第9話 魔導書管理人

 デイビッドが逮捕されてからの数日間慌ただしかった。

 怪我人でありながらも後始末に巻き込まれる羽目になっていたのだ。

 事情聴取や報告書の作成、街の地下に隠されていた爆弾の処理。

 デイビッドが犯人と言うことにショックを受けて仕事が手についていない者のサポート。

 寝る間を惜しんで……とはならなかったが、疲労が顔に出る程度には忙しかった。

 そして今日、デイビッドが監獄に連行される。

 力を失ったデイビッドを輸送するために支部の屋上に輸送機が飛んできていた。

 これから彼はアドミニストレーターが管理している監獄島へと連行されていく。

 担当官にデイビッドを引き渡し、輸送機が飛び立つ姿を敬礼しながら見送る。

 輸送機が米粒ほどのサイズになると敬礼を解き、大きく息を吐いた。

 とりあえずアメリアのここでの仕事はこれで最後になる。


「あとは……」

「お疲れ様~」


 振り返るとそこにはヘラヘラと笑っているカミノとアマノが手を振って近づいてきていた。


「ど、どうしてここに!?」

「俺だって管理局の一員だぜ?

 そら支部にだって入れるさ」

「同意」

「そう、ですか」


 あの日の夜からカミノの喋り方が違う。

 こちらが本来の彼の性格なのだろう。

 見た目は若く見えるが、雰囲気は勿論のこと、魔導書管理人の噂からしてアメリアよりは年上のはず。


「なんだよそんな怪訝な顔して」

「いえ、少し考え事を……あっ、そうだ」



 アメリアは手にしていた紙袋をカミノに渡す。

 その中に入っているものはカミノから借り受けていたコートだ。


「お返しします」

「んっ?あぁ、どうも」

「あの、いくつかお聞きしてもよろしいですか?」

「なんだ?」


 アメリアは疑問に思うことを問う。


「なぜ魔導書管理人がこんなところに?」

「ん、まぁアレンビーとは少しだけど面識あったんだよ」

「回想。

 こっそり本部の私たちのところまで来てたくさんお話してた」

「アレンビーさんがですか?」

「滅多に表に顔を出さない俺を何日も本部近くで張り込みしてたりして待ち構えてたんだ。

 それをコイツが不審に思って逆にとっつ構えたんだよ」


 そしたらよ。とカミノが笑う。


「とんでもねぇ程の魔導書マニアでよ。 

 捕まってるのに俺が管理人って聞いたら目を輝かせてめちゃくちゃ喋るのなんの」

「驚愕。

 アレはオタク」

「それで話に付きやって、一晩くらいだったかな?

 面白い奴だったし、学校を卒業したら研究の経験積んで将来は俺の所で働きたいって言ってたんだ」

「……その後は?」

「会ってない。

 まぁちょこちょこツテであいつの様子は聞いてた。

 けどまぁ俺の自主休暇中にこんなことになるなんてな……」


 変わらず彼は笑っている。

 しかし悲しそうに見えるのはアメリアの気のせいではないのだろう。

 アマノもそれを感じているのか、カミノの背中をポンポンと軽く叩く。


「デイビッド支部長が関わっていたのは教団……なんですよね?」

「そうだな。

 あいつらの目的はいまだにわからん。

 幹部がいるってのも昨日初めて知ったわ」

「そうなんですか?」

「俺が知ってるのは魔導書とこの目に視えるものだけ。

 もしかしたらもっと上の、それこそ師団長クラスとかなら知っているかもしれないけれどな」

「みえる、ですか?

 その目って一体、それにアマノさんが使っていたあの魔導書は」

「おっと。

 それ以上はノータッチで頼むぜ。

 お前との関わりはこれっきりだろうしな」


 両腕でバツを作り、拒まれる。

 アマノも首を振って話してくれないらしい。


「そうですか、じゃあ仕方ないですね」

「うん?あっさり引くんだな」

「意外」

「まぁそこまで急いて聞くことではないので」

「そうか?

 じゃあ俺たちはもう行くぜ。

 達者でな」

「あっ、待ってください!」


 振り返ってどこかへ行こうとしたカミノたちを呼び止める。


「なんだ?

 そろそろ行かないと輸送船に間に合わなくなるんだが」

「いえ、渡したいものがもう一つあるんで。

 その、両手を出していただいても?

 手首をくっつける感じで」

「両手?

 いいけど」


 カミノは不思議そうに首を傾げながら両手を前に出す。

 アマノはその両手に手を伸ばし――。

 カシャン。

 と軽い音がした。


「カシャン?」


 カミノが両手に視線を落とす。

 二つにくっついている鉄の輪がそこに嵌められていた。

 カミノの記憶が正しければこれはお洒落なブレスレットではない。

 これは誰の見てからでも、明らかに。


「手錠だこれ!?」

「逮捕。

 ついに御用に」

「なに冷静にいってんだ!

 おい中尉!これはいった」

「長かったんですよ」


 カミノの抗議を無視してアメリアが顔を伏せる。

 なにか開けてはいけない扉を開けてしまった気がしてカミノは口を噤んだ。


「卒業式を終えてからこの十か月。

 いきなり中尉に任命されて、行方不明の人物を探すことになってあちこち世界を飛び回ることになるし。

 行く先々で支部によれば奇異の視線を浴びされていたんですよ?」

「お、おう」

「行方不明の人物は極度の写真嫌いで探すにも手掛かりが少ないし。

 なんで監視カメラを魔道具で誤魔化しているんです?普通犯罪じゃありませんそれ?」

「いや」

「というかその見た目なんですか?

 普通わかるわけじゃないですか?」

「中尉さん?」

「でもようやく見つけました。 

 えぇ、ようやく見つけましたよ」

「あの」


 アメリアは顔を上げ、その表情を見せる。

 笑っていた。

 カミノが浮かべていた笑みとは別の意味を含んでいる。


「カミノ・ツキヨ管理官

 私の本来の任務は貴方を確保し、連行することです」

「なにぃぃ!?」

「さぁ!帰りますよ!!

 局長がお待ちですから!!」

「待て待て待て!

 またあんな閉鎖空間に閉じ込められるのはごめんだ!」

「知りません!

 仕事に戻ってください!」

「アマノ!アマノさん!

 助けて!たーすーけーてー!!」

「本気?

 別に構わないけれど、その手錠は魔道具」


 カミノにつけられているのはアマノの言う通り魔道具だ。

 アメリアが持っているコントローラーのスイッチを押せばつけている本人の魔力を消費して電流が流れる仕組みになっている。

 おまけに発信機つきだ。


「知ってるよ!基礎作ったの俺だもん!

 だからお前が中尉からコントローラーをだな!」

「アマノさん。

 帰ったら局長が甘蜜家かんみつやのパフェ奢ってくれるそうです」

「了解。

 さっさと帰ろう」

「このスカタンがぁ!!」

「中尉。

 さっさと痺れさせて黙らせるべき」

「そうですね。そうしましょう」

「ちょっ、まっ」


 アメリアがコントローラーのスイッチを押して手錠を起動させる。

 流れる電流にカミノは素っ頓狂な声の悲鳴を上げて倒れ、身動きが取れない状態のソレをアマノが足を掴んで引きずって運ぶ。

 電流を流した本人だが、その姿を見て何とも言えない気持ちになるアメリア。

 だがまぁ、反抗する度に電流を流そうと決めてその後ろについていく。

 こうしてかの魔導書管理人は確保された。

 その途中に10を超えるほどの電流が流されたのは別の話。

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