強しているのかな? 先生」

 眼鏡の男が前に出てくる。やっぱり、そいつ弁護士か。


「デメキン様の所有権は我が帝国ホールディングスにあります」


 だから、なんで。


「オミソ村のデメキン様は賃貸されていたものです」


 は!? 賃貸? そんなバカな話があるか。


「オミソ村近辺の豪商が所有権を取得しており、相続され、我が帝国ホールディングスが買い取りました。さあ、売買と、賃借の関係を言ってみましょう」

「……。売買は賃貸借を破る」

「はい、よくできました。ちゃんと勉強していますね」

 なんなんだ! 完全に子供扱いしてくる。

「もしかして弁護士なのかな?」


「そうだ! 弁護士のサトウだ!」


 あ、またやっちゃった。


「そうですか。でも、まだ駆け出しというところですか。その隣のお友達もそうなのかな?」

「じゃあ、ひとまず、占有回収の訴えだ!」

「デメキン様がなくなったのは、5年前ですよ? 占有回収の訴えは奪われてから何年ですか?」

「1年……。そういうこと全部分かってて、今メディアに公開したのか」

「またまた、良くできました」

「でも、そんなこと口だけで言われて信じられるか!」

 

 眼鏡の弁護士が書類を差し出した。契約書だ。

「それが当時の村長と豪商が所有権の移転と、賃貸借契約をした書面です」

「そんなの偽造かもしれない」

 すると弁護士が印鑑証明書を提示する。印鑑証明書まであるのかよ。


「実印と、印鑑証明書があります」

「民事訴訟法で、2段の推定が働く。本人が契約したものと推定される」

「はい、またよくできました」

 パチパチ拍手までしてきた。本当に腹立つな。クリフを上回るよ。


 なんで、こんな契約してるんだ! 当時の村長。実印が押された契約書と、印鑑証明書。これじゃあ、何も言えない。

「賃借である以上、時効取得はできませんよね。何か知りたいことがあったら、またいつでもお越しください」

 クリフだけじゃなくて、俺もフリーズした。思考停止。


<゜)))彡<゜)))彡<゜)))彡


 昨日のやり手弁護士との一件で、俺とクリフはデメキン様ホテルのラウンジでうなだれていた。クリフは同じ言葉を繰り返す。

「社会人怖い! 社会に出たくない」

「昨日からそればっかりだな。ゼニーのところで勤めてたじゃん」

「いや、あの人なんか天使ですよ! 分かりやすく怖い人って意外に怖くないっていうか」

 俺とクリフはため息をつく。そこへ、ペットがお茶を入れてきてくれる。なんて気の利く精霊だ。


「どうした? ダメだったのか」

「デメキン様が賃貸だっていうんだ」


「あ……。思い出したわ。あれ借りてるやつだわ」

「は?」


「俺、ずっと昔オミソ村にいたんだわ。で、知ってるんだけど、あれ借り物だわ」

「どうして、そんなことになったの!?」


「いやな、オミソ村は何度となく財政難に見舞われて、デメキン様の所有権売って、まとまった金をもらって、賃料払ってたんだわ」

「なにそれ!! 誰そんなことした人!」


「まあ、ちょっと抜けた奴だったんだけど。そいつもバカじゃないから、売る相手は良心的な奴だったんだ。だからずっと賃借できたわけで」

「じゃあ、財政立て直した後に買い戻して!」


「そうなんだけど、売った相手がデメキン様ファンで、それは首を縦に振ってくれなかったんだ。でも関係性は良好だし、実際5年前まではオミソ村にあったわけで」

「いくら財政難だからって、デメキン様売るってギャンブラーすぎるでしょう!」

「なんか、ごめんな。そういう奴だったんだ」

 クリフはトラウマだし。八方ふさがりだ。


 そこへララちゃんが、マーガレットちゃんを連れてやってくる。

「サトウ、デメキン様焼き持ってきた」

「ララちゃん、ありがとう……。どうしたのマーガレットちゃん連れて」

「サトウ、元気ないな? ゼニーがマーガレットと遊んでやってくれって」


 ララちゃんの声を聴いた、クリフが急に元気な声を出す。また始まったよ。

「ララちゃん!」

 また、ララちゃんに抱き着いてもいいよと言わんばかり両手を広げている。

 マーガレットちゃんが唸り声をあげて牙をクリフ向ける。


「なんで!? マーガレットちゃん!?」

「どうみたって、変態からララちゃんを守ろうとしてるんだろう」

「この純愛が、なんで変態!?」


 俺に気づいたマーガレットちゃんが、飛びつこうとする。あれ!? やっぱりマーガレットちゃん、分かってない! 


「マーガレット!」

 ララちゃんがドスの効いた声で叫ぶ。

「お座り!」

 マーガレットちゃんが、ララちゃんの言うことを聞き、お座りして、尻尾をパタパタしている。スゲーな、ララちゃん。


「いいなー。僕もマーガレットちゃんになりたい!」

 本当に、変態だな。


 なんだかショック療法でちょっと元気になってきた。俺はひとまず、これまでの出来事に、頭を巡らせてみる。

 「今となっては行政もメディアも動かなかったことが、納得できる。きっと圧力かけてたんだ。いくら売買が賃貸借を破るって言っても、賃貸人であるオミソ村に譲渡人からの通知が必要だ。だけど、占有回収の訴えだのゴタゴタを避けるための今か」

「なんとかしましょう!」

 なんだクリフ。ララちゃんの前でカッコつける気なのか。


「ペット、その売った人って分かる?」

「ああ、昔の売った本人は豪商で、今もそこそこの商家だ」

「会いに行くぞクリフ」

 ララちゃんにウィンクしているクリフに話しかける。どういうアプローチだ。

「え! もっとララちゃんと一緒にいたいなー」

 マーガレットちゃんが、また唸る。今にも飛びかかろうとする勢いだ。ララちゃんも当然止める気配がない。クリフがおずおずと、後ずさりする。

「サトウさんと、行こうかなー」




 

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