第2話 精霊の通行地役権を解決せよ!

 少し歩いたところに精霊の森があった。ログハウスのようなものが、何件か建ち並び、人の頭程の大きさで、眠たい目をした白い精霊が、いくつか浮遊している。

 メルヘーン。


 精霊の一人に話しかける。

「あのー」

「あ?」

 精霊が、面倒くさそうな表情で振り返る。

 なんか、ララちゃん並みに態度が悪い。イメージが違うぞ。

 そして精霊が俺の顔を、まじまじと見て驚愕する。なんか、涙ぐみだしたぞ。

「お前、そっくりだな」

「は? 誰に?」

「俺の昔の知り合いにそっくりなんだよ」

 精霊の言っていることが、さっぱり分からない。見かけじゃわからないけど、大分お年だったりするのかな。

「え? 俺、精霊、初めてみたんすけど」

「その、やさぐれた感じも、すごく似てる」

 やさぐれ? 失礼だな。俺の顔を精霊がペタペタ触る。そして精霊が涙、涙する。情緒不安定なのかな。

 落ち着いたところで、精霊が話し出す。

「そうなんだ。地主が変わったとたんに、通るなって言い出したんだ」

「登記簿とってきたんですけど、地役権の登記はしてないみたいですね」

 俺が役場でとってきた登記簿を広げ、精霊の顔を伺う。

「お前、賢いんだな。本当にそっくりだ」

 また泣き出した。もう、話が進まない。クリフが精霊に話しかける。

「僕は誰かに似てますか?」

「いや、全然」

 精霊が泣き止んだ。クリフは不服そうだが、よかった。精霊がまた話し出す。

「前の地主は、好意で通してくれてたから。そんな契約とか、そんなもんはしてなかったんだ」

「そうですか。じゃあ、話にいきましょう」


 精霊が通行地役権を主張したい道を所有する地主に会いに行く。

 さすが地主。豪奢な家だ。高い塀にお城のような家。オミソ国は格差が少ないものの、まあ時にはこんな奴もいる。どこから、家主を呼んだものか、考えていると、そこから出てきたのは、マーガレットちゃん。俺に飛びつき、ベロベロと舐め回す。

「わー! クリフ! どかして! 懐かれる覚えがない」

「良かったじゃないですか」

 もう、クリフはダメだ。完全に楽しんでる。

「精霊、助けて!」

「動物に好かれるところは、あいつにそっくりだな」

 また精霊が涙ぐんでる。こっちも謎に感動してて助ける気がない。

「動物っていうか、モンスター!」


 しばらくして、マーガレットちゃんが、やっと落ち着いた。頭を撫でてやる。

「いいか、マーガレットちゃん。人には急に飛びついちゃダメだぞ。マーガレットちゃんは大きいから人が潰れちゃうんだ」

 マーガレットちゃんは頷いた。お座りをしている。ララちゃんより、物分りがいいかもしれない。

 で、マーガレットちゃんがいるってことは、背後に出てきたのは金持ちだ。

 俺はつい叫ぶ。

「また、お前か! 金持ち!」

 金持ちも叫ぶ。

「それは、こっちのセリフだ」

 まあな。そうかも。

「なんで、精霊に道とおさないんだよ」

「マーガレットちゃんの散歩コースだからだ」

 俺はマーガレットちゃんに話しかける。

「マーガレットちゃんは、端を歩けるよな」

マーガレットちゃんは、頷く。

「ほら、歩けるってよ!」

 金持ちは、また憤慨する。

「まったく、マーガレットちゃんは、なんで貧乏人に懐くの!」

 そして、金持ちはクリフの存在に気付く。

「お前! なんで、そこに」

「だって解雇されたから」

「分かった、前の倍の給料を払う」

 ヤバい。人でなしのクリフのことだ。なびくんじゃないか? 俺はクリフの行動に注視する。

「僕もボンボンなんで、実はあんまりお金に困ってないんです」

 なびかなかったのは、いいけど。そんな理由? さすがクリフ。腹が立つ。

 金持ちが反論する。

「その登記簿に何も乗ってなかっただろう? 私も少し勉強したんだ。それじゃあ対抗要件がない。譲受人である私に、その通り道の権利は主張できないんだよ」

「残念だったな。外形的に明らかに通行していることが認識していたか、認識できたなら、対抗できるんだよ。どうだ、あの土地は、どう考えたって通行に利用されているだろう」

