第8話 ○○VS巨人

「どうしてここに!?」

「んまぁ、これを追いかけて」


 ヨツキはアメリアの身体に触れるとそこにあった小さな欠片のようなものを摘まみ取る。

 アメリアは数秒考えてからそれの正体に気が付いた。


「発信機ですか!?

 いつの間に!?」

「最初にコートを渡した時に」

「そんっ」


 最初からこんなものを付けられていたのか!

 ここは咎めるべきなのだろうが、状況がそれを許してくれない。

 首を振って一旦思考をリセットして伝えなけらばならないことを思い出した。


「ヨツキさん!

 街の方に爆弾が設置されているみたいなんです!」

「んっ?あぁ。

 もう解除してきた」

「だから……なんていいました?」

「いや、地下になんかおっかないものあったからここに来る前にパパっとね?」


 開いた口が塞がらないとはこのことだろう。

 ヨツキの言葉に呆気に取られているとどこからともなくメディカルキットを取り出し、自然な動作でアメリアの姿勢を崩して座らせる。


「ちょ、ちょっとなにを!?」

「何って、応急処置。

 あんたこのままだと死ぬぞ?」

「大丈夫です!

 それよりもあの巨人をどうにかしないと!」


 無理に立ち上がろうとして両肩を抑えられて無理やり座らせられる。


「どうにかする前に死ぬっつの。

 そこんとこわかる?」

「ですが!」

「はい、注目。

 相棒はどこにいるでしょう」

「えっ?」


 そういえばアマノの姿が見当たらない。

 一体どこに?

 首を傾げるとヨツキが巨人を指差す。


 ★


「ハハハハハハッ!」


 デイビッドは巨人になり、地上を見下ろす。

 不快な気分は消え去り、高揚感に満ち溢れていた。

 素晴らしかった。

 全ての事がちっぽけに感じる。

 足を進めれば地面が砕け、腕を振るえば触れたものがなぎ倒される。

 圧倒的な力が全身を巡る。

 これが巨人の書ザ・タイタンの本来の力。


「ハァ……」


 己を追い詰めたアメリアはどうでもいい。

 既に小娘一人ではどうしようもないのは一目瞭然だ。

 じゃあどうする?