 金持ちがまた、怒ってる。

「訴訟だ! 訴訟! 今度はもっと、そんな若造じゃなくて凄い弁護士を雇ってやるんだ」


 訴訟はまずい。いくらクリフがいても、クリフだって訴訟は未経験だろう。勝ち目がない。


「なあ、仲直りしよう。そんな、意地悪を言ってても仕方ないだろう。ご近所付き合いなんだから」

「若造のくせに、年上に説教するな」

「そんなんだから、マーガレットちゃんだって、懐かないんだ。いつもプリプリしてるから」

「うるさい。だから説教するな」

 もう、本当にピリピリしてるんだから。マーガレットちゃんが不安そうに俺を見上げている。そうだな。あんなでも、マーガレットちゃんには、お父さんだもんな。

「でも、あんたマーガレットちゃんのことは、本当に大切に思ってるんだろ? みてりゃわかるよ。マーガレットちゃんが人懐っこいのは、あんたが大切にしているからだ」

「マーガレットちゃん……」

 金持ちが、頭を振る。

「だから、分かったようなことを言うな」

「マーガレットちゃんは、いい子だ。道だって端を歩けるし、あんたがみんなと仲良くなれれば、マーガレットちゃんだって、仲良くなれるんだ。マーガレットちゃんは、あんたが好きだ」

「いや、マーガレットちゃんは、いつも他の貧乏人ばかりに懐いて……」

「それは、あんたが、いつもプリプリしてるからだ」

 金持ちが少し落ち着いてきた。


「ほら、深呼吸してみろ」

 金持ちが深呼吸する。

「吸って」

 俺の声に合わせて、金持ちが息を吸う。

「吐いて」

 金持ちが息を吐く。

「マーガレットちゃんのこと、呼んでみろ」

 恐る、恐る金持ちが声を出す。

「マーガレットちゃん」

 マーガレットちゃんが一目散に金持ちに飛びつく。ベロベロと金持ちを舐め回す。ダメだ。分かってなかったか。いや、分かってるけど、今は仕方ないのか。


 そして隣の精霊も大号泣している。また俺の顔に張り付く。

「本当に、何から何までそっくりだ」

「もう、さっきから俺の顔ベタベタだよ。あ、それと金持ち! 金持ちっていうのもなんだから、名前なに?」

「ゼニーだ」

 あんまり変わらないな。

 

 ゼニーは精霊が通行することを約束してくれた。そもそも地役権なんかは、ご近所で話し合うのがいいよね。それがベストなんだ。


 精霊の森に帰ると、精霊みんなに感謝され、それで精霊みんなが泣き出した。なんなんだもう。でも、本当になんだか、とってもメルヘーン。

 

 オミソ村に着くと、精霊が一人付いてきている。

「ちょっと何で付いてくるの」

「いや、つい懐かしくて。弁護士の手伝いさせてもらうぞ」

 クリフが言う。

「その人、弁護士じゃないですよ」

「いや、ララが弁護士だって……」

 精霊が眠たそうな目をこれでもかってくらい、見開いている。

 そして俺の頭をポカポカ叩く。

「やっぱり、全然似てない! 嘘はダメだ!」

「もう何言ってるかサッパリなんだけど」

 そこへ、ララちゃんがやってくる。

「あ! ペット!」

 また、精霊が泣く。

「ララ! やっぱり、昔に戻ったみたいだ。一人いらないけど」

 クリフがペットに、大して不服そうにするわけでもなく、尋ねる。

「え? それって僕のことですか? てか精霊さんペットって名前なんですか。やばいっすね」

「俺は気に入ってるんだよ!」

 

 なんだか賑やかになってきたな……。

 あー、とにかくデメキン様に合格祈願したいわー。


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