 決まっている。この手であの街を、支部を破壊する。

 世界に名を残すにはその方がいい。

 元々そうするつもりだったのだ。当初の予定に戻っただけ。

 爆弾は仮に爆発してもこの身体を持ってすれば耐えきるごとができる。

 何も問題は――。


「必殺。

 じゃすてぃすきーっく」


 間の抜けた声と共に顔面に何かが衝突する。

 仰け反りながら視界に捉えたのは紫の少女。

 右手で掴もうとするがすぐに跳びあがって躱す。

 そして一本の木の先へと着地した。


「ナンダ?キサマ?」

「応答

 通りすがりの正義の味方……多分」

「フザケルナァァァ!」


 巨体を揺らして紫の少女、アマノを潰そうとする。

 腕を振り回し、周囲を破壊しながら追いかけるが捕らえられる気配がまるでなかった。

 アマノは腰のナイフを引き抜き、空中に刀身を


「断ち切れ『天之尾羽張アメノオハバキリ』」


 ナイフを刺した部分にひびが入り、割れた。

 中から出てくるのは一本のつるぎ

 アマノがそれに触れると剣は分解されて、周りに飛び回る。

 小さな刃となった剣たちはやがてアマノの身体に吸い付くようにして装着されはじめる。

 やがて刃は装甲に、身に着けている衣服は紫と銀色のインナーへと変化して、アマノの頭部にはフルフェイスの面が装着された。

 そこにデイビッドは拳を突き出した。

 装甲を身に着けたアマノは片手を出す。

 通常ならそのまま殴り飛ばされてしまうはずが、その細腕はぴたりと受け止めた。


「よっ」


 そのままデイビッドを持ち上げ、一本背負いの如く投げ飛ばす。


「ナッ!?」

「もう一発」


 投げたアマノは瞬時に追いつき身体を捻らせて蹴り落とす。

 少女の姿からは予想できないほどの重い一撃。

 巨大化し、強化されているはずなのに体内に響くほどダメージを受けながら落ちた。

 アマノは追撃をする。

 装甲の一部を外して剣を作り、身体を晒すデイビッドに斬りかかった。

 金属音と衝撃波が周りに広がる。


「カァ!?」

「意外。

 結構硬い……都合いい?」


 もう一撃加えようと剣を持ち上げるがデイビッドが身体を回し始めた。

 巻き込まれないようにアマノは飛びのき、剣を元の状態に戻す。

 デイビッドはそのまま荒々しい動きで立ち上がりアマノに襲い掛かり始めた。

 まるで暴走列車。

 タガが外れたように拳を足を振るう。

 アマノは足を浮かせ、スイスイとフィギュアスケート選手を彷彿とさせる動きで避け続ける。

 その合間に蹴りを入れ、背後に回って剣で斬り付ける。

 隙を見つければ意識を奪おうとして頭部を揺らす一撃を打ち込む。

 捕まるギリギリになっても一瞬にして姿を消し、気が付いたときには別の所に出現。

 痛恨の一撃になるはずのものが、飛んできたボールをキャッチするように軽く受け止められた。

 動くたびにキラキラと流れる紫の粒子が綺麗に舞い散り、滑らかな動きは直線的な動きをすり抜けて確実なダメージを入れてくる。

 デイビッドは困惑していた。

 何が起きているのかわからない。

 パワーはある。スピードはある。防御力はピカイチのはず。

 頭は熱いが思考は止まっていない。

 なのに。


「ナンダァ!キサマハァ!」


 一方的に蹂躙されていた。


 ★


「アレは一体……?」

「『天之尾羽張アメノオハバキリ』」

「『天之尾羽張アメノオハバキリ』?」


 アメリアの応急処置をしているヨツキが答える。


「アマノが使っている魔導書の名前」

「魔導書……魔導書!?

 魔導書を所持しているのでっ!?」

「ほら変に動かない、怪我が治っているわけじゃないんだから」

「ッ~~!!」


 驚き立ち上がれば痛みが走る。

 あえて鎮痛剤を打たないのはアメリアに不用意に動いてくれては困るからだろう。

 衣服を脱がせ、治療しながらヨツキは話す。


「まぁ事情があってな。

 一応話すが違法じゃないぞ」

「そんな話が……」


 アメリアは顔を上げてデイビッドを手玉に取っているアマノを見る。

 見た目は何か纏っているが、それ以外に変化はない。

 一体どんな力が秘められているのか?


「アレの魔法はいくつかある。

 まずは重力操作。

 自身や触れるものに与える重力をいじることができる。

 ぶん投げたり、攻撃受け止めてるときに使ってるやつな」


 まるで開設に合わせるようにアマノはデイビッドの攻撃を受け流す。

 そして再び身体の装甲を外して、周囲に浮かしばせていた。


「次に刀剣操作。

 身に着けてる装甲が時々外れて剣になってるだろ?

 まぁ別にいちいち持つ必要はないけど、重い一撃出すときは大体握ってるな」


 剣はバラバラの状態になりながらそれぞれ意志を持っているかのように動き始め、襲い掛かる。

 デイビッドは鬱陶しそうに振り払おうとするがまるで意味が無い。

 アマノが手を出すと剣が合体して加速。背中に衝突する。


「そんで三つに加速操作。

 剣が速くなったり、ちょこちょこ瞬間移動みたいにいなくなっているのがそれ」


 デイビッドが前につんのめると同時にアマノは一瞬で首元まで辿りつきあげた踵を落す。

 増した重力によってそれは攻撃力は強化され、デイビッドの顔を地に沈めた。


「すごい……」


 アメリアは思わず呟く。

 魔導書の力なのか、扱っている本人の力なのか。

 判断はつかない。

 しかし圧倒的な力量だけは理解できた。

 アマノはふわりとこちらに着地してブイサインを掲げる。


「勝利。

 褒めて褒めて」

「えっと……すごいですね」

「肯定。

 私はすごい」


 フルフェイスの面でその表情は見えないが、とてもご満悦なのが伝わってくる。

 ヨツキがそれに頭を叩いた。

 ガンッという叩いた側が痛そうな音が鳴る。

 案の定ヨツキは痛そうに手を振って涙目になっていた。


「不満。

 何するの」

「スカタン!

 まだ終わってねぇだろが!」

「むむっ?」


 地鳴りと共にデイビッドの巨体が起き上がる。

 その正面には巨大な魔方陣が展開していた。

 アメリアは研究所で見た巨人の書の資料を思い出す。

 アレは砲撃する時に展開されるものと同じだった。


「まずいですよ!

 あの向きは街がっ!」


 腕一本で街の半分が無くなるなら、完全に巨大化した状態だ放たれてしまえばあたり一面が消えてなくなってしまう。

 アメリアは何とか止めようとして照準の書を手にするが、ヨツキにその手を叩かれて奪われる。


「なにをっ!?」

「単に撃つだけじゃ意味がない」


 ヨツキは照準の書を構える


「機械のプログラムってあるだろ?あれと一緒。

 その中でも術式の中で重要な部分を壊せば魔法は止まる」

「しかしあれだけ巨大な魔方陣の中からそれを見つけるなんて」

「そこはちょっとしたズルをね。

 ほら起きろ、久々に力を貸せ」


 照準の書に語り掛け、ヨツキはその両目を青く光らせた。

 太陽のような輝きを放ちながら、砲撃のエネルギーが貯まる。

 破滅の光が放たれるまで、残り数秒。


「見つけた」


 引き金を引いた。

 弾丸が現れたのは魔方陣に重なるように三か所。

 弾丸が破裂し、魔方陣がガラスの割れるような音を立てて崩れる。

 それを見たアマノは瞬時に飛び出した。

 砲撃を妨害され、動きを止めているデイビッドに張り付く。


「起動。

 代読開始ハッキング・スタート


 魔法を展開させる。

 デイビッドが放とうとした砲撃に負けないほどの紫の輝きを放ち、やがてその巨体に流れるように術式が走る。


「ヤメロ!ヤメロォォォ!!」


 巨体は収縮され始め、力が消えていく。

 やがてデイビッド・マクスウェルは元の身体に戻された。

 はげしく魔力を使用したからか身動きを取ることができないのだろう。

 しかし命に係わる様子はない。

 応急措置を受けたアメリアはその場に移動して確認する。


「今のは……?」

「アマノの力だ。

 魔導書を代読させて、強制的に魔法の力を使うことができる。

 つまるところハッキングだな」

「……あなたは、あなたたちは一体」


 声を震わせながらアメリアは二人を見る。

 魔導書を知り、魔導書を操り、得体のしれない力を持つ。

 一つだけ自身に心当たりがあることを思い出す。

 だが、その答え合わせをするのはアメリアではなかった。


「嘘だ、ありえない……。

 魔導書をハッキング?いや、あの巨大な魔法の妨害も普通はできないはずだ……!

 そんなことをできるのは……まさかっ!」


 デイビッドは倒れたまま息を飲む。


「貴様が魔導書管理人、カミノ・ツキヨか!?

 バカな!管理人は男性のはず!?それに、若すぎる!!」

「うっせぇスカタン!

 人のコンプレックスを指摘しやがって!!」

「散髪。

 いい加減にすればよかった」

「ほっとけ!」


 魔導書管理人。

 アドミニストレーターにおいて保管している全ての魔導書をほぼ一人で管理している謎の人物。

 解析は勿論、魔道具の開発にも携わっているという話もあるがその正体を知っているのはあまり多くない。

 曰く写真嫌いでその素顔が表に出ることは無いそうだ。

 アメリアは驚いた。

 魔導書管理人の正体がヨツキ、いやカミノ・ツキヨだということにもだが。


「あなた男性だったんですか!?」

「えっそこ?」

「だ、だって私さっき脱がされて……!?」

「治療するのに必要だったんだから仕方ないだろ。

 それに18歳の娘の柔肌みたところで何とも思わんわ」

「この、このっ!!」

「それより」


 カミノは引き金を引く。

 何かを弾く音と「いたっ」という声が漏れた。

 音がした方を見るとデイビッドの横に小さなナイフが落ちており、そこから少し離れたところに修道服の痴女が現れる。


「あれ~?どうしてばれちゃったのかな?」

「悪いが俺の目は何でも視れる優れものなんだ。

 存在しているなら何でも見える。

 さっきからずっと覗き見してたのはわかってたよ」

「あっは~!

 困っちゃうなぁ困っちゃうなぁ。

 でもちょっと君たち危なそうだなぁ」

「そうか、じゃあ」


 もう一度引き金を引いて痴女に弾丸を撃ちこむ。

 痴女は寸前のところで回避するが、そのうちの一発が服を掠めた。

 するとそこからポロリと何かが落ちる。

 目を凝らすと、それは飛行の書ザ・フライトだった。

 いつの間にか回収していたのだろう。


「それは置いていけ」

「あー、流石に本気でまずそうだね☆

 カミノ君だっけ?覚えておくよ

 私も自己紹介するね?」

「別にしなくてもいいだけど……」

「太陽星教団が第六席、サターン・キャッツ。

 またいつか会おうね!」


 そう名乗った痴女、サターンは口から取り出した宝石を砕くとその場から消える。

 空気に溶け込むようにではなく、本当にその場から消えてしまった。


「いいんですか?」

「捕まえるにしろ倒すにしろ、ちょっと装備が足らない。

 今はこいつ確保するだけでも十分だろ」


 視線を下ろすといつの間にか元の姿に戻っていたアマノがどこから持ってきたのかわからないロープでデイビッドを簀巻きにしていた。

 デイビッドも抵抗することなく大人しく縛られている。

 アメリアはホッとした。

 これで事件は解決したのだと。

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